スペイン語

2013年10月23日 (水)

恒常的な真理と相対的な真理との狭間で:スペイン語の真実

スペイン語は本当に面白い言語だなと思うときがある。

例えば、今日はスタバに行っていつものように仕事をしていたら、お客さんが店員さんに「Wifiのパスワード教えてください」と訊いていた。

すると、店員さんは「Es abierta.(意訳すると、パスワードかかっていません)」と答えた。で、ふと「Abierta(英語でいうと、OPEN。でもスペイン語は名詞にも性別があるので、この場合は女性名詞が主語だったので、Abiertaとなった)」にかかる名詞は、Wifiのことかと思ったので、Wifiは男性名詞のはずだからどうして女性名詞となったのだろうと思った。

そして、次に「Es(エス)」はどうして、「Estar(エスタール)」の変形であるEstáではないのかと疑問に思った。

英語で言う、「Be動詞(Isなど)」はスペイン語では恒常的な状態を表す場合の「Ser」と一時的な状態の場合を指す「Estar」のふたつがある。

哲学的にいうと、恒常的な真理を表す場合は、「Ser」を使い、相対的な真理、あるいは一過性の状態の指す場合は、「Estar」を使うわけだ。

例えば自分は日本人ですの場合は、当然恒常的な状態だから、「Ser」を使い、レストランに人が一杯いるというときは一時的な状態なので、「Estar」を使う。

スペイン語を勉強したことがない人は、もうこの時点でお手上げだと思う。名詞に性別があるという時点で混乱するし、英語でよく使う「IS、ARE」も恒常的な状態と一時的な状態で使い分けが出来ないとダメなわけだ。

まずお店の人が、「Está abierta(パスワードがかかっていない)」と言っていれば、意味は同じだが含意するところは「以前はパスワードがかかっていたけど、今は一時的に問題があって今はかかっていない」ということになる。そして、お店の人は「Es abierta 」と「Ser(恒常的な状態を表すBe動詞)」を実際には使ったので、これが含意するところは、「私が知っている限りではずっとWifiのパスワードはかかっていない」ということになる。

そして、店員さんが「Abierta」と言ったのは当然Wifiを指すのではなく、「Contraseña(スペイン語でパスワード。ちなみにアルゼンチンではClave(パスワード)のほうが一般的」が女性名詞だから、「Abierta」と言ったわけだ。よくよく考えれば当然のことだが、特に意識せずに人の話を聞きかじった程度では、なかなか判断が難しい場合がある。

本当にスペイン語は実際に日々使わないと、上達出来ない言語だなと痛感した。基本的なルールはあるが、人々が実際にはどのような言い回しで、どのように言っているか聞いていないと、正しい言い回しは習得出来ない。

英語でもスペイン語でも、そして日本語でも日々人々の言い回しは変わっていく。何も変わらないものなどこの世の中には存在しない。そういう意味ではあらゆる真理は相対的なものと言えるかもしれない。

という言い訳は、スペイン語を話すときは通用しないけど・・・・

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2013年10月 9日 (水)

世界で話されるスペイン語:そして英語の宿命について

スペイン語は大別すると、4つに分けられる。

まずもちろん、スペインのスペイン語、そしてカリブ海沿岸にある中南米、南米のスペイン語(コロンビア、メキシコ、グアテマラなど)、それにチリのスペイン語、それからアルゼンチンのスペイン語だ。
(もっと細かく分けることは可能だが、中南米や南米の人たちと話していると、だいたいこの分け方をしている。ペルー、ボリビアなどの各国は上記の国々と比べて存在感で劣るからだろう)

これらのなかでもこのラテンの国々において、一番評判のいいスペイン語はコロンビアのスペイン語だ。実際、コロンビアに行ったし、アルゼンチンにはたくさんのコロンビア人がいるので彼らと話した経験からすると、たしかに聞き取りやすいスペイン語を話す。

また特にコロンビアの首都ボゴタ出身の人たちのスペイン語はとてもゆっくりだし、それほど多くのスラングも使わないので、外国人にとってもコミュニケーションが取りやすい。

ここメキシコのスペイン語もとても評判がいい。コロンビアのスペイン語とほぼ変わらずクリアだし、聞き取りやすいスペイン語を話す。では、どうしてコロンビアのスペイン語ほど評価が高くないかというと、スラングを多用するし、doble sentido(ドーブレ・センティード:double meaning(両義語))がたくさんあるからだ。

