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2013年11月

2013年11月30日 (土)

ブエノスアイレス、メキシコシティ、東京:世界の車窓から

ブエノスアイレスに着いて、数日が経った。
諸々の書類の手続きをしなくてはならず、毎日フルボッコされている。

そんな毎日だが、やはり久しぶりのブエノスアイレスはそれなりに楽しい。

一番の楽しみはやはりなんといっても、旧友との再会だ。
アメリカ人のマイクとはよく二人で飲みに行く仲だが、彼はブエノスアイレスでサイトを運営しており、その関係でよくパーティーなどに招待される。

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(マイクの音楽の趣味はなかなかで、パーティーがあるとDJ代わりによくマイクの作ったプレイリストをかける)

ジャックダニエル主催のパーティー、JBのパーティー、それに今回のようにシャンパンのメーカーが主催されるパーティーなど色々だ。そのどれも無料で飲み放題という・・・・ある意味危険なシロモノだ。
(特にウイスキー飲み放題のパーティーは色々とやばいことが起こりがちだ)

会場にはモデルたちがうようよしており、そんな美女を肴にして、二人で語り合った。その多くは他愛のない話だが、普段はスペイン語だけだったので、旧友との慣れ親しんだ英語での会話はとても楽しかった。

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Countries With The World’s Most Beautiful Women

アルゼンチンは世界で2番めに美女が多い国と言われているが、たしかにその噂通り、美女は多い。メキシコシティに比べたらダントツだと思う。でも美しいものには棘があるので、なかなか凶暴な性格をしている女性たちが多いのが玉にキズだ。

メキシコシティが大好きという外国人にはそんなに会ったことがないが、ブエノスアイレスに恋をしている外国人は多い。美しい建物とどこかロマンティックな雰囲気、それに美男美女がわんさかおり、街中にはタンゴが鳴り響いている。

経済的にも南米で最もポテンシャルが高い国と経済学者に評価されており、現在の経済的な低迷の説明がうまくつかない。(その多くは人的要因だと思うけど)

経済的な低迷とともに治安も悪化し、マイクも空き巣に入られ、ほかの友人たちも何かを盗られてたり、空き巣に入られたりと散々な目にあっている。

ブエノスアイレス事件簿:ゴルゴ13を目指して

「ブエノスアイレスで空き巣に入られなければ、世界中どこにいっても大丈夫だよ」とアルゼンチン人から太鼓判を押されたこともある。

そんなお茶目な国だ。

時々、隣国ウルグアイに行くとブエノスアイレスで自分がどれだけ緊張して生活しているか分かる。常に周囲に気を配り、気をつけないとやられる国だ。そして、気をつけてもやられるときはやられる国でもある。

それでもふとした瞬間、「いい街だな」と思う時がある。そんな風に思える国は多くはない。でもアルゼンチンは好きだけど、アルゼンチン人はどうかとは思っている。いずれ、侵略されほかの国の支配者が支配すれば、もっと良くなるのではと突拍子もないことを考えたりする。

アルゼンチン人は母国愛が強いが、その割には長期的視野に立って、自分たちの国を良くしようとはしない。すぐに楽をしようとする。ラテンだから仕方がないのかもしれない。

ブエノスアイレスにて:愛すべき人たち

マウロのような本当に優秀なアルゼンチン人の若者もいるので、彼らが将来、この地できちんと仕事をして、もっと国全体をよくしてくれるのではと期待している。
(マウロのゴッドファーザーは次期大統領候補でもあるので、近い将来彼が政治家になることもあるかもしれない。本人は今のところ嫌がっていますが)

そういう意味でもしばらくはこの国の行末から目が離せないし、年に何回かこの地に来て、友人たち旧交を温めようと思っている。

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2013年11月27日 (水)

100年前に猿が考えたことについて:ブエノスアイレスにて

ブエノスアイレスには昨日ついた。
そして、半年ぶりに自分のマンションに行ったら、水が出なかった。

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ブエノスアイレスでは2ヶ月以上ガスなしで生活したこともあるし、インターネットなしで2週間生活したこともある。でも、一番辛いのは水なしだなと痛感した。

また今日はマンションの契約のために、警察署に行って「certificado de domicilio(住所証明書)」を申請する必要があった。しかし、所轄の警察署に行かねばならないので、マンションのオーナー兼建築家であるアンドレスに訊いてみた。

「チャカリタ墓地の裏にある警察署が一番近いから、そこだと思う」とのことだったので、散歩がてら歩いていってみた。

途中、中年の男二人が口喧嘩をしており、かなりヒートアップして殴り合いの喧嘩になった現場に遭遇した。さすがブエノスアイレス!動物園だ。

そして、警察署に着いたら、誰も待っていないのに5分程度待たされた。なぜなら、警察官のユニフォームに身をまとった幼稚園児たちが「キャッキャ、キャッキャ」とカウンターの向こうでお戯れになっていたからだ。

たまにこちらをちらちら見るが誰もアテンドしてくれる気配はない。こちらも相手が幼稚園児だろうが、曲がりなりにも警察官なので、あまり大きくは出れない。

そうこうしているうちに、たまたまこっちにやって来た女性警察官に訊くと、「住所は?」と訊いてどこかへと行った。もちろん、別に仕事をしているわけではない。また楽しい戯れへと参加しにいっただけだ。

さらに待つこと5分。
仕方がないので違う人に訊いてみた。そしたら、「ここは所轄の警察署ではない」と言われた。そして、違う住所の警察署の紙に書いてくれた。このあたりからブエノスアイレスでの作法を思い出し、すべてを疑い深い目で見ることにした。

「本当にここで合っていますか?」と問いただすと、「まえ来た人も君の近くの住所でそっちに回したから、合っている思うよ」と微妙な答えだ。

これ以上訊いても無駄だと思ったので、とりあえずそこに行ってみたら、案の定違う所轄の警察署だった。しかし、今度は担当の人が自分の住所を訊いて、さっとコンピュータで検索して、該当の警察署の住所を紙に書いて渡してくれた。

