アニメ・コミック

2010年11月24日 (水)

21世紀はアジアの時代:漫画で生き残れ日本!

21世紀はアジアの時代と言われているが、ではアジアのリーダーとなるような国は一体どの国だろうかと考えたときに、実はもうそのような考え方が通用しないのでは思った。

一国が富を独占するような時代は幕を閉じ、これからの時代は各国の優秀な個人がネットワークを作っていき、文化的にも経済的にも世界を引っ張っていく時代になるのではと思う。アメリカの経済は壊滅的だが、ジョブズ率いるアップルは、コンピューターの世界においてはリーダーとなりつつある。そして、その状況はしばらく続くだろう。

アートの中心は一昔前はニューヨークだったが、911以降はすっかりその存在感は薄くなり、逆にヨーロッパのほうが活気づいている。2年ほど前に訪れたベルリンなどはアートがすっかり生活に根付いており、周辺諸国からの移民も多く受け入れているので、変革のスピードが非常に早い印象を受けた。同時期に訪れたロンドンよりよほど活気があり、人々の顔が明るかったのが印象的だった。

それらの国と比べて日本はというと・・・・・もういっそのこと漫画に特化して輸出すればいいのではと思う。漫画ほど他国と比べて圧倒的優位に立っているコンテンツはなく、少なくてもしっかりとした英語訳を付けて電子書籍などで販売し始めれば、かなりのインパクトを世界に与えることが出来るのではと思っている。

時代遅れの出版社がいつまで経っても権利を握ろうとしているかぎり、そのようなことは起きないかもしれないが、「ブラックジャックによろしく」の著者のように独自で漫画を販売していく作家が増えていけば、そこには大きなチャンスが広がっている。

以前は経済を制する者が世界を制していたが、今はもうそうとも言えなくなっている。経済規模で言えば当然中国が世界の中心となるはずだが、政治的にも文化的にも世界のリーダーとなるような要素は見当たらない。もちろん、引き続き経済では世界でそれなりの存在感はあるだろうが、一時期の日本のように「ジャパンマネー」などと言われて一世を風靡することはないのではと思っている。
(3年ほど前に上海に行ったが、そのときの印象よりも去年行った香港のほうがインパクトがあった。経済も文化もものすごいパワーを感じるが・・・・・中国に返還されたのが残念だ)

根本的にはもうどこに住んでも変わらないのかもしれないが、せっかくアジアの時代と言われているので、日本以外の国にしばらく住むのも悪くないと考えている。今まで行ったアジアの国であるベトナム、インド、タイ、韓国、中国、香港、フィリピン、カンボジア、マレーシア、スリランカ、シンガポール、インドネシアから住みたい国はと訊かれたら、やはりフィリピンになるかもしれない。セブパシフィックのおかげでアジア各国に格安に行けるのも非常に魅力的だ。
(バンコク・マニラ間が2000円という破格の値段のときもある。時期にもよるらしいが)

東京ほど暮らしやすい街がないことも知っているが、あまり長くいると感覚的にボケる気がする。まだ色々なチャンスが広がっているので、年末ゆっくりと考えるつもりだ。そして、年明けには台湾経由でフィリピンに行き、移住の可能性を探る。

来年も楽しみな一年になりそうだ。


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2010年5月21日 (金)

ワンピースに見る現代の神話

僕の叔父さんはクールGUYだ(死語?)
ニューヨークに10年以上住み、某一流デザイン事務所でクリエイティブ・ディレクターまで上り詰め、日本に帰国してデザイン会社を設立し、社員15名ほど抱えて一流企業の広告を手がけている。

そんな叔父さんにこのあいだ久しぶりに会った。息子のアレックスがスピルバーグなどを輩出しているカルフォニアのどっかの大学に合格したので、お祝いを兼ねて久しぶりに自宅に招待をされて夕食をご馳走になった。

その夕食のなかで、なぜかワンピースの話しになり、一冊も読んでいなかった僕はいまいち話についていけなかった。そこで意を決して全巻読破することにした。
(ちなみに18歳の頃、叔父さんにピーター・グリナウェイの「数に溺れて」と、ケン・ラッセルの「マーラー」を勧められて見た記憶がある・・・・・それがよもやワンピースになるとは時代は変わる)

ワンピースは神話的要素が満載だ。僕がリアルタイムに読んでいたドラゴンボールにもその要素が散見されるが、ワンピースにはそれが顕著である。

1. ワンピースという秘宝を求めて、小さな村から冒険に出る。

2. 道中に仲間を見つけていく。

3. 強敵がどんどん現れ、主人公たちもそれに伴って強くなる。

4. 冒険が進むつれて、その世界も広がりを見せて、困難も増える。

物語的には桃太郎とほとんど変りない。
ただ驚くべきことは、1巻から57巻まで現在刊行されているなか、1巻からほとんど話が進んでいないことだ。ワンピースという秘宝がそもそもなんなのかも未だわからず、一体いつになったらそれが手に入るのかすら分かっていない。

これがドラゴンボールだと話はもっと明瞭だ。

1. ドラゴンボールを求めて、冒険に出る。

2. 道中に仲間を見つけていく。

3. ドラゴンボールが1個づつ見つかっていく。

4. 強敵がどんどん現れる。

5. 修行をして強くなる。

6. 強敵に破れて死ぬこともあるが、生き返る。

7. 冒険が進むつれて、その世界も広がりを見せて、困難も増える。

物語のマイルストーン(この場合はドラゴンボールの数)が示され、強敵が現れたらそれに対抗するための方法(亀仙人や界王様による修行)が示され、話もちょっとづづ進んでいく。息子なども生まれて、時間の流れも明確に意識されている。

ふたつを比べて顕著な違いは死と努力の概念がワンピースには欠如している点だ。ワンピースでも端役は何人か死んでいくが、主人公たちは決して死なない。これがドラゴンボールだと次々と死んでいく。

ワンピースの主要キャラクターたちはたいした修行もせずに次々と新しい必殺技を編み出していき、強敵を打ち破っていく。ドラゴンボールでは、40kgもする重い甲羅を身につけて死ぬような修行をして、かめはめ波などの必殺技を身につけていく。

努力なし、というのが非常に現代的と言える。アナログ時代では、努力なしには何も打ち立てることはできなかったが、デジタル時代はいかに有用なツールを効果的に使用することかに物事の成功の是非がかかっている。
(ドラゴンボールのブルマ的な役どころであるナミが強力なツールを手に入れて、立派な戦闘員になっていることがそれを明確に示している)

昔はひとつの目標を掲げてみんな一丸となって、それに向かっていったが、現代ではそれは通用せず、個々の目的(世界地図を描くこと、立派な海の戦士になること、世界一の剣豪となること)が最も重要であり、それを成就するために一番効率的な方法(ルフィと旅すること)を示さないとチームとして機能しない。

次の神話となるような漫画はどのような要素があるのか、今からとても楽しみだが、その漫画にも「血のにじむよう修行」という要素は欠如していることに間違いない。

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