メキシコ人の友人アレックスからの携帯メールは8割がたスラングで占められ、メキシコ人に訊いても時々首をかしげることもある。

そして、この大陸で最も評判が悪いのが、チリのスペイン語だ。

みなさん、こぞって「あれはスペイン語ではない!」とバカにしている。
(チリの経済成長が著しいので、そのやっかみも多少含まれているかもしれないけど。ただ歴史的にアルゼンチンとチリは特に仲が悪く、アルゼンチン人はチリ人が大嫌いだ)

自分がスペイン語を習ったアルゼンチンのスペイン語の評判もすこぶる悪い。

ただ、これはアルゼンチンのスペイン語の評判が悪いというよりは、アルゼンチン人の評判が悪い。いわく、「あいつらはおれたちと同じ南米の国なのに、自分たちの国があたかもヨーロッパの国であるかのように振る舞うイケ好かない奴ら」というのが一般的な評価だ。

アルゼンチン人からしてみれば、彼らの祖父母はたいていイタリア、スペイン、それにドイツからの移民なので、自分たちのことをヨーロッパ人と思って、何が悪いということなのだろう。その態度が、ほかの南米の国の人々からは煙たがれる原因なのだけど。

個人的にはアルゼンチンのスペイン語は気に入っている。アルゼンチン訛りのスペイン語を話すと、ここメキシコでは「笑いの種」なので、今ではすっかりメキシコ流の言い回しに変えたが、どうしても時々出てしまう。そんなときは、メキシコ人の友人に直され、矯正される・・・・アルゼンチンでは正しいという言い訳は許してもらえない。

日本では、スペインのスペイン語が「標準のスペイン語」というようなイメージがあるが、スペインはもうひとつの南米大陸と思ったほうがいいほど語彙、発音、言い回しも各地方によって違う。

日本でも独立運動が話題になるバスク地方は、言語体系が全く違うバスク語という言語を話し、これはスペイン語をはじめとするどのラテン言語、さらにゲルマン系の言語とも異なる、唯一無二の言語体系を持つ言語だ。(ほかにもバルセロナを州都するカタルーニャ州はスペイン語ではなく、カタルーニャ語を話す)

このようなことを踏まえて、スペイン語を学ぶのにはどの国がいいかと言うと、一概には言えないが、カリブ海沿岸の国々がやはり一番だと思う。特にコロンビアの首都ボゴタは環境もよく、治安も改善されて住みやすい。(ついでに言うと雨がよく降るので、それがネックだ。また同じコロンビアのカタルヘナというカリブ海沿岸の街のスペイン語はわけがわからない。コロンビア人も何を言っているのか分からないことがあると言っていた。スペイン語は本当に各地方によって違うので厄介だ)

自分がもし、今からスペイン語を習うとしたらやはり圧倒的にメキシコシティだと思うが、このあたりはもう好みだ。日本人のバックパッカーに有名なグアテマラなどでスペイン語を習うという手段もあるかもしれないが、スペイン語学習という以外の側面ではあまり魅力的ではないように思える。

ちなみに自分は英語は訛りで有名なスコットランドで習い、スペイン語もこれまた訛りで有名なアルゼンチンで習ったが、あまり不自由を感じていない。悪名高いチリでスペイン語を習ったイタリア人の友人フレデリックもメキシコで特にスペイン語で苦労しているように思えない。

スペイン以外では基本的な文法は同じなので、中南米、南米の国のなかで気に入った国、その文化に親近感を感じられる国でその言語を学ぶのが一番だ。(スペインのスペイン語はvosotrosというラテン大陸では使わない主語を使うので、ひとつ苦労が増える)

日本人は英語に対して、あほみたいに「ネイティブ・・スピーカーの発音や言い回し」にこだわっているが、英語もそのうちスペイン語のように各国よって、それぞれ特色がある言語となっていくだろう。それが多くの国で話される言語の宿命だからだ。

結局は細かいことにこだわらずに、とっとと単語のひとつでも暗記したほうが、自分のためになるということだろう。

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2013年5月24日 (金)

それでも世界は回る:グラナダにて

グラナダには一週間近くいた。
なぜなら、そこにはタパスがあったから。

もちろん、タパスはスペイン全土にある。タパスとはスペイン料理の小皿を指すのだから、当たり前だ。
しかし、だ。

Granada_sky

グラナダのバルに入って、ビール一杯でも注文しようならば、タパスがもれなく一つ無料で付いて来るのだ。別にビールでもワインでもコーラでも付いて来る。

とあるバルに行ったら、昼にはパエリヤが付いて来ることがあった。
一体、この街はどうなっているのだろうか?