それ、最初から使ってくれ、マジで。
コンピュータがあるのに、なぜこの国の人はそれを活用としないのか、甚だ疑問だ。

そして、三度目の正直とばかりにタクシーを飛ばして行ってみた。そしたら、「なんの目的のために使うのか?」と訊かれ、「はあ?」となってしまった。

まず、この住所証明書の概要を説明しよう。
自分が住んでいる所轄の警察署に行って申請し、その翌日、あるいは翌々日、さらにはその次の日のうちに警察署に雇われた中学生みたいなガキがその住所に行って、実際にその人が住んでいることを確認して発行されるシロモノだ。

たぶん、100年前に猿が考えたシステムだと思う。

極東の国では、自動販売機で住民票が取れる。でも、このラテンの国ではすべては人力だ。ついでに住所証明書の申請もすべて係の人が手書きをして、変な台帳にそれを書き写して、それを見て人を派遣するという恐ろしく誤差やエラーが発生しやすい方法だ。

頼むからコンピュータとインターネットを使ってくれと思う。
100年前でも可能な方法をこの21世紀でも使ってほしくない。

革命とかイノベーションとか、つくづく無縁な国だと思う。

使用用途がなぜそんなに大事か分からないが、こちらの説明を訊いても、一向に聞く耳を持たず、仕方がないので出直すことにした。あいにくブエノスアイレスに着いたばかりで携帯電話にクレジットがなく、誰かに聞くことが出来なかったことが敗因だ。

やはり自分は甘かった。
この国は猿が考えたシステムを幼稚園児が運営している国だ。

そんな国では、不測の事態しか起こらない。

それに対して、現代の武器である携帯電話も持たず、また軽く散歩がてら行ってみるから痛い目を見るのだ。そんな心構えでは返り討ちに合うに決まっている。調べて調べて徹底的に調べて、さらにあらゆるコネを使って話を詰めて、それでも話が通るのが奇跡な国だ。

でも、住所証明書の使用用途なんて、たかだか知れている。少しは気を利かせて該当している部署の名前を書いてくれれば、それで一発だっただろう。しかし、幼稚園児には応用は効かない。

100年前に猿が考えたシステムを運用している人たちだ。そもそも、こんなアホな仕組みが現代に生き残っていることが奇跡だということに気づくことはない。

すべてを手書きで、台帳で管理している国だ。

日本は古くから外国から学び、発展と向上を旨としたきた。遣唐使などはいい例だろう。そんな殊勝な気持ちがアルゼンチン人にあるとは思えない。

政治や経済のことを嘆くのは簡単だが、このシステムの不効率さを是正し、無駄な労働力を削り、一人ひとりの労働効率を上げる・・・・・なんてことはこの国の人たちには無理に決まっている。

そうして自分の貴重な一日が費やされていく。
この国では働くことすらままならない。

たしかにそれでも嫌いではない。昨夜早速、ミロンガへと行き、タンゴを生バンドの演奏で聞いた。素晴らしい演奏だったし、二人のボーカルも情緒豊かに素晴らしい歌声でタンゴ音楽を歌い上げた。

キリギリスしか住んでいないのかもしれない。
アリはどこかへと逃げ出したのかもしれない。

でも、22世紀あたりはすべての労働は自由化され、人がそれ以外の付加価値で生きるしかなくなったら、この国はけっこうな価値が出るかもしれない。

まあ、そうでも思わないとなんとなく報われないのも事実だ。

そうして、毎日これから自分の幸せの閾値を下げて、どうしようもない徒労感を味わい、人生に対してとても肯定的な気持ちを抱くことになるだろう。

100年前に猿が考えたシステムを幼稚園児が運用している国がたぶんまだ世界中にたくさんある。そんなことを考えただけでも、まだまだ人類は向上の余地があるのは確かだ。

これからが楽しみだ。

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2013年11月23日 (土)

これからのこと:年下の友達について

以前、まだ日本に住んでいる頃に、仲の良い友達と連絡が取れなくなった。
「どうしたのかなー」と思っていると、10日ぶりくらいに連絡があった。

開口一番、「いやー、ちょっと留置場入っていて!すいません、連絡取れなくて!」とワイルドな情報が耳に飛び込んできたことがある。

っていうか、ワイルドすぎるだろ。

しかし、なんだか嬉しそうに「いやー、やっぱり留置場入ると、それまで自分のプロファイリングになかった面白い人たちがいてね」と楽しそうに留置場にいた面々のことを話してくれた。
(ちなみに、事件自体は酔っぱらいに絡まれた系の事件で、不起訴となりことなきを得た)

そう、年を取れば取るほど、自分のプロファイリングにない人たちとの出会いは貴重になる。結局、友達となるのは似たもの同士ということもあるし、友達と一緒に行動するようになると、新しい友達は出来づらくなる。

だからと言って、ブエノスアイレスやメキシコくんだりまで行く必要はないし、留置場に入る必要もない。
が、やはり異国には自分のプロファイリングにはない人たちが当然のように溢れている。もちろん、その多くはダメな方向で。

ただなかには素晴らしい人たちもたくさんいる。

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メキシコシティに到着して、すぐにアビマエルと出会うことがなかったら、この街にこんなに長居をすることはなかったかもしれない。彼と一緒にサルサ教室に通い始め、そして週末も一緒に外出をし、ほぼ毎日のように顔を合わせる仲になった。

正直、自分の全人生を通じて、これほどの頻度で会っている友人はそれほどいない。

二日後にはブエノスアイレスへと旅立つが、メキシコシティに帰ってきたら、また一緒に時間を共有出来ればと願っている。(まあ、アビマエルは11月30日にブエノスアイレスに遊びに来るのですが・・・・一緒に色々と周る予定です)

生まれた国も違うし、話す言葉もスペイン語だし、さらに世代も全然違う。共通するところを見つけるのが難しいくらいだが、なぜだか気が合い一緒にいて楽しい。

「ブエノスアイレスに行っている間、必要のないものがあれば預かるから」とさらっとこちらの状況を察した言葉を言えるのは、メキシコシティでは彼だけだ。そして、いつも食事をするときは割り勘なのに、自分だけいつも少しだけ多く払うという、紳士的な振る舞い。
(お会計の計算はいつも理系の彼にお任せです・・・・でも、その分いつもバーで自分が多く払うという役割分担をしています)

