世界一周

2014年4月24日 (木)

マンゴツリーのなかで:フィリピンにて

またフィリピンへと舞い戻ってきた。
暑い。

もう真夏なのだ、ここは。

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(フィリピンの繁華街マカティの夜景・・・微妙です)

マニラからバスで5時間近くかけて、マンゴツリーに囲まれたフィリピンのど田舎にやってきている。マニラよりは100倍いいと思う。たまにはマンゴツリーに囲まれながら生活するのも悪くないと思う。

日本料理に舌鼓を打っていたら、わずか一ヶ月で3キロも体重が増えてしまった。
また人類の敵であるアマゾンでうっかり買い物をしまくり、財布の中身はどんどん痩せ細ってきている。

日本、恐るべし!

ブエノスアイレスやメキシシティで生活をしていると、自然と抑制された生活になるので、たいしてお金も使わず、体重も増えない・・・・ある意味、無理なく健康的な生活が可能だ。

老後はやはりブエノスアイレスでタンゴでも踊りながら、赤ワインにまみれて生活するのがいいのかもしれない。

今年はメキシコ人相手にオンラインで英会話を教えるべくスペイン語サイトを立ち上げ、ついでにポルトガル語版も作った。それだけではなく、様々な変化を今年は起こそうと考えている。

4年も5年も同じことをやっていると組織としてダメになるので、多少の入れ替えと変化は必要だ。そのために必要なこと率先してやっていこうと思っている。

世界の変化は年々早くなってきている。
そのためにもそとの空気に触れることは重要だ。

今やっていることの結果が出ることはまだ先かもしれないが、これからも「変化」を求めて、個人的にもビジネスに関しても仕掛けていきたいと思っている。


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2014年4月18日 (金)

ソーシャルメディア時代の地球の歩き方:世界に広がる友人の輪

3月末に日本に帰ってきてから、休む暇もなく色々な場所、それに国々を回ったせいですっかり疲れていたが、今ではそれもすっかり回復した。

だが、来週の火曜日からまたフィリピンへと行かなければいけないので、気は抜けない。

日本にこのままいると、ぶくぶくと太って、タンゴやサルサの南米での日々を遠い国の出来事のように思えてしまう。

この国はうっかり財布をどこかに置き忘れても、誰かが届けてくれる国だ。筋肉どころか、脳全体が弛緩しても仕方がない。

平和ボケしていると言うが、それの何が悪いのだろうか?
メキシコやアルゼンチンの人々にとって、日本は憧れの国だ。

窃盗や強盗がゴマンといる国にいると、たしかにその気持が分かる。
サッカーでブラジルから来たブラジル人の多くは日本に留まることを選ぶ。

なぜなら、安全だから。

だからといって、ずっとこの安全な国にいると何に対しても危機感は持ちにくいので、それはそれで逆に危ないと思う。ただ、南米のように日常生活のレベルで常に危険と隣合わせの生活も疲れる。

まったくどうして、最初からカナダやオーストラリアのような国に住まなかったのだろうか・・・・なんて両極端な人生なんだと思う今日この頃だ。

このまま世界をふらふらと歩き回って、その先に何があるのか分からないが、飽きるまでは続けてみようとは思っている。

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東京滞在中にたまたまシンガポール人の友人ミンが東京に来ていた。友人たちの集まり彼らを招待して、久しぶりに旧交を温めた。

もともとはパリで会ったシンガポール人アーネストの紹介で会ったミンだ。

アーネストとミンとピンジェンとFACEBOOK

もう8年くらいの付き合いになるが、なんだかゆるい感じで未だに繋がっている。でも会えば、それなりに楽しく、くだらない話に花が咲く。

こうして、世界を渡り歩けば、きっとこういうゆるい繋がりが世界中に出来ていくだろう。そういう友人関係を築いていくのも悪くないと思う。

いや、きっとおそらくそういう関係を築きたいがために、世界を渡り歩いているのかもしれない。また桜が咲く頃に日本に戻ってきて、旧友たちと会って、バカ話に笑い転げたいものだ。