Granada_men4

一杯、2ユーロ(260円)程度のものに、食べ物が無料で付いてしまうので、2杯程度飲めば、けっこう満足感が得られる。そして、スペイン人はそんなバルを何軒かはしごしながら、お腹を満たしていくのだ。

Granada_catedral

そして、お昼休みは1時半から4時半となっており、良い感じで軽く飲んでから、シエスタ(昼寝)という神聖な儀式に彼らは興じる。それで経済が発展していたら問題なかっただろうが、スペイン経済の窮状は世界中がもうすでに知っていることである。

それでも彼らは飲み、語り、食べる。なにせ、それがここでは人生だからだ。

Granada_calle

経済がちょっと、ほんのちょっとおかしくなっているのは彼らのせいではないのかもしれない。ほかの世界の人々がきっと働き過ぎなのだろう。みんなももっと食べて、飲んで、そしてシエスタをすれば、幸せになれるはずなのに、そうはしない。

グラナダはそんなスペインの良き文化を体現している場所だ。彼らの国自体がなんらかの経済危機に瀕しているなど微塵も感じなかった。むしろ、ここに永住したいとさえ思ったほど平和そのものだった。普段、住んでいるブエノスアイレスのような殺伐とした雰囲気はここにはなかった。彼らは人生を楽しみ、未来を信じ、何の不満もないように見えた。

Granada_calle2

僕らは余りに経済的合理性、効率などの言葉に踊らされているのではないだろうか?
別に飲み物にタパスが付いてきてもいいのではないだろうか?

結局のところ、人生はいかに楽しむかによって決まってくる。そういう観点から言うと、スペイン人は世界中の人々の一歩も二歩も先に行っているように思える。僕らが経済的合理性を持ちだして、批判するのはそもそもお門違いなのだ。

「人生、楽しければ、それでいい!」
そんなシンプルな人生哲学もありだなと思ったグラナダでの滞在だった。

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2012年10月25日 (木)

僕の人生最大のモテ期について:コミュケーションを取るということ

人間、褒められると誰でも嬉しい。

だが、残念なことに日本社会では、「実るほど 頭を垂れる稲穂かな」という言葉に表れているように、謙虚さをよしとする文化があるので、それほど褒められる機会は多くない。

幼少時を除いて、自分もそれほど褒められた記憶がない・・・・・ここブエノスアイレスに来るまでは。

今、たぶん「人生で最大の褒められ期、分かりやすくいうと、モテ期」といっても過言ではない。僕がちょっとでもスペイン語を話すと、すぐに「すごいね、スペイン語ぺらぺらだね」「ええ!いつからブエノスアイレスに住んでいるの?たった一年ぐらいですごい話せるよね!」などと感嘆符付きで賞賛される。

このメカニズムについて、あまり深く考えて来なかったのだが、先日ここ半年ほど会ってなかったアルゼンチン人と再会して、その謎が解けた。

スペイン語を勉強して一年が経った頃は、たしかに会話は出来るが、頭の中をものすごいスピードで回転させないと言葉が出て来なかった。ただ、場数を踏む機会をたくさん作っていたので、最初の挨拶や自己紹介などはさらっと言える程度の会話力もあったし、時々気の利いたこともなんとか言える程度の会話力はあった。

だが、この半年で今まで習ったことが腑に落ちてきて、たいていのことは話せるようになり、アルゼンチン人やコロンビア人とのコミュケーションにはそれほど苦労しなくなった。少なくても相手にそれほど負担をかけずに会話が出来るようなってきたので、スペイン語で友人を作れるようになってきている。

先日、久しぶりに会ったその友人は特に僕のスペイン語の上達ぶりに驚いた様子もなく、「全然前からペラペラ話せたじゃん」と言われて、スペイン語に関しての話題は終了した。きっとガチで話したら、半年前とは雲泥の差なのだが、相手が「この人とはコミュケーションが取れる」と思ったら、その印象はずっと変わらない。

たいした語学力がなくても「この人とはコミュケーションが取れる」と思ってもらえたら、そこからは相手と友人になれたり、親友になったり恋人同士になったりするわけだ。コミュケーションは言葉でするものではなく、あくまでいかに心と心を通じ合わせるかなので、ベーシックな文法や語彙でもそれは可能だ。

僕は人の話を分かった風に聞くのがうまい。半年前なんて、その友人が言っていることの半分以下しか分からなかったが、なんとなく「ここは眉間にシワを寄せて聞くところ」「ここは、ひとつちょっと微笑みでも浮かべながら聞いておくべきところだろう」などと推察しながら聞いていた。(とくに相手の言っていることの半分以下の語彙力しかない場合、コミュケーションを円滑にするために極力、いちいち分からない単語の意味を訊くことは避けたい)