さらに言うと、高学歴、高収入(オラクル勤務)、車はジャガーに乗り、若干26歳とメキシコシティ中の女の子が結婚したいという高スペックを誇っている。

「今度はグーグルに転職しようかなと思っているんだよね」と転職話もなんだかスケールがでかい。

しかし、「みんな僕のことを真面目だと思っているんだけど、ほんとはもっと女の子と遊びたいんだけどね」と健康な26歳男子の側面も持ち合わせている。
(まあ、アビマエルのような好条件の男は、付き合ったらすぐ相手が結婚を迫ることは想像に難くない)

ただふと思ったが、こういう友情関係はきっと外国人とだから成立するのだろうと思う。日本で39歳の自分が26歳の若者と夜な夜な出かける姿は想像できない。話が噛みあうとも思えない。だが、異国の人間同士だとそれが成立し、いい刺激になる。
(当然、日本だと若者に奢ってあげる立場なわけで・・・・でもそれだと悲しいかな、友達にはなれない)

スペイン語や英語だと敬語などないし、人間関係は常に対等だ。
そういう関係がとても心地いい。

そのためだけでも、海外に暮らす意義は自分にあると思う。どこまでもフラットな関係だから、お互い気を許せるし、バカな冗談も言い合える。たぶん、きっとそういう経験をしたくて、海外生活を始めたのかもしれない。

来年、どこに住んでいるかも分からない身だが、築いた友人関係だけはこれからも大切にしていきたい。

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2013年11月22日 (金)

世界を変えていく唯一の方法:フィリピンへの寄付のご報告

ワンズワードはソーシャルビジネスを基本理念として、スタートした会社だ。
だから、最初の事業であるオンライン英会話スクールを運営するにあたって、その理念を反映させるのは当然のことだった。

「持続な可能な社会貢献」が一番大事なので、弊社に入会された会員様は「200円、500円、700円」とフィリピンのNGO団体に寄付を選択出来る仕組みを作った。
(もちろん、寄付しないという選択肢も当然のように設けた)

ちりも積もれば、山となる。
すでに4年近くで100万近くの寄付が集まった。そしてすべての寄付状況はウェブで確認出来るように可視化した。

フィリピンのNGO団体REAL LIFE FOUNDATIONへの寄付状況報告

それでも個人的には不十分と感じて、フィリピンのNGO団体のHPにも弊社からの寄付状況がきちんと反映出来るように依頼した。

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だいたいのNGO団体は怪しい。
寄付する団体を選択する際に、その手の本をたくさん読んでも、理念ばかりで金がどのように使われるかきちんと明記しているところはあまりなかった。唯一、感銘を受けたのだが「ルーム・トゥ・リード」だ。

ジョンの本を読んで感銘を受けて早速、日本支部に連絡を取り、あれよあれよという間に彼らのオフィシャルカメラマンの座を手に入れていた。

ジョン・ウッドとGACKTさんと滝川クリステル(並べてみると意味不明)
(当時、失業中だった滝川さんが今やオリンピック招致のおかげで、国民的なアイドルとは・・・・隔世の感だ)

ほとんどはボランティアの助けを借りて、団体の運営費は全体の寄付の15%に収め、教育こそ貧困を打破する唯一の道ということで途上国に図書館を建てるビジネスモデルは魅力的だった。

だが、ルーム・トゥ・リードは当時フィリピンに援助はしていなかったし、創業まもないワンズワードが組む相手としてはでかすぎたので、最終的には同じように教育を理念にあげている「REAL LIFE FOUNDATION」をパートーナーに選んだ。
(最終的な決め手は、マニラで代表者であるカナダ人のリンさんに実際に会い、「この人なら間違いない」と思ったからだ)

そうして4年が経ち、フィリピンのレイテ島付近は台風30号により壊滅的な被害を受けた。

リンさんの団体がなんらかの援助活動をするのであれば、彼らに寄付すべきかと思ったかが、彼らは自分たちが関係している団体を推薦してきた。

フィリピンに寄付しよう!:あなたの寄付が2倍になる方法

そうして会員さまに呼びかけ、合計93000ペソ(約21万円)の寄付が集まった。そうして約束通り、弊社からも同じ金額である93000ペソを寄付した。

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よく人は「金持ちになったら社会貢献したい」とか「100円、200円寄付したからといって意味はない、ただの偽善だ」という。

では、だったらいつになったらあなたは社会に貢献できるようになるのかと問いたい。

そして、毎月100円、200円でもそれを継続し、数が集まれば、人の人生を劇的に変えることが可能なのだと言いたい。

<あなたの学びを社会貢献に>

他国の悲劇を身近に感じることが、世界をより平和な場所にするためには必要だ。

そのためには英語を学び、世界を知り、世界中の様々な人と対話することは大切だ。

そして、その学習プロセスを通しても、自己中心的にならずに、スカイプを通じてフィリピンと繋がったことで、彼らの悲劇に対して親身になってくださった多くの方々に感謝をしている。

自分の幸福を犠牲にしてまで社会に貢献する必要もない。だが、自分の生活が幸せであるのであれば、「そのおすそ分け」をすることはとても大切なことだと思う。

ついでにいうと、1円、2円安い製品やサービスを血眼あげて探すのではなく、「この会社はどのような形で社会貢献をしているのか」という観点から消費していくと、世の中は少しづつ良くなる。

それがムハマド・ユヌスさんが掲げるソーシャルビジネスの基本理念だ。

ノーベル賞受賞者のユヌスさんの講演

世界は自分たちで変えていく。
それを心に深く刻みながら、ささやかながらも世界に貢献していきたい。

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2013年11月18日 (月)

ブエノスアイレスへと:自由を手に入れるということ

今週の日曜日、ブエノスアイレスへと発つ。
なんだろう、このブルーな気持ち。

「ブエノスアイレスのこと、好きか、嫌いか?」の二択で質問されたら、全精力を振り絞って、「好き」とはなんとか答えるだろう。

国や自分の人生がうまくいかなければ、すべてを政治のせいにする幼稚な人々が住む国、我が心の故郷、アルゼンチン。

最初は彼らのことを「ただのバカ」と思っていたが、最近はもう少し穏やかな気持ちになり、「ただの幼稚園児」と思えるようになってきた。

幼稚園児相手に、大人が本気で相手をしても仕方がない。

こんなことがあったり。

職人のいない国:アルゼンチン

あんなことがあったり。

飽きない国アルゼンチン:地球の裏側より愛を込めて

本当に幼稚園児に囲まれて生活すると、大人は毎日飽きません。でも、死ぬほど疲れるけどね。
あとけっこう絶望的だと思える光景は、世界を代表するファーストフード、マクドナルドに行く時です。