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2014年4月16日 (水)

先進諸国は蜜の味:発展途上国での生き方

東京→京都・大阪→マニラ→フィリピンの田舎→香港→東京と10日のあいだに駆け抜け、明後日にはメキシコに戻る予定が、急遽また来週フィリピンに行くことになった。

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マニラでは、4月誕生日のBeejay先生、Amaya先生、Shawie先生、それにKrsitin先生の誕生日を祝った。

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午後1時に集合したのだが、結局、ランチを取った後、お茶をして、それから夕食と丸一日一緒に彼女たちと時を過ごした。ひたすらタガログ語の会話に終始していたが、タガログ語はスペイン語の語彙をそのまま使っているので、かなりの単語が分かった。

スペイン語が出来れば、タガログ語は三ヶ月くらい勉強すれば、日常会話くらいはいけるのではと思う。彼女たち同士もたまにしか会わないので、タガログ語で話してしまうのは仕方がないとは思うが・・・・全く気を使われなくなっているボスというのもどうかとは思う。

AMAYA先生などからは、「ユウキ、うちに泊まって行きなよ」とよく誘われるが、どう考えても豪邸に住んでいるだろうから、気が引ける。

派手な恰好な彼女たちに囲まれていると、どうみても自分が搾取されている側の人間に思えてならなかった。

そんな特異なオンライン英会話スクールが世の中にあってもいいのではないだろうか?

そのあとは息抜きに香港に3日ほど滞在した。

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香港はいつ行っても最高だ。
食べ物もおいしいし、公共の交通機関は安いから観光するには最適な街だ。

だが家賃は高い。
30万ぐらい払っても、それなりのところしか借りられない。

家賃が安かったら住みたいと思う。
やはり、先進諸国での生活は楽しいし、特に治安のいい香港のような街では気軽に観光出来る。

ブエノスアイレスは治安も悪く、このあいだうちのマンションにも強盗が入った。
被害は特になかったらしいが、強盗や空き巣、それにスリとなんでもござれの街だ。

さらに毎年、夏になると停電する。
このあいだブエノスアイレスに滞在したときは最大で丸3日電気がなかった。

どうしてブエノスアイレスなんかに2年も住み、さらにまた今年も行こうかと思っているのか自分でもよく理解できない。

この3年間、ほとんどの時間を発展途上国で過ごしたが、やはりどんどん少し病んできていると思う。

ブエノスアイレスで丸3日電気がなくて、そしてようやく電気が通った瞬間などは本当に至福の瞬間だったが、そのような喜びが果たして、何になるのだろうと冷静な頭で考える。

メキシシティでも夜は流しのタクシーに乗ることは自殺行為なので、絶対に知っているタクシー会社のタクシーを呼ばないと、とても危険だ。そんなことばかりに気を使う生活をしていると、段々と生活に疲弊してくる。

先進諸国での生活は蜜の味だ。
それが当たり前になると、もう二度と発展途上国に住めなくなるかもしれない。

トレードオフを考えて、それ以上のメリットを自分なりに見出さないと、これからは辛い。もちろん、ブエノスアイレスに2年住み、そしてメキシシティに半年住んだおかげで、多くのことを学んだことは確かだ。

よく次はどこに住むのかと訊かれるが、自分でもよく分からない。
今までは、なるべくひとつの場所に留まって生活をしてきたが、最近はそういう縛りもあまり必要ないような気がしてきた。

もっと自由に色々な国に住んでもいいのかもしれない。
また新しいライフスタイルを模索して、それを仕事にも還元出来たらと思っている。

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2014年4月 3日 (木)

サービスと親切の狭間で:日本とラテン

正直、日本は最高だ。
でも、だから疲れる。

Sakura

おいしいし、サービスのクオリティは高いし、なにをやるにしても、それほどストレスが感じることなく出来てしまう。

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ブエノスアイレスでは、ATMでお金を下ろすにしても、隣国ウルグアイに行ってドルで下ろさないと、大金を失う羽目になる。
(闇レートと公式レートに大きな差があり、ATMでお金を下ろすと当然公式レートが適用され、かなりの損をする)