外国人とコミュケーションを取る、ひいては人とコミュケーションを取るということは、何も相手が話していることを100%理解する必要はないし、すべての単語の意味を理解している必要もなかったりするわけだ。

端的に言うと、相手に「あなたが言っていることは聞いていますよ、ちゃんと分かっていますよ」という信号をいかに発するかがより重要だ。信号の出し方が重要で、相手が言っている内容を100%理解することは二の次なのだ。(もちろん、レッスン中は分からない単語はすべて訊くことが望ましい。お金を払っている相手とのコミュケーションの取り方はおのずと変わってくる)

そして、このブログの読者だけに、僕がなぜ「人生最大のモテ期」に突入しているかお教えしよう。

それは・・・・・ブエノスアイレスに住んでいるほかの外国人のスペイン語が下手すぎるから。
もう、これに尽きる。

ブエノスアイレスの人たちは前提として、「外国人はスペイン語が話せない」という思い込みがあるので、少しでも話せたら「すげえ!スペイン語話せるじゃん」となり、そして会話が成立する語学力を身に着けると「ええ!マジ!スペイン語ペラペラじゃん!」となる。

人生のあらゆることに言えることだが、人の評価とは相対評価であり、絶対評価なんて存在しない。英語でもスペイン語でも、あらゆる能力の評価も結局は自分が所属している集団によって評価される。

ここブエノスアイレスでは外国人が英語を話せることは当たり前であり、話せないとむしろ「?」が彼らの顔に浮かぶ。日本ではまだ英語は希少なスキルだが、それもそのうち変わっていくだろう。

われわれが目指すべきは、「完璧に外国語を操る」ことではなく、「外国人ときちんと外国語でコミュケーションを成立させる」ことであり、それを履き違えてるから、日本人の多くは自分の英語力にいつまで経っても自信を持てないのだろう。

そして、それを身に着けるためには、多くの人と会い、彼らと話し、分かり合うことが必要だ。完璧な英語を話すまで彼らと分かり合えないと思っているのはただの幻想で、いつだってどこだって人と人は分かり合える。

足りないのはちょっとした勇気だったり、きっかけだけだ。

べつに知り合う人全員と分かり合う必要はない。自分と気が合う人たちと仲良くしていけばいい。ということでブエノスアイレスで若干調子をこきながら、これからもスペイン語を勉強していこうと思っています。


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2012年10月 6日 (土)

自分の料理の仕方を学ぶということ:ブエノスアイレスにて

ふと思うことがあり、なんとなくではあるがアルゼンチンで正式に滞在許可証なるものを申請することにしてみた。

別に永住するつもりもないし、観光ビザを三ヶ月更新することに不満もないが、ここらで一つきちんと正式に許可を取っておくのも悪くないアイディアだと思う。

ちょうど友人のコロンビア人がビザを申請して、無事許可が下りたので、色々と情報を仕入れて、あんなことやこんなことを手取り足取り教えてもらっている。

まだスペイン語を習い始めて1年ちょっとなのに、スペイン語でやたらとややこしい入管関係の語彙を聞きながら、ずいぶん遠いところまで来たなと実感した。

当初は弁護士を立てて行うつもりだったけど、とりあえずはやれるところまで自分でやってみようかと思っている。

これもひとつの社会勉強だし、いいスペイン語の勉強になる。

ややこしい事柄をきちんと色々と情報を集めて、それらを筋道立てて整理し、ひとつひとつ解決していくことは結構好きだ。

思えば19歳の時に「とりあえず、陸伝いで東京からスコットランドの首都エディンバラに行くか」と思い立った時も、同じだった。インターネットなんかなかった当時は、観光局や各国の大使館などをめぐってロシアや中国のビザを自分で取り、すべての準備を自分でやった。

ついでに言うと会社を起業したときも、会社の登記まですべて自分でやった。特にそれほど難しいものでもなかったけど、自分でやってみて税金関係や行政のことなど多くのことを学んだ。

英語やスペイン語の勉強にも同じことが言える。

やたらと巨大な分野に一つ一つ楔を打ち込みながら、ちょっとづづ前に進んでいくのだ。大事なことは、自分のなかできちんとゴールを持って、それに至るまでの道筋をいかにイメージするかだ。

今はマテアス先生という最良のパートナーを見つけたので、随分と助かっているが、それまではストレスが貯まる日々だったのも事実だ。現状に満足したら終わりだと思い、ずっと継続して自分が満足できる先生を見つける努力をして良かったと思っている。

