文化・芸術

2011年6月19日 (日)

自分を騙す勇気:これからのこと。

ノマドワーキング(オフィスからではなく、遊牧民のように自由に仕事場を選んで仕事すること)とは聞こえはいいが、会社あるいは学校などの「出会いの場」がないと、人に会う努力をしなければ「仕事」しかない味気ない生活になってしまう。

ブエノスアイレスに来て、2ヶ月以上経ったが、それが一番の悩みだった。

今までの社交生活と言えば、毎日のスペイン語のレッスンでメルセデス先生に会うことと、週一回のテニスレッスンに通うことくらいだ。これではまずいと思い、色々と出会いの場に出かけていき、たまたまアメリカ人たちが集まるパーティーに参加した。

そこで自分と同じようにすべてオンラインで完結させて仕事をしている人たちと出会い、非常に大きな刺激を受けた。また彼らは自分と同世代であり、その人達が国は違えど同じような生き方をしているのに、ある種の驚きを感じた。

ブエノスアイレス、あるいは海外で仕事をしたいから起業したわけではない。たまたま状況が許すようになったから、海外に出てみたのだが、結果は自分自身の人生に大きなインパクトを残すことになった。

たぶん、僕は日本の自分の人生に倦み疲れていた。人間関係も仕事もある程度は予測可能な状態だったので、そのままだと本当にまずいと感じていた。べつに同じような毎日を送ることを非難はしないし、それが悪いことだとも思っていない。

ただ、自分には合わない。

僕は諦めの悪い人間だと思う。死ぬ直前まで自分の夢を諦めたくはない。それよりも何よりも自分の可能性を諦めたくはない。状況を変えれば、「新しい自分」を発見することはままある。

ウソでもいいから夢を見続けたいと思う。

自分を騙してもいいから、なるべく長く「漠然とした希望」を抱きつつ、新しいことにチャレンジしていきたい。もちろん、別にすべてが報われるとは思ってはいない。むしろ、報われないことのほうが多いだろう。だが、自分個人の人生に落とし込めば、それはただ単に「やること」に意義があるだけで、それ以上の意味は何も求めていない。

何かを成し遂げることよりは、今この瞬間どう生きるかにエネルギーを費やしたい。未来は無担保でやってこない。失敗をした数だけ、次の成功の確率は高まる。

環境は整えたので、あとは自分がどうするかだと思っている。これからの自分がとても楽しみだ。


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2011年6月14日 (火)

言語へのロマン:ラテンとアジア

日本を旅立つ前、人に「今度、ブエノスアイレスに住むことになった」と言うと、「えっ、ブエノスアイレスって、どこ?アフリカの近く?」なんて答えがよく返ってきた。それも致し方がない。ブエノスアイレスは日本の裏側に位置するし、また多くの日本人にとっては「世界で最も縁もゆかりもない土地」だから。

Buenosaires001

このあいだ、スペイン語を習っているメルセデス先生と日本の出生率が下がっている話をしたのだが、「それって、一人っ子政策のせいでしょ?」と真顔で言われた。「いやいや、それは中国の話しだよ」と言ったが、メルセデス先生に「アジアの国、すべてがそうだと思っていた」と言われた。

そこで気がついたのだが、アルゼンチンの人にとっては日本は遠い国という同時に、「アジアの国々」という形でひとまとめにされているということだ。そのなかには当然、中国、韓国が入る。それにもしかしたらインドネシア、フィリピン、インドあたりまで入るかもしれない。

考えてみると、南米の国々はブラジル以外はスペイン語が第一言語なので、文化的には非常に似通っている。そんな南米の人から見ると、アジアの国々も自分たちと同じように共通の文化圏で暮らしているというイメージがあるのだろう。