メキシコですら、夜タクシーを乗るのは、とても危険なので、よく知ったタクシーを手配する必要がある。

そんな国々から来ると、日本は天国だ。
どこに行っても地図はあるし、交番もある。スマートフォンがなくても、行き場所にたどり着ける。

でも、こういう安心感は当然、それなりのコストがかかる。
長時間労働やサービス残業といった労働者の努力と忍耐で賄っている部分が大きい。

自分のようにたまに来て、それを満喫して帰る人間には最高だが、たぶんずっとここにいると、とても疲れてしまうなとは思う。

贅沢な話なのかもしれない。
多くの日本人は、知らないうちに発展途上国の人々が目指している「幸せ」をすでに手に入れている。

毎日、安くておいしいものが食べられて、インフラはばっちり整っている。ネットが繋がらない事態などそうは起らないし、あらゆることは何も言わずにスムーズに事が運ぶ。

でも、それは多くの日本人の幸せを同時に犠牲にしているのかもしれない。

ブエノスアイレスのマクドナルドに行けば、カウンターの先には10人くらいのアルゼンチン人がスマフォ片手に談笑している姿が見受けられる。

とても楽しそうだ。
そして、彼らの目の前には「お客様」が長蛇の列を作っている。

日本では、そんな光景はあり得ない。
「お客様」のために分刻み、秒刻みで働かないとクビになってしまう。

あらゆることはトレードオフの関係だ。
すべてを手に入れることは出来ないのかもしれない。

ただ今は、日本にたまに来て、そんな先進諸国的な幸せを享受して、普段は「何事も前に進まない」発展途上国で試行錯誤しながら、色々と試して生きていくのが性に合っている。

日本での親切の多くは、「サービス」であり、ラテン諸国の多くの親切は生身の血が通っている。だから、まあ、そんなに多くの親切を受けることはそうはない。

彼らの国が日本のような国になるとは思えない。
ただ、なにかもっと違った彼らなりの発展を遂げるのでは期待している。

そして、そのなかで自分が何が出来るのかを考えていきたい。

Sweet
(時々、「日本ではおいしいスイーツはあるのか?」とメキシコで訊かれる・・・・・日本で手に入るもので、メキシコよりも劣っていると思うのはタコスぐらいだ)


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2014年3月10日 (月)

メキシコの結婚式:パーティーの定義

多くの人も思っているだろうが、結婚式ほどコストパフォーマンスが悪いものはない。

たかだが、2時間かその程度の時間のために膨大な時間と多大な費用を費やす必要がある。そして、招待客はお決まりのパターン化された当日のプログラムに嫌々ながらも笑顔を振りまき、3万円ばかし払っているのに、一向に楽しむことはない。

あんなものは早く消えてなくなってしまえばいい。

で、ひょんなことからメキシコの結婚式に行ってきた。

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今週の金曜日にたまたま行ったパーティーで、「明日行くパーティーではたくさんサルサが踊れるから、一緒に行こう!」と言われて行ったら、結婚式だった。

もちろん、結婚する当のカップルのことなど何一つ知らないし、一緒に行った人たちも一昨日会ったばかりだ。

メキシコ、カジュアルだな。

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おそらく会場の人たちからは「おまえ、誰だ」と思われていただろうが、メキシコシティから少し離れた郊外の町なので、みんなとてもフレンドリーだった。

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食べて、飲んで、踊る。パーティーの基本だ。

日本の場合だと、この「踊る」という部分が決定的に欠けているから、たいして面白くないパーティーが溢れているのだろう。

メキシコでは、老若男女問わず、ひたすら踊る。ステップなんて、みんな知らない。ただ体を揺すっているだけだ。

たいてい、クンビア、メレンゲ、サルサなどリズムとステップが違う音楽がかかるが、みんなそれぞれの音楽の違いすら知らない。
(ちなみにメキシコ人によく「ユウキ、これクンビア?あっ、これサルサ?」と訊かれる。メキシコ歴まだ半年なのに・・・・・違いが分かる男になってしまった)