人件費は安いからか、注文するために並ぶと、カウンター越しには10人くらいのアルゼンチン人がたむろっているわけです。でもそのうちの8人くらいはスマホや楽しげな会話に興じて、じつに楽しそう。

そうそう、よくおもちゃや自分たち同士でわいわい騒いでいる幼稚園で見る光景です。

でもね、カウンターのこっちがわはもう長蛇の列。
一向に進まない、悲しいほどに絶望的に進まない。

ファーストフードなのに、死ぬほど待たせられるので、なぜかスローフードという悲しい笑い話になるくらい。

彼らは幼稚園児のくせして、政治や経済の話をよくしたがるのですが、口動かす前に、体動かせと心底思う。あんたらが文句言ったところで変わらないものは変わらないのだから、変えられるものから変えろと思う。

でも、確かに嫌いではない。
日本全国どこへ行っても、画一的なサービスを受けられてしまうので、むしろそっちのほうが怖いと思う。

人間って、自由にさせると、ほんとうにろくでもない生き物だと心から思う国、それがアルゼンチン。幼稚園児がみな幸せのように、アルゼンチン人も幸福指数はやたらと高い。だって、幼稚園児だからね。

ブエノスアイレス滞在が2年目の終わりを迎える頃、「どうしてブエノスアイレスに来たの?」という質問には「忍耐力を学びに」と自然と答えるようになった。

アルゼンチンの入国目的に、観光とかそういう軽率なことを書かずに、「忍耐力」と書こうかと真剣に考えている。ただひとつ言えることは、ブエノスアイレスに2年住んだからこそ、メキシコシティでの生活がとても楽しいものなったということだ。

これがいきなりメキシコシティに来ていたら、メキシコシティ以下の生活に落とすことが出来ないので、今後、住む国を選ぶ基準が随分と違っていただろう。最初にアルゼンチンという国を選んだこそ、本当にタフになり、そして自由になった。

人はなにかひとつ苦労をすれば、またひとつ自由になれる。

そして、たぶんブエノスアイレスに行ったら行ったで、その生活をまた楽しむことができるだろう。それがそうして手に入れた自由というやつだ。

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2013年11月17日 (日)

21世紀の英会話:世紀を経ても変わることがない語学上達の秘訣

高城剛氏のメルマガも読み始めて、もう1年半ぐらいになるだろうか。
毎週、彼のメルマガが届くと、「ああ、もう金曜日か」と思うようになり、一週間という時間はあっという間に過ぎるなとつくづく思う。

そんな彼が英語について書いたというわけなので、買わずにはいられない。
でも、英語、それに語学という分野においては、自分のほうがよほど造詣が深い。

当然のように自分はオンライン英会話スクールについてはもちろん、フィリピン留学、それに韓国の英語事情に関しても精通している。この本のターゲットはおそらく、オンライン英会話スクールなども訊いたこともない人々たちなのかもしれない。
(あるいはオンライン英会話スクール、フィリピン留学は訊いたことがあるけど、なんとなく不安に思っている層か・・・・でも、そんな人たちは多分、高城剛のことなんて「沢尻エリカの元夫」という最悪のイメージしかないので、この本は買わないのかもしれない)

じゃあ、誰が買うのだろうとは思う。

もしかしたら、うちの姉のような人かもしれない。

うちの姉は「パリの首都って、ロンドンだよね?」という後世に残る名言を残した偉大な人物だ。

一言で言えば、大ざっぱな人なのだ。だから、英語についての情報がある程度、体系化しているこの本に興味を示すかもしれない。
(それでも著者の名前はひた隠しにするか、黒く塗りつぶして本を渡す必要がある。高城剛氏の名前には悪いイメージを抱く人が多すぎるから)

高城剛のハイパーなシングルライフ【1】
(これを読むと、かなりやばい人というのが分かる・・・・逆に引くかもだけど)

時々、メルマガを読んでいると、「ワタシ、女高城剛になりたいんです!」とか言っている人がいて、すげえ引く。ロールモデルとしての高城剛氏は、「夢はみうらじゅんやリリー・フランキーさんのようになることです!」と言っている高校生のようにダメ過ぎる。

あの人たち、たまたまだから。
もちろん、才能もあるし努力もしているけど、ほんとたまたまだと思う。
(でも、個人的には素敵な人たちだと思っている)

ついでにいうと、「〇〇のようになりたい!」とか言っているようでは、人生初心者レベルだ。自分の道を自分で切り開くことに人生の意義がある。当たり前だけど。

で、21世紀の英会話だ。
結論からいうと、フィリピン留学する暇がない人は、オンライン英会話スクールで勉強すればいいのではないかと思う。(何度も言っているけど)

そして、当然、先生選びが一番重要だ。
すべての問題は、効率の問題だからだ。

ダメな先生に10時間英語を習うよりは、優秀な先生に1時間マンツーマンレッスンを受けるほうが、英語の上達は早い。適度な負荷と、やる気を引き起こす先生は何ものにも代えがたい。

だから、みんな、ワンズワードオンラインで英語を勉強すればいい。
つまりそういうことだ。

なんで、うちはもっと生徒が増えないのだろうかとメキシコシティの夜空を見上げながら、時々思う。

みんな、情弱なのだろうか・・・・そんなことはないだろう。原因を他者に求めるのは簡単なことだ。

ああ、21世紀の英会話の話だった。

スコットランドの首都エディンバラに毎日英語を勉強すること2年、さらにブエノスアイレスで毎日スペイン語を勉強すること2年、ひとつ言えることは世紀が変わろうがテクノロジーが発展しようが、語学をマスターする秘訣は、覚悟だ。

雨の日も風の日も毎日こつこつと、徹底的に語学を勉強する覚悟が必要だ。それがなければ、フィリピンに行こうが、オンライン英会話をやろうがいつまでたっても英語を話せることはないだろう。