しかし、我々は口が裂けても、「いやー、おれらアジア人だから」とは言わない。なぜなら、彼らが思っているほどにお互いの共通点は見当たらないからだ。

南米の国々の多くの民族が固有の言語を持っていただろうが、結局彼らは最終的にはスペイン語を選択した。もちろん、最初は征服者から強制されたからという理由もあるだろうが、ある時期に彼ら自身が自分たちの言語よりスペイン語を選択しないとそこまで定着はしないはずだ。

アジアの国々は自分たちの国を守ることにしたからこそ、今のようにそれぞれ独自の発展を遂げた。それがいいことか悪いことか分からないが、ただその事実は個人的に面白い選択だと思う。経済合理性を考えると、より多くの国で話されている言語を選択したほうがいいはずだが、そうはならない。例えば世界中で英語だけが話されているということになると、とてもつまらないし、文化的にも豊かなものを形成できないのではないだろうか。

言語と文化は密接に結びついているが、同じ言語を話す南米の国々でも、きっとそれぞれ違う個性があり、実際に行ってみれば、それぞれ新鮮な驚きをもたらしてくれるだろう。それが今から楽しみだ。

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2010年7月30日 (金)

現代版ゴッホのお話し。

友人から誘われて、国立新美術館の「オルセー美術館展」に行ってきた。パリのオルセー美術館には10年以上前に行ったことがあるが、あまりに巨大過ぎてすべてを見切れなかったので、今回はいい機会だと思った。

それにしてもやはりゴッホという画家は別格だ。彼の絵からは、ほとばしるエネルギーが感じられ、「星降る夜」に到っては本当に夜が目の前に現れたかと思うほど、リアルな存在感がある。

Starysky

ふと、彼のような途方もないエネルギーの持ち主が現代に生まれていたら、どのような職業に就くか、夢想してみた。やり尽くした感のある画家という職業には就かないのではないか。このオルセー美術館展に行くとよく分かるが、19世紀末の絵画の世界は激動の世界で、どんどんとスタイルは変わり、発展していった。当時の革新的な考えを持った人たちの多くは、画家か作家だった時代だ。

この現代で芸術家として成功を収めようとすると、村上隆のような形態になってしまう。ビジネスという観点からすると、素晴らしい成功を収めているが、100年後彼の作品を見て人々はどう思うのだろうか?ただ何とも思わないような気がする。少なくてもゴッホの作品から感じるようなエネルギーの発現などは感じないだろう。ゴッホの作品はほとんど3Dと見紛うほど、圧倒的な存在感がある。

今、同じような熱量を持った人物として頭に浮かぶのは、スティーブ・ジョブズだ。彼が創りだした作品の数々、「iPhone、Mac、iPad、iPod」などは100年経ってもその目指した革新性は色褪せないかもしれない。100年後の人たちは口々に「よくこんな時代にこれだけのものを作ったな。ほかの製品見てみろよ、どれも醜く使いづらい。だけど、彼が作った製品だけは違う、どれも美的センスに優れ、思わず触りたくなるくらいだ」と語り合うのかもしれない。

ジョブズは高度に発達した現代版ゴッホなのかもしれない。稀有なエネルギー量と、周囲を巻き込む圧倒的な社会性を身につけ、我々が見たこともない世界を見せてくれる。映画が第7芸術として認められているが、それ以降確定している芸術の分野はない。もしかしたら、近い将来「起業」がそのあとの芸術の分野として認められる日が来るのかもしれない。

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2010年7月26日 (月)

佐藤雅彦「これも自分と認めざるをえない展」に行ってきました

美術愛好家でもなんでもないのだが、美術館には結構行っている。これはひとえに一人旅好きの効能だと思う。ロシアのサンクトペテルブルクではエルミタージュ美術館を堪能し、パリではルーブル美術館やオルセー美術館に足を運び、バルセロナではピカソ美術館、マドリッドではプラド美術館、アムステルダムではゴッホ美術館などに行った。