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(花嫁と花婿が交替でテーブルを周り、参加者から小銭を貰うらしい。ちなみにこの風習は「pueblo(田舎)」だからとのことだ。ただの儀式なのでみんな300〜400円渡しているだけだ)

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(そして各テーブルにはジョニーウォーカーが。普通はテキーラのボドルらしいが、最近はちょっと良さ気な結婚式ではウイスキーが出されるらしい)

そして、踊り以外にも色々と催し物があり、それなりにけっこう楽しい。日本のように「花嫁から母親への手紙」みたいなアホくさいお涙頂戴のイベントはない。ひたすら、笑って踊って、みんなが楽しむ場所なのだ、ここは。

当然、結婚式の費用はすべてカップル、あるいは夫となる男性がすべて払う。日本のように招待客からお金を徴収することはない。ただ日本円にして500万円くらいかけることもあるというから、いかに盛大に祝うかよく分かる。

宵越しの金は持たない国だから、それぐらいは当然かもしれない。

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とにかくなんだかみんな楽しそうだった。
日本に居た頃は、よく家でホームパーティーもしたし、今でも年に一回はワンズワードの会員さんを招いてパーティーをしている。

結局のところ、パーティーはいかに主催者が招待客をもてなして、喜ばすかだと思う。そういう観点が日本の多くのパーティー、それに結婚式には欠けている。

主役は主催する側ではなく、招待客のほうなのだ。

でも、別にメキシコ人が殊勝に招待客を喜ばせようと思っているわけではない。
これは文化だ。

パーティーに行ったら、食べて、飲んで、踊る。
だから、主催する側も招待された方も、それなりに楽しい。

日本の結婚式も、もっとエンターテイメント性を高めて、自分たちが祝ってもらうのではなく、「今までお世話になった人たちにいかに楽しんでもらうか」という視点から構成したほうがいいのではと思う。

メキシコシティは人口密度もそれなりに高く、労働時間も長いが、東京のように閉塞感が全くないのは、人々がひたすら楽しむことに重きを置いているからかもしれない。

とにかく色々とアトラクションが豊富な国だとは思う。

結局のところ、国は人が作る。
この陽気な人たちが今後、この競争の激しい世界でどのような国を作っていくのかとても楽しみだ。

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2014年3月 8日 (土)

新興国のマーケティング事情:さすがのラテンクオリティ!

メキシコはなんだかのんびりしているなと思う。

とある知り合いからマーケティングを生業としている会社を紹介され、2週間以上前に会って、「次のミーティングには完璧な提案書を持って行くから」と言われて会ってみたら、全然いけてなくてびっくりした。

あまりに内容がひどいし、コピペしただけのような内容だったので、うちがどんな会社かどうか調べたのか思い、「うちの会社の名前知っている?」と訊いたら、答えに窮していたのにはウケた。

もう、話してもしょうがないので、帰ってもらった。

彼らはデジタルマーケティングとソーシャルメディアの重要性をしきりに強調していたが、こちらはもう4年前からそれだけで宣伝して、生きながらえてきている会社だ。

今更、物知り顔でそれを言われてもピンと来ないし、デジタルマーケティングやソーシャルメディアを使ったマーケティングならば、別に個人でも出来る。

もう、ほんとうにメキシコ人はのんびり屋さんだ。

でも、メキシコ人相手にスペイン語でまくしたてて、挙句にマーケティング会社の人たちに、「そもそも、うちの会社がほかの会社とどう違うかを強調することがマーケティングするときには大事なのに、君たちはうちの会社の名前すら知らないし、ウェブサイトすらみていないじゃないか!」と説教垂れることが出来るようになったのは、収穫だ。