それが古今東西、変わることがない語学をマスターする秘訣ではないだろうか。

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2013年11月15日 (金)

フィリピンに寄付しよう!:あなたの寄付が2倍になる方法

フィリピンの台風30号は甚大な被害を及ぼし、各地に壊滅的な影響を及ぼしている。

フィリピン台風で「100%壊滅」、太平洋岸の楽園にも甚大被害

赤十字などに寄付する方法もあるが、弊社が創業以来ずっと寄付している「Real LIfe Foundation」が信頼を置く「Operation Blessing Philippines」に寄付することにした。

If you would like to help the victims of Super Typhoon Yolanda, pls consider donating Operation Blessing Philippines. This is a very reliable, local non-profit which is providing on the ground emergency medical care to the victims in the hardest hit areas of the Visayas.
(すでに担当者は現地入りしており、被害状況をある程度把握しているので迅速な救援活動が可能です)

彼らがそういうのであれば、まず間違いない団体だ。
(日本でもそうだが、NPO団体というのは得てして、怪しい。フィリピンなら、なおさらだ)

彼らのHPからクレジットカードを使えば、すぐに寄付出来るので、寄付方法を詳しく説明したい。

1.こちらのページにアクセス。

2.「Give via credit card 」をクリック。

3.毎月寄付するか、今回のみ寄付するか選択できるので、下記画像のように二番目の選択肢である、今回のみを選択する。(もちろん、毎月寄付したい場合は、毎月寄付するを選択してください)

Screen_shot_20131115_at_41055_am

4.住所などの情報を記入後、クレジットカードの支払いのページに切り替わる。

Screen_shot_20131115_at_41243_am

上記画像の任意のクレジットカードを選択すると、カード情報記入の画面になる。
(これはAsia PayというアジアのPAYPALのような仕組みで、このNPO団体に直接クレジットカード情報が渡ることなく、金銭の受け渡しができます。安心です)

5.あとは確認にして、「Confirm」ボタンを押せば完了です。

6.寄付していただきましたら、「support@onesword-online.com」宛にお名前と寄付額をお知らせください。弊社からこのNPO団体に連絡して、今回の寄付は台風の被害にあった方々に使ってもらうよう要請します。

7.また皆様に寄付していただきました同額のお金を、株式会社ワンズワードが同団体に寄付します。たとえ500ペソ(1000円程度)の寄付でも、弊社も500ペソ寄付しますので、お知らせいただければ合計1000ペソ(2000円程度)の寄付となります。

ですので、寄付後、必ずお知らせください。
ある意味、一石二鳥です。この機会をお見逃しなく!

寄付は今週の日曜日、11月17日までにお願いします。皆様の協力、よろしくお願いいたします。

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2013年11月13日 (水)

グローバルマッチョ!フランス人女子、ノエミについて

なにかがおかしいと思っていた。

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フランス人女子、ノエミのことだ。
現在、メキシコシティのフランス大使館でインターンとして勤務しているが、彼女はまだ21歳。

だが、政治学と経済学の2つの学位を持っており、フランス語、スペイン語、ドイツ語、英語、ロシア語の5カ国語を操ることが出来る。
(来年1年はイタリアの大学に留学する必要があるとのことなので、イタリア語もマスターするだろう。その次はポーランドのフランス大使館でインターン勤務を予定しているので、ポーランド語も話せるようになるだろうから合計七カ国語だ)

今、ちまたではグローバルマッチョというものが、話題になっている。

アンチグローバルマッチョ宣言

いやー、いたわ。
こんな身近に見事に該当する人物が。

実際、マッキンゼーに就職希望しているらしく、現在連絡を取り合っているとのことだ。
(あとは経済協力開発機構 (OECD)も就職先として考えるらしい。なんかスケールが違う)

出身大学はパリ政治学院というヨーロッパを代表するバリバリのエリート大学だ。

フランス語では、シアンスポというらしい。
もう自分なんか「〇〇・ポ」と訊いたら、「サモ・ハン・キンポー」しか思い浮かばないですしね、世代的に。

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メキシコシティに彼女がやってきたのは4ヶ月前で、そのときまだ20歳。
しかし、メキシコシティのフランス大使館が彼女の勤務先だ。
(フランスの法律ではインターンでもきちんと報酬は支払われる)

日本の20歳の若者が、嬉々としながら マクドナルドやドトールでバイトしている年齢だ。
フランスでは小学校以上は飛び級できるらしく、彼女は飛び級に飛び級を重ねて、現在のポジションをゲットしたのだろう。

こんな才女なのに、愛嬌抜群なので、メキシコシティ中の男子が彼女に夢中になっている。
LinkedIn(リンクトイン)に載せる写真がないからという理由で写真を撮ったのだが、FACEBOOKのプロフィール写真もこれに変更したら、160も「いいね!」が付きましたからね。どこのセレブかと・・・・・

メキシコシティ近郊の都市に住む彼氏がいるから、そのためにメキシコのフランス大使館に勤務希望を出したらしいのだが、そんなことはお構いなしにメキシコ人男子は彼女に果敢にアタックし、玉砕していく。

スペック的にいうと、軽自動車が高速道路を走るスーパーカーに果敢にアタックして玉砕するのに等しい。

そんな彼女を散々からかい、「どうせなら、2,3人彼氏作ればいいじゃん」とろくでもないアドバイスしていました。

しかし、日本では英語を習うの必死なのに、世界にはすでに20歳で5ヶ国語を操り、将来のことをきちんと考えているエリートがいるわけだ。たしかに日本人がこんなエリートと争うのはそもそも分が悪い。

彼女たちと同じ立場に立とうという発想がそもそも間違っているわけで、むしろ彼女のような人たちを使って、日本にしかないものやコンテンツをグローバル市場に向けて売り出す立場に立つほうが優位だと思う。

ただ、確かに世界では「英語が出来る」ことはすでに当たり前であり、それになんらかのプラスアルファがないと戦ってはいけないということだろう。
(でも、だからといってそれを強要するのはお門違いだし、日本にいる限り、日本語だけで生きていけるのだから、それで幸せであればそれに越したことはない)