人生を料理に例えると分かりやすい。

うまい料理を食うためには、まずは厳選した材料を揃えることが重要だ。それに下準備も欠かせない。それらを使って、いかに自分を料理するか、それが問題だ。

現状に不満を抱いている人は、きっと材料選びがうまくいっていないのだろう。鮮度が悪い野菜や魚を使っても、うまい料理は作れない。そんなときは環境を変えればいい。(自分の場合は、東京からブエノスアイレスという環境に変えてみた。今のところうまくいっている・・・・とても幸運なことだけど)

料理と同じですべてがうまくいくわけでもない。色々と失敗するのは当たり前だ。

そんな試行錯誤を繰り返しながら、料理の腕前を上げていけばいい。料理の仕方を習いにスクールに通う必要がないように、とりあえず「うまいもんが食えればいい」という態度でいきなり料理してみるのも手だ。そんな気楽な気持ちで取り組みながら、少しづつ成果を出していきたい。

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2012年9月28日 (金)

とある語学学習者のたしなみ:複数言語を習得するということ

最近はブエノスアイレスでも、友人知人が増えてきており、スペイン語でのコミュケーションもかなりこなれてきている。

マテアス先生にこっちのスラングや特有の言い回しもばっちり教わっているので、ポルテーニョ風味のスペイン語を操りながら、彼らと親しくなっている。(ポルテーニョとはブエノスアイレスっ子という意味です)

「When in Rome, do as the Romans do.(郷に入れば郷に従え)」と言う言い回しがあるが、どうせブエノスアイレスに住むのだから、最初からアルゼンチン訛りのスペイン語を身につけようと心に決めていた。

スペイン語は特に国と地域によって発音も訛りも、それに使う語彙も全く違っており、どの国のスペイン語を習うかによって、その先の未来も決まる。

スペイン国内だけ取ってみても、南と北のスペイン語は全く違っており、特にアンダルシアあたりのスペイン語はアルゼンチン人でも理解しがたいとのことだ。(南米では、彼らにとって難しいのはメキシコ人のスペイン語らしい。時々テレビでメキシコの映画など見たりするが、確かに理解不能な場合が多い)

先週も、とあるアルゼンチン人のことを「 No tiene código. (全く節操ないよね)」と言ったら、アルゼンチン人の友人が「マジ、ポルテーニョみたいな言い回し使うよね!」と言われた。

これも何もかもマテアス先生のおかげだったりするわけだ。

自分がスペイン語でのコミュケーションを取る対象としているのは、あくまでポルテーニョなので、彼らが使う語彙や訛りを習得する必要がある。

だが、例えば日本で英語を習っているような場合だと、状況は違ってくる。やはりそこはあくまで共通の言い回し、明瞭な発音を目指すべきであり、アイリッシュ訛りの英語やイギリス人のブラックユーモアなんて身に着ける必要性はない。

スペイン語を勉強してつくづく思うが、英語はひたすら「簡易化」を目指してきた言語なので、だからこそ世界共通語となり得たが、スペイン語に比べると個性にかける。(ロンドンに住んでいるときにコロンビア人の友人が「スペイン語のほうが英語に比べて言語的にもっと表現豊かで美しい」と言っていて、そのときはなんとなく気分を害したが、今となっては彼女が正しいことが実感できる)

英語では訛りの違いはあるが、スペイン語のようにその地域、その国でしか使わない表現というものは、それほど多くはない。だからこそ、世界中の人が分かり合える素晴らしい言語とも言える。(スコティッシュ訛りやニュージランド訛りは強烈だけど、スペイン語の場合は、それに加えて語彙自体も違ってくるので壊滅的だ)

このスペイン語という言語は、もう日常的な表現でその地独特の表現がたくさんあるので、スペイン人がいきなりポルテーニョたちと仲良くお付き合い出来るかと言うと、全然そんなことはない。

「英語、英語」とみんな言っているが、どの国の英語を指しているのか時々疑問に思う。

僕自身にとって英語とは、「英国、とくにイングランドで話されている言語」という認識なので、今でも読む新聞はイギリスの新聞だし、聞く英語はBBCだったりする。そうして、言語の裏にある文化を学んでいる。

仕事のため、資格のためと割り切って英語やほかの言語を勉強するのもいいが、「言葉を覚える」本来の楽しみは、本当はその国の文化をより深く知ることにあると思う。

あと1年もすれば、立派なポルテーニョ・ハポネス(ブエノスアイレスっ子の日本人)が完成するだろう。今からその時が楽しみだ。

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2012年9月14日 (金)