っていうか、最初からイラッとしたのは、こっちが1人だと思い、向こうは特に用もなさそうな人たちを連れてきて、総勢5人でわざわざ来たことだ。5人も雁首揃えてきたのに、まさか10分で説教されて帰る羽目になるとは思っても見なかっただろうが。
(でも、意外とこちらは百戦錬磨で、そんなミーティングには慣れっこなんだけど)

人から金をもらおうというのに、こちらの会社の名前も知らずウェブサイトも見ないとは中々アグレッシブだとは思う。

まだ最初の提案だからと言っていたが、最初の提案がダメすぎたら、ふつう次はないだろうと思う。

こういうあらゆることを勘案すると、メキシコ滞在は長引きそうな気がする・・・・・あらゆることがが悠久の時の流れに乗って、ゆっくりと流れていく。

そしてアウトプットしてくるものは、なかなかのラテンクオリティだ。

だからこそ、チャンスはあるとは思う。

先進諸国と違って、新興国はスキだらけだ。
スキだらけでも、アルゼンチンのようにスキが多すぎて、全く機能していない国だとチャンスはほぼない。

メキシコはいい感じだなとは思う。
ああ、でもアルゼンチンの2年間は無駄ではなかったなと思う。

あの経験がなければ、このメキシコへの高評価はなかっただろうし、そこまでの忍耐力はなかっただろう。(でも、さすがに人の会社の名前も知らずにマーケティングしようとする人たちとは仕事は出来ない)

とにかくこれからが楽しみであることに間違いない。

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2014年3月 5日 (水)

最強のマイレージカード:タヒチに向けて

メキシコはクレジットカード社会だ。
コンビニでもスタバでもクレジットカードを使う。

だから、自分が持っているクレジットカードを見直してみた。

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今までは「MileagePlus MUFGカード」を使っていた。特徴は、クレジットカードを使用ごとにマイルの有効期限が18ヶ月延長されるので、実質無期限に延長出来る。

公共料金の支払いをこのカードに指定すれば、あとはほっておいてもマイルが貯まるわけだ。さらにユナイテッド航空はなぜかオセアニア方面の特典旅行のマイル数がほかと較べて極端に低い。

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(詳細はこちらから)

憧れのタヒチに行くのに、1マイル100円換算だと、250万円で往復出来る。すべての買い物をこのクレジットカードにすれば、年に一回タヒチに無料で行くことも可能だ。

しかし上には上がいる。

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MileagePlus MUFGカード ゴールドプレステージ Visa」というカードだ。年会費15750円というなかなかアグレッシブなカードだ。今どき、年会費無料のクレジットカードが当たり前なのに、これだけ見るとなんの価値もないカードだ。

なんと、これ「楽PAY」というリボ払いに登録すると、マイルが2倍になる。国内のショッピングで100円2マイル、海外だとなんと100円で3マイルだ。

むかし、うちの母親がネットワークビジネスに引っかかり、勧誘の人に「リボ払いは手数料かかりませんから!」と言われて、100万円ほどつぎ込んだことがあるが、リボ払いは年利15%かかる。
(ちなみにそのあと説得して、全部返品、返金させた。マジ、辞めて欲しい)

だが、この楽PAYは初回の支払い以降が、リボ払いになるというものだ。初回の支払い限度額を10万円に設定しておけば、毎月の支払いがそれ以内であれば、支払いは一回で済むので、金利は一切かからない。さらにそれ以上超えても、クレジットカード会社に電話をして、繰り上げ決済をしてしまえば金利もかからず、マイルは2倍のままだ。

国内利用であれば、タヒチには年間125万円使えば行けてしまう。ついでに言うと海外利用であれば、80万ちょい使えば、年に一回はタヒチ旅行という豪勢な人生が待っている。
(ちなみにビジネスクラスでも、国内利用であれば300万円で行けます。さらにユナイテッド航空だと、エコノミープラスというクラスがあるので、1万から2万程度を特典旅行予約時に払えば、エコノミーの特典旅行でも快適な旅が約束されています)