個人的には10年後、ノエミがどのような人になっているのか楽しみだ。
一緒に通っているサルサ教室でいつも一緒に踊っているので、「ユウキがいなくなったら、私誰と踊ればいいのかしら」と言っていた。

マッキンゼーに勤めたらサルサどころではないだろうが、自分がブエノスアイレスへと経ったあとでも、またいつか一緒にサルサを踊りたいものだ。

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2013年11月12日 (火)

フィリピンの台風の被害から、世界を思う。

フィリピンに今年最大の台風が直撃し、フィリピン全土に被害を及ぼしている。

Philippines typhoon’s apocalyptic scale overwhelms rescuers after Haiyan kills 10,000

Philippines_typhoon4

被害が最も大きかったレイテ島では、死者1万人以上にも上る可能性が高い。
毎年のように台風の被害に悩まされているフィリピンだが、今年は台風が来ても、予報や周知が徹底しており、それほどの被害はあまりなかった。しかし、今回は規模が大きすぎた。

ワンズワードの先生のほとんどはマニラ市、および近郊に住んでいるのでそれほどの被害は出なかったが、やはり電気が不通になったりインターネットが繋がらなくなったりと多少の被害はあった。
(レッスンをご予約された会員さまには、ご迷惑おかけして大変申し訳ございませんでした。)

オンライン英会話スクールの多くはセブ島にあるので、多くのスクールが休校となったようだ。
(特にセブ島北部は被害が甚大だったらしい)

日本でオンライン英会話スクールを通じて英語を習っている方々にとっては、「せっかくレッスンを予約したのに、全く迷惑極まりない」という事態なのかもしれない。

ただ先生たちにも多くの家族、親戚があり、そのなかには今回の台風で亡くなった方もいると思う。オンライン英会話スクールは、「ただ英語を教え習う場所」ではなく、スカイプというツールを通して、世界へと通じる場所だ。

たしかに多くのオンライン英会話スクールがレッスンを実施出来ずに、そのことに関してはオンライン英会話スクールの経営者として、重い責任を感じている。

しかし、このような悲劇を通して、他国の人への思いやりと、自分たちの世界から想像も出来ない世界があることも理解してもらえればと思う。

311では世界中から日本へと支援が集まったように、今回の台風では世界からフィリピンへと続々と支援が届いている。

きっとオンライン英会話スクールを始める前は、フィリピンは近くて遠い国だったと思う。フィリピンについて知っていることなんて限られていただろう。でも、今は違うはずだ。

英語というツールを身につけて世界を旅すれば、世界はもっと近く、親しみ深いものになる。世界になんらかの悲劇があれば、実際に会ったその国の人たちが思い浮かぶ。

きっとそういう経験を通じて世界はもっと平和になり、豊かになる。

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2013年11月10日 (日)

メキシコシティで古代文明を想う

ブエノスアイレスで世界一周航空券を、世界最安値(?)で購入して世界一周をスタートしたわけだ。

世界一周航空券の世界一安い購入方法:ブエノスアイレス発

まずはヨーロッパへと飛び、1ヶ月近く旅したのち、日本へと飛び、フィリピンなどを回ってから、カナダのバンクーバー、それにアメリカに滞在して、ここメキシコシティへとやってきた。数日でメキシコシティを去り、グアテマラを目指して陸路で南下する予定だったが、すでにメキシコシティには4ヶ月近く滞在している。

うっかり滞在が延びてしまった。

ただ基本、近所のスターバックスで仕事をして、家で料理をし、夜はサルサ教室などに行くという生活サイクルだったので、観光はほとんどしたことがなかった。

メキシコシティにはスペイン語で「Centro Historico(歴史地区)」と呼ばれる地区があるというは風の便りで訊いていた。だが場所もよく分からず、なんとなく自分の住んでいるところからは遠いのだろうなと思っていた。

ちょうどメキシコ人の友人から「el Festival Internacional de las Luces(意訳:国際イリュミネーション・フェスティバル)」が歴史地区で開催されているから行こうと誘われて、行ってみることにした。

まず、何より驚愕したのは、自分のアパートから徒歩20分程度で行けるところだったという事実だ。近い。なぜ今まで行かなかったのか疑問だ。

Luces1

宮殿にイメージをプロジェクターで投影しているイリュミネーションだ。少々、残念な感じではある。

Luces2

Luces4

歴史地区にある「Plaza de Bellas Artes(ベジャス・アルテス宮殿)」近くで開催されているのだが、かなりの大規模なもので全部を見て回るのは、1日では無理だろう。(ちなみに今週、日曜日まで開催とのことです)

普段の自分の生活圏とは全く違う場所では、正直新鮮ではあった。歴史地区と呼ばれるだけだけあって、スペイン植民地時代に建てられた建物は確かに見応えがある。

Luces3
(ベジャス・アルテス宮殿近くにある由緒正しき郵便局は、正直、フェスティバルよりも見応えがあった)

13世紀末にアステカ人が神託に従ってメキシコシティにやってきて、湖を埋め立てて、見事な水の都を築いた。しかし、16世紀にやってきたスペイン人がそのすべてを破壊して、自分の国の建造物をその上に築きあげたのがこの歴史地区の建造物だ。

そこが元々、何もなかったところから一からヨーロッパ風の建築物を築いたブエノスアイレスとの大きな違いかもしれない。

スペイン人がアステカ文明を尊重して、そのまま建造物を残していたら、この街はどのような姿を見せたのか個人的にはとても興味がある。でも、子供の頃になんとなく聞きかじった古代文明が自分の家から徒歩20分のところに埋まっているというのはどこか不思議な感覚だ。

たくさんのことを見ることは可能だが、それを理解するのはとてもつもなく膨大な時間を費やさないといけないのだろう。そんなことを思いつつ、スペイン人が築き上げた建造物を見ながら、その下に埋まっているアステカ文明とはどういった文明だったのだろうかとふと思った。

ブエノスアイレスでスペイン語の勉強をしながら、スペイン語を通じてアルゼンチンの歴史を勉強したように、メキシコのことももっと知る必要があるのかもしれない。

そんなことを思った一日だった。

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2013年11月 8日 (金)