親日国に住むということ:ブエノスアイレスにて

いまさら言うが、ブエノスアイレスに来たのは、ほんの偶然であり、ここに来る数カ月前まではオーストラリアのシドニーのマンリー島に住む予定だった。(実際に行ってとてもいいところだったけど、物価が高く家賃も1LDKマンションで20万近いということで、あっさりと断念した経緯がある)

都会のオアシスと英語の人格→マンリー島やオーストラリア人の友人の写真などが掲載されているエントリーです。

そんなわけで、「とりあえずブエノスアイレス行っておくか?」という普通ならあり得ない気軽さでこの地にたどり着いたわけだ。(実際、海外であればどこでも良かったが、ヨーロッパには住んだことがあったので選択肢に入っていなかったし、アメリカ・カナダも当時は魅力的だと思っていなかった)

そして1年以上経過したのだが、一番の驚きはアルゼンチンの人々のナチュラルな親日ぶりだ。

とりあえずアジアぽくって、性能がいいものはすべて日本製という思い込んでいる節があり、日本文化に対しても、なんだか変な憧れがある。

例えば日本だと初対面の相手だと、プラスマイナスゼロの状態で始まるが、ここアルゼンチンでは、最初から+50ぐらいの色眼鏡で見られるので、人付き合いが楽でいい。

「果たして日本という国はそんなにいい国だったっけ?」とアルゼンチン人の激賞ぶりに懐疑的になりながらも、その恩恵に与っている。

20年近く前にイギリスに4年ほど暮らしたが、「日本女子大好き!」というイギリス人男子はけっこういたが、「日本オタク」にはついぞ会ったことがなかった。(たぶん、今ではけっこういると思うが)

またスペイン語を少しでも話せると、さらに彼らの喜びは犬並みとなり、「おまえのスペイン語すげえよ、完璧だよ!」ともうなんだか褒め殺し状態となる。

ちなみにイギリスやアメリカでは・・・・・特にイギリスでは完璧に英語を操れないと若干人を見下す傾向があるので、要注意だ。

白人コンプレックス、あるいは外人コンプレックスとか抱いている人たちは、とりあえず南米諸国に来ればいいのではとすら思えてくる。

言語というの重要だが、言葉を発する前にある程度、こちらに興味を持ってもらわないとどうしようもない。そういう意味で外国人とコミュケーションを取る際には、相手が日本に強烈な思いを抱いていれば、コミュケーションは断然楽になる。

今まで「ここの国の人たちは本当に親日だなあ」と心底思ったのは、ほかには台湾ぐらいしかない。

そんなわけで未だにスペイン語は完璧とは言えないが、会う人がことごとく「君のスペイン語、ほんと上手だね!すごいよ!」と褒め殺しをしてくれるので、極めて上機嫌な日々を送っています。

フランス人やブラジル人だと母国語が似ているので、上手くて当たり前だから、ここまで感嘆されることはないだろう。その点日本人というのは「日本語という訳の分からない言語を操る」民族と認識されているので、少しでもスペイン語が話せると彼らの評価もうなぎのぼりだ。

ああ、日本人で良かった(笑)

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2012年9月13日 (木)

スカイプを使って50分英語で話すということ:人に感動を与えるレッスンについて

リアルでスペイン語のレッスンを週五回、あいも変わらず受けている。

そうして、このあいだ普段受けている先生とは違う先生のレッスンをスカイプで受けてみた。実感としてレッスン時間50分というのは、ただ話すだけのレッスンにしては、長すぎるということだ。

特になんの教材もなく、初対面の人とスペイン語で話しただけだが、内心「早く終わんねえかな」と思ってしまった。

今、じつは二人のマテアス先生からレッスンを受けていて、マテアスメソッドの生みの親であるマテアスとは、1回90分のレッスンを週4回、それはもう密度の濃いレッスンを受けているのだが、もう1人のマテアスとはただ2時間男二人、ああでもないこうでもないと話しているだけだ。

2時間実際に会って話しても、なんの負担にもならないが、スカイプだと50分でもかなり辛い。

もちろん、もう1年以上スペイン語を習っている相手と、初対面の人との違いはあるが、一番大きな違いはスカイプを通して習っていることからの負担だ。

ワンズワードオンラインをスタートするときにこだわったのは、すべてのレッスン時間は50分を一コマにするということだ。教材を使ってまともなレッスンをしようとすれば、50分は最低限必要な時間だという思いは、今でも変わらないが、語学学習者がスカイプで話す負担というものに関しては、無頓着だったことも事実だ。(英語だとそんなに集中して聞かなくても理解出来るが、スペイン語の聞き取りはけっこう必死だから、なおさら身に沁みた)