メキシコだと往復70000マイルかかるので、海外利用でマイルが倍になっても230万円ちょっと使用する必要がある。考えようによっては、メキシコまでは往復のチケットを普通に買って、毎年ちょいちょいタヒチに行くのがベストのような気もする・・・・・

海外在住者はマストに持っていたいカードだし、日本に住んでいても家族カードは年会費無料なので、家族でマイルを貯めて、年に一回タヒチに行きたい人はうってつけのカードだろう。

LLCが全盛の世の中なので、いちいち自分のクレジットカードが提携している航空会社を指定するのも、面倒だし、割高な場合が多い。これらのクレジットカードを一つ持って、支払いをクレジットカードで済ますだけでマイレージが貯まっていくほうが楽だ。

タヒチ・・・・・・
来年はタヒチにただで行けるかもしれないと思うと、今日の仕事も捗るというものだ。

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2014年3月 2日 (日)

ラテンな日本人より:3月末から2週間日本に滞在します

メキシコ人の友人アビマエルに「3月26日に日本に行くことにしたよ。たぶん2週間ぐらいね」と言ったら、「¿Para que?(パラケ?:なんのために?)」と訊かれた。

しばし絶句したあと、しどろもどろになりながらも「日本には家族とかいるからね・・・」と言っておいた。

これでも見かけによらず、純度100%の日本人だ。
海外で初対面の日本人からは、「日本語、お上手ですね」と言われることもあるが、それでも日本語ネイティブだ。

日本で通っているテニスサークルでは、なぜか「マイク」とあだ名され、マイクという名前なのになぜかロシア人という設定だが、それでもやはり日本人だ。

外人からはこちらが「日本人だ」と答えているのに、「母親も日本人か?」「父親も日本人か?」と繰り返し訊かれるが、両方ともに日本人だ。

フィリピンに行った時は、「日本人なのに、どうして英語がペラペラなのか?おまえは本当はフィリピン人で、タガログ語も話せるじゃないか?」とあらぬ疑いをかけられたが、それでも日本人だ。

なんだかんだ言っても、オールニッポンだ。

あっ、でも叔母さんはイタリア人だ。(血のつながりはない)

海外に滞在している日本人がたまに日本に帰ったりするのは当たり前のことだと思う。しかし、なぜ「パラケ?」と訊かれたのか意味が分からない。

日本にいるイギリス人やアメリカ人、あるいはアフリカ人たちが母国に一時帰国するときに、「なんのために?」と訊く人はいないはずだ。

なんとなく「まあ、たまには帰るよね」という共通理解があるとは思う。

アビマエル的には「ユウキはメキシコシティでは毎日、サルサやタンゴを踊って、テニスもしたりして、とても楽しそうだ。それなのに、どうして日本に行くのだろう?」と思ったのかもしれない。
(仕事も毎日しているのに、誰も信じてくれはしない・・・・・アビマエルにはけっこう仕事のことも相談しているのになあ)

それでも3月26日には日本に帰る。
メキシコシティでやり残した仕事があるので、滞在するのは2週間くらいだろう。

ラーメンやうな重や寿司を食べまくることが今から楽しみでもある。
今回は滞在が短いので、かなり前もってプランニングが必要だが、ラテン時間に慣れた自分にそのようなことが可能なのか、心配でもある。

ラテンの国では、予定は当日決まる。
そして、当日決まった予定も、また当日変更される。

油断も隙もない国だ。

このブログを書いている間にも、メキシコ人の友人から「今日のパーティーだけど昨日3時からと言ったけど、5時になったからみんなに知らせてね」という知らせが来たし、昨日、夜ずっと一緒にいたアビマエルからは、「今日の昼、例のシーフードレストラン行こうよ」と誘いが来た。