鼻毛とメキシコ

今、とある案件で各国のベンダーさんと交渉している。
正直、かなり切羽詰まった状態だ。

日本、インド、アメリカ、それにもちろんここメキシコシティのベンダーさんとも交渉している。メキシコシティ以外はメールとスカイプで交渉しているわけだが、メキシコシティは当然ミーティングの場を設けて直接会っている。
(「起業家マインドに触れる:メキシコシティにて」で紹介したエリックがエンジニアを紹介してくれた。)

メキシコで一番オシャレな地区、コンデサ地区のこれまたオシャレなコーワーキングオフィスで先日、とあるメキシコ人エンジニアと会った。

当然、パソコンを相手に見せながら説明しないといけないので、そのエンジニアが隣に座り、スペイン語であれこれと自分が説明して、今回の案件の概要を伝える。

で、そのときにやつが・・・・・
いや、もうかなりの大物が・・・・・

鼻毛。

豪快に出ているわけです、ほんとうに嫌になるほどに。

もうこっちは状況も状況なのでテンパっているのに、鼻毛。
やつはその鼻毛を豪快に出しながら、話を聞いているわけで。

なんか腹立ってくるわけですよ、ほんと。

そのあともメールのやりとりとかしていますが、なんか少しでも問題があると「やっぱり、鼻毛が出ているから」と論理的な帰結をして、すべては「鼻毛のせい」と自分の頭のなかで自己処理しますからね。

あの女子ワールドカップで日本を優勝させた佐々木監督の奥さんは「どんなに仕事ができる人でも鼻毛ひとつ出ているだけで女性社員の信頼と尊敬は減ってしまう」と佐々木監督にアドバイスして、毎日鼻毛を処理して、女子たちの尊敬を勝ち取り、見事優勝したわけです。

いわば、鼻毛の勝利です。

Screen_shot_20131108_at_21445_am

ちなみに佐々木監督でグーグル検索すると、すぐ「鼻毛カッター」が出てきます。佐々木監督とはまさに切っても切れない関係なわけで。

女子だけではなくアラフォー男子の尊敬からの鼻毛ひとつで、どん底まで落ちますからね。週4回ぐらい会っている出来るメキシコ人ビジネスマンのアビマエルの鼻毛なんか見たことないし。

やっぱり出来る人は毎日鼻毛の処理をしているわけです。
(ちなみにデパート勤務だったうちの父親も毎日鼻毛処理していました・・・・・)

でも、エリックの紹介なので無下に断るわけもいかず、今日もこれからその鼻毛の人とミーティングです。最終的に見積もりが出てから、「価格が合わない」と言って断るつもりですが・・・・・まさか、「鼻毛のせい」とは言えないし。

いやー、まじ自分も気をつけようと思った一件でした。

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(一応、これでも世界一周中です。スカイプとメールを駆使していますが、ほんと実際に人と会うのは重要なだな・・・・応援よろしくです)

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2013年11月 6日 (水)

死者を思い、未来を思う:オアハカにて

この日はオアハカ最大のイベントである「アビマエル家への訪問」の日だ。
アビマエルとは昼の2時にオアハカの中心にあるサント・ドミンゴ教会で待ち合わせをして、一緒に彼の家へと行く約束だった。

アビマエルはメキシコ人には珍しく時間にきっちりの人間なので、2時前には到着して、彼の到着を待った。案の定、2時少し前にアビマエルは現れ、一緒にカフェへと入ってしばらく色々と話して、彼の家へとバスに乗って向かった。

Day3_abimael

オアハカでは死者の日は家の玄関を開け放ち、死者と親戚などのゲストを迎えるという。だから彼の家だけではなく、周囲の家もドアを開けていた。

Day3_abimael2

アビマエルのお母さん、それに二人の姉と写真を撮った。彼にはほかにも二人の兄がおり、彼が一番下の5人兄弟だ。

Abimael01

お姉さんの子供は妊娠6ヶ月で未熟児として生まれて、生まれたときは1キロぐらいしか体重がなかったそうだ。だからしきりに、「何を食べて、そんなに大きくなったのか?」とお姉さんから訊かれた。仕方がないので、「牛乳」と答えておいた。

Abimael02

メスカルが振る舞われ、お母さんのおいしいオアハカ郷土料理を食べているうちに、続々と親戚やほかの兄弟が集まり、20人程度の集まりとなった。スペイン語が話せる日本人が珍しいのか、ひたすら日本について訊かれたが、その多くは中国と混同しているものだった。

「日本では、子供はひとりまでしか持てないのでしょ?」とアビマエルの姉が訊くと、博識のアビマエルが「それは中国だよ。日本では反対に出生率が下がって社会問題になっているんだ」と言ってくれた。

それでお母さんが、「日本人は子供が欲しくないの?」と自分に訊いてきたので、「日本人はセックスしたくないんだよ」と答えると一同大爆笑となった。(特にお母さんが大爆笑・・・・・)

そんな他愛もない話をしてアビマエルの家をあとにした。
こんなに暖かい家庭に育ったから、今のアビマエルがいるのだと思った次第だ。

夜は宮崎県人二人、それにオアハカで偶然会ったメキシコ人女性ユリとその友人ペルー人のリリアナと合流した。

Day3_muetos1

死者の日のオアハカでは夜な夜な仮装した人たちが練り歩き、いたるところで嬌声が上がる。だが、アビマエルのように地元の人にとってみれば、死者の日は「家族と一緒に死者を迎い入れ、彼らと共に静かに時を過ごす日」なのだろう。日本ではお盆がそれにあたるが、メキシコの死者の日はまだまだ伝統として残っており、これからも引き継がれていくのだろう。

Day3_miyazaki

そんな神聖な気持ちなど無縁な宮崎県人二人はすっかり彼女たちと盛り上がっていた。宮崎県人って変わった人が多いなと思っていたが、ふと思い出したら東村アキコの出身地だった。

実父をモデルとした描かれた父・健一の驚愕のエピソードはすべて実話という。宮崎県人・・・・奥が深い。

オアハカ郊外に住んでいる友人の家に居候している彼女たちは遅くなる前に帰り、残された男3人、ずいぶんと遅くまで飲んだ。20代、30代前半までは人はある程度、自由に生きることはできるが、それ以降は社会的な責任やしがらみが増えて、とても難しくなってくる。