だからこそ、格安オンライン英会話はほとんどがレッスン時間25分なんだなと納得した。←いまさら・・・

しかし、待てよと思う。それでいいのかと。オンライン英会話スクール側が生徒が50分は長すぎると感じるから、25分で区切るというのは本末転倒だ。最大の問題は、「それで果たして学習効果が上がるのかどうか?」ということをレッスンを提供する側がきちんと考えないといけない。

語学学習者がなにかフワフワした感じで、異国の人とちょっぴり分かり合えた・・・・程度のレッスンを提供することに意義は感じない。

スパルタだろうが、スパルタカスだろうが、がっつり50分やって、きっちりと学習効果を出すことが、レッスンを提供する側の正義であり、使命ではなかろうか!

とそこまで熱くなることはないのだが、弊社の体験レッスンを受講された方が「ワンズワードオンライン 謎の笑顔」というエントリーを書いてくださり、ちょっと思わず感動してしまった。

以前まで受けていたスペイン語の先生は、「さて、今日何するか」というようなことをレッスン時間30分過ぎた頃に言う感じだったので、むしろ心から羨ましいと思ってしまった。

学習効果うんぬんは今の時点で判断出来ないが、「スカイプを使っての50分という英語の学習時間をいかに効率良く使うか?」ということがきちんと考えられていて、手前味噌で恐縮ですが、素晴らしいと思う。

そんな先生が在籍してくれていることに素直に感謝しつつ、内心「マジ、そんなスペイン語の先生、ここブエノスアイレスで見つからないものか」と願っています。

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2012年6月17日 (日)

英語を学習する意味について問いただす:外国人とコミュニケーションを成立させるということ。

英語とスペイン語を真剣に勉強して思うのは、スペイン語のほうが圧倒的に発音に関しては楽だということだ。ただし、スペイン語のほうが文法がより複雑で、英語を話せてもスペイン語特有の文法をマスターするのは至難の技だ。

よって、アルゼンチン人やスペイン人が英語をマスターするほうが、アメリカ人やイギリス人がスペイン語をマスターするより、簡単だと一般的に思われている。(だからと言って、ブエノスアイレス在住の大半のアメリカ人は全くスペイン語を話せないのはどうかと思う)

だが、日本人にとってみれば、英語の発音というのは非常に難しい。これはスペイン語を少しでも話せるようになってきている今、痛感している。スペイン語の場合は、発音が通じないというケースはほとんどないけど、英語だと当然ある。

で、なぜか日本人は発音に関してはうるさい。たいした英語も話せないくせに、発音に関しては一人前のことを言う。RとLの区別がつかない日本人のくせして、そんなことでお互いに非難し合ってもしょうがないのに、このような議論は止むことがない。

結果、極度に発音を気にするあまり流暢な英語を話せなくなっている日本人話者を多く輩出するようになる。リスニングに関してはRとLの区別がつかなくても、多くは文脈からどの単語か察することが出来るし、スピーキングに関しては「反復練習」を重なることによって発音の問題をかなりの確率で克服することが出来る。

また英語の意味はすべて文脈による。いわゆるコンテキスト重視の言語だ。だから、「この前置詞の意味は?」とか「このitはなにに掛かっているのか?」とかなどを真剣に考えても時間の無駄だ。

発音の問題を気にしなくて済むスペイン語を習うにつけ、「外国語を話す」ということについてずいぶんゆるくなってきた。例えば日本人同士の会話を想像すれば分かるが、会話の8割方は意味のないことをお互い話し合っているに過ぎない。

そうなると、8割の会話が分からなくても、そのシチュエーションと前後の流れでだいたいの内容を掴み、適宜きちんとした答えなり相槌なりを打てば会話は成立する。外国人とコミュニケーションを取るということの極意は「不必要に聞き返さない」ということだ。

そんなことをすると、「相手の会話の流れを遮り、相手に不快な思いをさせて、さらには自分の評価を下げる」ことになる。

「外国語を話すこと」と「外国人と外国語でコミュニケーションを成立させること」のあいだには深い深淵が横たわっており、そのことの根本的な違いをきちんと理解しないと語学を習得しても意味はない。コミュニケーションを成立させるためには、「相手を楽しませる」ことをまずは念頭に置き、「自分の発音の正確さ」や「相手が言っていることを100%理解」することは二の次に置くことだ。