その他にも数限りないギャラリー、美術館に行き、ぼーと絵や写真を眺めている。
ヨーロッパでは犬も歩けば棒に当たるかのごとく、ギャラリーや美術館が軒を並べているので、散歩ついでに美術を堪能できる環境が整っている。一人だから、特にやることがあるわけでもなく、ただただひたすら散歩をし、一息つくために美術館などに寄ったりしているわけだ。

それでもコンテンポラリーアートは敷居が高い。いつも狐につままれたような気分を味わい、残念な気持ちになる。今まで一番印象的だったコンテンポラリーアートは、金沢21世紀美術館で見た「ロイ・ミュレック展」ぐらいだろうか。

知り合いのイギリス人の写真家に大のアート好きがいて、彼曰く「コンテンポラリーアートを観に行く時は、絶対に楽しもうと決意している。もし、楽しくなかったらそれはアーティストのせいではなく、自分のせいだと思うようにしている」と語っていた。そんな本物と美術愛好家に比べると、「お金払っているんだから、楽しませてね」と思ってコンテンポラリーアートを観に行く自分は卑しい人間だと思う。

そんな僕でも今回の展覧会はとても楽しかった。

「これも自分と認めざるをえない展」

自分自身を規定しているものがいかに脆弱か、またそんな脆弱のものを頼りに自分自身の存在が社会から規定されていることがよく分かる色々な仕組みが施されていた。

大好きな写真家の一人であるソフィ・カルのビデオが見れたこともなんだか嬉しかった。パリのポンピドゥーセンターで見た彼女の展覧会は今まで見た写真展のイメージを覆すほどインパクトがあった。

たまにはこうして、コンテンポラリーアートに触れて、違った視点で自分と社会を見つめる機会を持つのも悪くはない。そんなことを思った一日だった。

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2010年7月 9日 (金)

優秀な人間とものすごく優秀な人間の違いについて

ワンズワードオンラインのためのSKYPE面接を何十人かこなすうちに、かなりこなれてきた。最もこなれてきた分野が、このSKYPEを使った面接かもしれない。

フィリピン人の方々は南国気質のせいか、驚くほどアットホームな感じで面接に挑むことが多い。面接中に家族は横切り、バックグランドには友達との楽しげな写真が飾られ、挙句の果てに人前で思いっきり鼻をかんだりする。
(「エクスキューズ ミー」の一言って本当に大切だと思う。人が話しかけているそばから、鼻をかまれると、萎える)

まず面接をひとつの戦争と例えてみたい。
そうなると、圧倒的に不利な立場なのは面接者側である。

面接する側の人間は、彼らに対して「履歴書」という圧倒的な情報を持っており、なおかつ僕が受け持っているのは最終面接なので、一次面接の印象および英語テストの結果も把握している。彼らはこちらに対しての情報を一切持たず、好印象を残しつつも果敢にも攻めて「合格」というゴールを決めないといけない。

たかだか英語のひとつやふたつ話せるくらいでは、僕からゴールを奪うことはできない。そんなことは英語の先生として当たり前で、それ以上の何かがないとものの五分も経たないうちに戦いは終わってしまう。

ここでもやはり自覚がものを言う。優秀な人間は多くの場合、自分を過大評価し、ものすごく優秀な人間は意外と謙虚だ。なぜならば、彼らは自分たちよりも優秀な人間がいることも自覚しており、それを知ることによって謙虚になり、努力を怠らない。

優秀な人間の多くがそのポジションに留まっているのには、二つ理由がある。ひとつ目は彼らは自分自身の現状に満足し、そこで努力することを辞めてしまっている。ふたつ目は他者の能力に関して無自覚であり、そのことによって無意識的に自己保身を図っていることに気付いていない。

高校の頃、僕は海外旅行の資金を貯めるために数多くのバイトを経験した。どれも個人的には全く興味のない、お金を稼ぐためだけのバイトだ。僕のバイト面接の時の戦略は「ひたすら相手が欲っしていることを口にする」ことだった。アンケート調査のバイトの時は堂々と「大学では統計の勉強する予定なので、そのための勉強のためにこのバイトに応募しました」と嘘をつき、喫茶店のバイトでは「将来的には飲食店を営みたいので、その勉強のために応募しました」と言い放った。