だから彼らには「10年後、宮崎で飲もう」と約束した。
今、彼らが自由に世界一周している同じだけの自由を彼らが10年後も所有していて欲しいと思う。そういう多様な社会になってこそ、人が旅に出る意義があるというものだ。

間違っても「おれが若い頃はな、世界一周をして、うんたらかんたら」と語る大人にはなって欲しくはない。現在進行形で語れる人生こそが、意義のある人生というものだ。過去は過去にしか存在しないし、未来は未来にしか存在しない。語る価値があるのは今だけだ。

10年後、今を語れる立派な大人にお互いがなっていればいいと思う。

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2013年11月 4日 (月)

死者の日:死を祝う文化について:オアハカにて

先週の日曜日の午後、メキシコ人の友人アビマエルから連絡があり、「時間があるなら、今から会おうよ。オアハカのことを色々と説明するから」とのことだったので、黄昏時のメキシコシティで男二人、バーで落ち合った。

会った早々、おもむろにアビマエルは愛用のMacBookAirを取り出して、やおら説明を始める。

「ここが実家だよ」
「で、うちはオアハカの中心地からバスでだいたい40分かかるから」

以上、終了。

アビマエルから事前にオアハカについて得た情報は上記がすべてだった(実話です)
仕方がないのでネットで色々と調べ、また自分よりも一日前にオアハカ入りしている金丸文武くんによると、「オアハカ近郊の村の墓がアツい!」という情報を得た。

そこでネットで検索すると、「ホホ村」という場所があり死者の日にはそこで盛大に祝うとのことだった。すでに10月31日にすでにホホ村を訪れている金丸くんには気の毒だったが、翌日の11月1日にも彼を引き連れて行ってみた。(ちなみに10月31日の夜は、地元の人がメスカルなどを持込み、音楽が奏でられ、盛大なパーティーのような状態とのことです。翌日行っても、がらんとしていました)

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人はいなかったが、飾り付けがとても綺麗だった。

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死は誰にとっても悲劇だが、実際は当事者よりも周りの人にとってより深刻な悲劇だ。
残されたものたちの悲しみはとてもつもなく深いと思う。

だけど、このように毎年死んでいったものたちを思い出し、彼らのことを思いながら騒ぐ習慣があるのは素晴らしい。日本にもお盆はあるが、メキシコの死者の日はもっと陽気で賑やかだ。

いずれ誰にも死は訪れる。
でも、自分の死後、こんなに陽気に祝ってもらえるのであれば、別に死に対してそれほどの畏怖の念を感じなくなるかもしれない。

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2013年11月 3日 (日)

死者の日に向けて:オアハカにて

最初に「オアハカ(スペイン語読みだと「オハカ」)」を意識したのは、メキシコシティに着いてすぐだった。メキシコシティで初めて出来た友人アビマエルが「オアハカ出身」と聞いて、街の説明を聞いて少し興味を持った。

出会うメキシコ人みんなが口を揃えて、「オアハカはいい」というので行ってみたくなった。それに一応、これでも未だに世界一周の身だ。メキシコに着いて三ヶ月も経ったが、メキシコシティが居心地が良すぎて、まだほかの街に行っていない。

それにメキシコで有名な「死者の日」に合わせてアビマエルも実家のオアハカに帰るというので、それに合わせてオアハカに行くことにした。

Dia de los Muertos from Whoo Kazoo on Vimeo.

(死者の日のコンセプトが分かりやすく表現されたメキシコのアニメです。アカデミー賞も受賞しています)

ただオアハカ出身のアビマエルに言わせると、「オアハカの死者の日なんて、別にたいしたことないよ。それよりももっと有名なのはミチョアカンというところだよ」とのことだ。ただ複数のメキシコ人にミチョアカンのことを訊くと、「あそこは今、麻薬戦争に巻き込まれていて行くのは辞めたほういい」とのことだった。

死者の日のために行って、自分がその列に加わることはなるべく避けたいので、そのアドバイスに従い治安がいいと言われているオアハカに行くことにした。

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Day1_muertos

メキシコシティからバスに乗って6時間、ホテルに着いて荷物を置いて街を出ると、もうすでにお祭り騒ぎだった。これのどこが大したことないのだろうか?十分見るに値する。

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しばらく歩くと、子供二人が仮装しているのに出会った。死神役の子が「おまえ、写真取るなら、そこにお金置いていけ!」と演技中にも関わらず目配せするので、お金を置いてあげて写真を撮った。

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街並みとこの子の衣装がうまく同化しているなと思い、彼女にもお金を置いて写真を撮った。街中には仮装した子どもたちが溢れているので、メキシコ人たちの親ばかぶりがこちらにも伝わってくる。彼らがすくすくと成長して、大人になる頃にはこの国が先進国の仲間入りをしているかもしれない。

そうなればいいなとふと思った。

街を徘徊して30分過ぎた頃に、「ユウキ!」と自分の名前を呼ぶ声がした。「信じられない!」と言った声が続き、振り返ると以前カウチサーフィンのパーティーで知り合ったメキシコ人女性がいた。ペルー人の友人とともにオアハカに来ているとのことだ。

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これも何かの縁だと思い、オアハカ名産のメスカルというアルコール純度45度の強いお酒を一杯のみ、それから一緒に街を回った。(真ん中の女性がペルー人のリリアンです。そしてメキシコ人のユリです。ペルー人と日本人は繋がりが深いと思わせる一枚かと。別に彼女が日本人と言われても不自然ではない気がする)

Day1_muetos3

サント・ドミンゴ教会の前では劇とダンスが繰り広げられており、それを三人でぼーと見てから帰路に着いた。彼女たちは翌日はオアハカ近郊を周るツアーに参加するとのことで、それに便乗することにした。(ちなみに宮崎県人二人もオアハカ入りをしており、偶然二人ともすれ違った)

やはり旅はいいものだと思う。
たまには知らない土地に出かけて、その土地の空気に浸ると色々と発見がある。

メキシコ滞在はあと一ヶ月もないが、メキシコシティ以外の土地にも色々と行ってみたいと思わせてくれる一日だった。

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