英語はただ単に学習するためにあるのではなく、「より多くの外国人とコミュニケーションを取る」ために学習するものだ。またそれよりもマイナーな言語であるスペイン語などは、グローバル・スタンダードから言うと、もうなんというか趣味の世界の話だ。そんなことにいちいちケチをつける輩はまずいない。

これから多くの日本人が海を渡って、海外で生活する時代になるだろう。そうなったときにいつまでも「口下手な日本人」のままだと損をする。言いたいことだけはきちんと言い、相手の言い分の8割は理解し、最終的には笑って分かり合えるようになることが、英語学習、またはそのほかの外国語学習の真意だと思っている。

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2012年5月31日 (木)

神降臨!マテアス・メソッドについて:語学上達の必殺技

週5回(1回90分)のレッスンを取っているマテアス先生のレッスンでは、先週までに今まで使っていたテキストが終了した。よって今週のレッスンは何をするのかなと思っていたのだが、月曜日に「medicamentos truchos(日本語で言うところのニセ薬ですね。もっと詳しく言うとアルゼンチン国内に出回っているニセ薬の記事です)」を議題に今週は勉強すると言って、200単語くらいのごく短い新聞記事を出してきた。

流れ的にはこうだ。

1. 記事を音読させる。

2. 内容把握(分からない言葉があったらマテアスに訊いたら教えてくる。もちろん、スペイン語でだけど。時々、言い換える言葉がさらに難解過ぎて聞き返すときがある)

3. マテアスが質問を三問ほど考えて、答えさせる。

4. 宿題として、記事について、あるいはそれに絡めた話題(日本での保険制度など、レッスンで話した内容)でライティングの宿題を出す。

火曜日は、まずはその書いたエッセイを音読させ、間違いを段落ごとに丁寧に直していく。文法的には問題なくてもスペイン語として不自然な表現があった場合はそれも逐一直す。

また同程度の長さ200単語程度の新聞記事、同じニセ薬のトピックだけど違う内容の記事を使って音読させる。宿題としては、月曜日のライティングの出来が悪かったので、再度清書させてもっと内容を掘り下げて書くように指示される。(ちなみにライティングの場合は、最大4回ぐらい同じ内容で書き直しされてます・・・・要求されているレベル高し!)

そして、今日も自分が書いたエッセイを音読して同じように修正をし、3つ目の記事をまた音読して内容把握していった。そして、最後の宿題に「こ、これか!やつはこれがやりたかったのか!」と符に落ちた。

それは今週読んだ3つの記事をまとめたエッセイを書かせるというものだった。だから、彼は似たような内容の記事を3つ事前に用意していたのだ。毎回トピックを変えると、結局は何も記憶に残らないが、3日続けて同じトピックだとボキャブラリーも重なってくるものもあるので、全体が把握しやすくなる。

一番のポイントは3つの違う記事を自分の言葉で要約するということだ。それをすることによって3つの記事を再度よく読んで、それこそ精読し、またそれらを自分なりに解釈して自分のボキャブラリーで今度は書くことになる。

今日は医薬品の記事、明日は中国の政治についてなど毎日違う内容の記事を読んでも意味がない。天才でもない限り、絶対に記憶出来ないから。しかし、同じような内容の記事を3つ用意して、それらについて書かせて、最後に要約の記事を書かせると記憶が定着し、アウトプットも容易になる。

マテアス、すげえよ、あんた。なんか感動した!

ということでワンズワードでも早速真似するように全先生に告知しましたので、希望者は「Matías Method(マテアス・メソッド)」と名づけましたので、先生にそのように希望を出してください。実際にこのレッスン方法を実施した会員様は特典チケット1枚・・・・ここはひとつもうちょっと張り切って特典チケット2枚差し上げますので、ぜひお試しください。(お一人様ご応募は一回きり、申し込み期限は2012年6月30日までとします。もちろん、3日連続で受講する必要はありません。お時間見つけて、きちんと質の高いエッセイを書いて先生にレッスン時にスカイプを通じてお送りください。できる限り、同じ先生でご受講いただけるとより効果があると思います。)

そして三回終了した時点で感想とともにメールをサポートアドレス宛にお送りください。

※ちなみに先生たちには例文として下記3つの記事を送っておきました。

http://www.bbc.co.uk/worldservice/learningenglish/newsenglish/witn/031224_witn.shtml
http://www.bbc.co.uk/worldservice/learningenglish/newsenglish/witn/2004/12/041210_climate.shtml
http://www.bbc.co.uk/worldservice/learningenglish/tenyear/witn_2006.shtml

どれも「World climate change(世界の気候変動)」についての記事です。本当はもっと互いに関連性がある記事が望ましいですけど。

ご応募お待ちしております!

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