今日の気分が最優先事項だ。
アビマエルはきっと朝起きたら、シーフードが食べたい気分だったのだろう。昨日の夜はそれほどでもなかったから、「明日の昼行こう」とは言わなかったのだと思う。

だから、なんだっけ・・・・あれだ、自分はラテン時間に慣れた日本人で3月26日(翌日着)に日本に一時帰国するので、関係者各位よろしくお願いしますということが言いたかったのだと思う。

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2014年2月24日 (月)

終わりなき旅:とある日曜日のメキシコシティにて

去年の7月初めに日本を発って以来、もう100回以上は自己紹介しただろうか。

オンライン英会話スクールを経営していると、みんな「きょとん」とした顔になるが、「仕事はすべてインターネットで出来るから、世界を自由に旅できる」と言うと、なぜか納得顔になる。

時々、なぜ写真家からオンライン英会話スクールの経営をするようになったのか、疑問に思う人たちがいるが、自分のなかではしっかりと繋がっている。

そもそも10代の頃に写真家を志したのは、「仕事は場所を選ばず、世界中を旅できる」という理由だからだ。

ついでに言うと、小学校3年生の頃に、タイムカプセルに「将来の夢」という題で作文を書き、2000年にそれを開けるという試みをした。どういう経緯かその作文は21世紀になって、きちんと自分の手元に届き、そこには「コックさんになって、世界中を旅して料理を振る舞って、みんなの喜ぶ顔を見たい」という趣旨のことが書いてあった。

「世界を旅する」ということは、まだ「世界」がなんたるか分からなかった時からの自分の夢だったらしい。

世界を本当の意味で自由に旅することが出来るようになったのは30代後半になってからだが、出来る限り長くこのライフスタイルを継続したい。なにせ、小学生からの夢だからだ。

自分にとっては、そのためにどうすればいいかと考えることが仕事であると言っても過言ではない。別に偶然に今のようなポジションを手に入れたのではなく、そのように常に考えていた結果だ。そして、もちろん、運がとても良かったと思う。

やりたいことが見つからないと人は言う。
でも、本当にそうだろうかと疑問に思う。

ただ単純に自分には無理だからとか、今の仕事の状況がそれを許さないからという理由で、夢を諦めているだけじゃないだろうか。

起業する前のほんの4、5年ほど前に、「数年後にはブエノスアイレスに行って、そこに住み、スペイン語を流暢に話すようになり、そしてタンゴを踊り、それからメキシコシティに行って君はサルサを踊るようになるよ」と占い師に言われても、「こいつ、頭がおかしいのだろうな」と思って、聞く耳を持たなかっただろう。

その頃の仕事は壊滅的だったし、貯金もなく、将来の展望というものも特になかった。ただ、それでも「世界を旅する」という夢は捨てていなかった。そして、ほかの人がどんなに自分のことをとやかく言おうが、自分が何者であるかけっして忘れなかったし、自分への期待を捨てなかった。

やりたいことが見つからないとか、自分の人生への目的が見えないとか言っている人は、たぶんどこかで自分の人生を諦めてしまっているのだと思う。

信じれば夢が叶うとは思わないし、誰でも夢が叶うわけではない。
しかし、だからといって、それが自分の夢を諦める言い訳にはならない。

夢や目標は時間が経てば、変わる。
でも、それをずっと追い続けることは重要だ。

たまたま運がよく、神様の機嫌が良ければ、ふとした瞬間に叶うこともある。
人生とは必然と偶然の積み重ねだ。偶然を必然にするためには、ずっとチャレンジする必要がある。