フィリピンの人たちを面接してきて思うことは、このような非常に嫌なタイプな人間がいないことだ。彼らはとても素直であり、素直であるがゆえの面接時の「アットホームな雰囲気」がある。けれども、面接時の対応は僕が高校生の時よりも稚拙だと思う。「相手が欲っしていることを言う」という面接時の振る舞いは、控え目にいっても最低な人間がすることだと思う。ただ面接という戦いにおいては、非常に効果的な戦い方ではある。

等身大の自分でこの仕事は十分と思う人間はすべて不合格にしている。ワンズワードオンラインはそれほど甘くはない。今の彼ら以上になる準備が出来ている人たちだけ、一緒に成長していきたいと思っている。

また同じように「こちらが期待することだけを気にかけている、あるいはかけている振りをする人たち」も不合格にする。(そのようなフィリピン人には会ったことがない。彼らは良くも悪くも、自然体だ)

結果、先生はいつも不採用になる。ただ、ひとつ言えることは、我々はこの結果に満足している。今、所属している人たちすべてがお気に入りの先生たちであり、どこに出しても恥ずかしくない。ほんの些細な、本当に些細なことかも知れないが、この形をずっと維持していきたいと思っている。

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2010年1月29日 (金)

久しぶりの演劇:血は立ったまま眠っている

友人の丸ちゃんこと丸山智己くんが出ている蜷川幸雄の舞台「血は立ったまま眠っている」を見に行った。以前は、演劇雑誌「レプリーク」の撮影の仕事をしていた関係で、けっこう演劇を見に行ったのだが、最近はご無沙汰だった。当時は、グリング宇宙レコードク・ナウカなどを好んで見に行っていた。どの劇団も一般的には名は知られていないが「なんてクオリティが高いんだ!」と思いながら見たものだった。今は解散してしまったク・ナウカの照明や斬新な演出だけでも、十分に見る価値があった。

僕は蜷川さんの舞台は見るのは初めてだが、彼が撮った映画「蛇とピアス」は見ており、その演出のあまりの古さに若干びびった。そして、彼の舞台を見てもやはり同じ感想しか抱けなかった。

そして、演劇を鑑賞しながら「ああ、やっぱり寺山修司の世界って、嫌いだな」と実感してしまった。彼の小説も映画もかなり見ているが、どれも好きになれない。どこか自分の言葉と自分自身に酔っている感じがいけすかない。また彼の作品はどれもその時代に属している人たちに向けられて作られており、僕らの世代には何も響かない。もちろん、どの作品もその属してる時代というものに影響を受けるが、寺山修司は確信犯的にその密度を高くして、自分の作品を作っているのが明らかであり、そこにいやらしさを感じてしまうのだろう。(特に彼が生きた時代は刺激的だった。そのおかげで、彼個人が内包していた芸術性はどの程度なものなのか見えにくくしている。内心、たいしたことなかったのではと思っている)

2階席で見たのだが、下の階を見てみると9割ぐらいが女性だった。ふと思ったのだが、森田剛くん目当てで見に来たお客さんたちにとって「寺山修司、蜷川幸雄、安保闘争」などの記号はなんの意味があるのだろうか?

森田くんだけで客が呼べるならば、若手演出家にチャンスを与えて、彼らのオリジナル作品を上演して欲しいと思った。いつまでも今年75歳になる老演出家に頼ってばかりだと、演劇離れが一層加速してしまう。才能のある人たちはたくさんいるのだから、彼らが活躍できる舞台をメジャーな世界でも用意して欲しいと思った。

ちなみに巷の感想はどうなのかと気になって調べたら、こんな感想を見つけました。確かに丸ちゃん「刺激があって、楽しい」と言っていたから、演者にとっては楽しい舞台なのかもしれない。でも、観客を置いていかないで・・・・・

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