それに人生は何かを手に入れる旅ではなく、「自分とは一体何者であるか」を発見する旅だ。大事なものは外の世界にあるのではなく、すべて自分の内側にある。

南米の人々はとても陽気だ。
笑いたいときに笑い、食べたいときに食べ、飲みたいときに飲む。そして、毎日が楽しければそれでいい。

べつにそれでもいいと思う。
幸せには色々な形があり、自分の幸せを見つければいいだけだから。

人生なんていくらでも時間をかけてもいい。
人が本当の意味で年を取るのは、自分がなんたるかを忘れ、自分を見失い、それを諦めたときだけだ。

それに究極的には自分の人生を失敗しても、それもそれでありだ。
世界には素晴らしく優秀で、やさしい人々がたくさんいる。

1人の人生の失敗なんて、世界から見れば取るに足りないものだ。

南米の人たちが陽気なのは、明日のことをあんまり考えていないからかもしれない。
それはある意味、とてもいい考え方だ。

「今、なにをしたいか」
それを追求することはとても重要だからだ。

「意義ある人生や意味ある人生を送ろう」なんて殊勝なことは考えずに、まずは「今、自分自身をどうやって楽しませるか?」を考えれば、きっとその先には夢や目標がぼんやりと見えてくるようになるだろう。

ここメキシコシティは日曜日。
そして、今だ午後一時過ぎ。
これから一日を始めるにはけっして遅くはない。

今日は何も予定が入っていないが、きっとそれなりの出会いもあり、ちょっとした気の利いた会話もすることがあるかもしれない。それに仕事も貯まっている。

悪くはないと思う。
何をすればいいかは分かっているし、どのようにすればいいかも分かっている。でも結果は分からない。

それでいい。
結果が分からないから面白いし、続けられる。

今日の終わりに、昨日の自分よりも少し、ほんの少し「なにか」を分かっていればいいなと思う。

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2014年2月21日 (金)

ガリバー旅行記:メキシコシティにて

メキシコ人はとにかくよくキスをする。

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こちらから拝借しました)

でも、そこはやはりずんぐりむっくりで小太りな人たちだ。
視覚的にきつい場合も多々ある。

地下鉄やメトロバスで、「くちゃくちゃ」と音がしてガムでも噛んでいるのかと思ったら、たいていカップルがキスをしている。

メキシコは昨年度、アメリカを抜いて世界の肥満率ナンバーワンに輝いた肥満大国だ。地下鉄に乗って席に座ると、目線がメキシコ人女性のお腹にいくことになり、「果たして、彼女たちは妊娠しているのか?」と悩むほど、立派なお腹を持っている人が多い。

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そんなメキシコにも美人が多いことで有名なシナロアという街がある。行ったことがあるメキシコ人いわく「いやー、みんな背高いし、色白いし、金髪も多くて、ほんとメキシコと思えない!」とのことだ。

だが、いかんせんカルテル(マフィアです)がいることで有名な街でもある。間違えってカルテルのボスの女にでも声かけたら、殺されかねない危険度マックスの街でもある。

ブエノスアイレスに住んでいたというと、必ず訊かれるのが、「メキシコとアルゼンチンの女はどっちがいい?」というアホな質問だ。そして、「アルゼンチン人のほうが綺麗」と素直に答えると、決まってこのシナロアという街を引き合いに出される。

メキシコ人はどこか自虐的なところがあるとは思う。
そして、日本の女性についてよく訊かれるが、日本で「キレイ」と言われるためにかかるコストと時間を彼らは知らない。

30歳超えた女性が変な花がらのプリントされたドレスや、キャラクターものの絵柄のシャツを恥ずかしげもなく着ている国だ。日本の高度に発展したオシャレ文化は理解出来ないだろうとは思う。

アグレッシブに腹が出ている若いメキシコ人女性を見ながら、心底そう思う。

そういうことを考えると、やはりこの国は幸せだとは思う。
日本のファッションは行き過ぎな感もあるし、あれほどの努力と時間をかけて、それほどの見返りがあるのか疑問だ。

そういえば、日本の大福神もずんぐりむっくりで小太りだ。
少しぐらい太っていたほうが人は幸せになれるのかもしれない。

これからけっこうな経済発展を遂げるかもしれないが、いまのままのゆるい感じのまま、なんとなく成功して欲しい国だ。

でも、メキシコ人はもうちょっと痩せて方がいいとは思う。

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