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2013年2月

2013年2月28日 (木)

優秀な先生の資質について:ブエノスアイレスのアルゼンチンタンゴ

誰にでも苦手なもののひとつはふたつある。
当たり前の話だ。

だが、例えば好き好んで何かを習う場合、わざわざ自分が苦手な分野に手を出すアホがいるだろうか?今まで真剣に自分から進んで習ったことは、英語、スペイン語、それに今取り組んでいるポルトガル語、また30歳過ぎて始めたテニスだけだ。

どれも得意な分野だし、人よりも多少は上達が早いと自負してもいる。

じつは、ここブエノスアイレスに来てから手を出したことがもうひとつある。それはタンゴだ。「アルゼンチンにせっかく来たのだから、ここはひとつタンゴでも習おうか」と安易な気持ちで始めたのだった。

しかし、これが難しい。

時々、タンゴのことをものすごく誤解している人たちがいるが、タンゴは男性にとってのほうが女性にとってよりも数倍難しい。なぜなら、男性が女性をリードして、すべてのステップを体を使って指示し、なおかつリズムに合わせて、タンゴの曲を踊るのだ。分かりやすく箇条書きにするとこうなる。

1.リズムに合わせる
2.ステップを踏む。
3.自分のステップを踏みながら、女性も同じステップをするように体を使ってリードする
4.曲に合わせて、緩急交えながら踊る

この4つのことを男性は同時になおかつ当然のようにリズムに合わせて行う必要がある。

だから、男性にとっては敷居が高過ぎる踊りと言える。相当な音楽的才能の持ち主か、努力を怠らない人しかまともにタンゴを踊れるようにはならないのだ。

ちなみにタンゴを踊る際に致命的な欠陥として、自分はリズム感がなかった。だから、タンゴを始めたころは何がなんだかさっぱり分からず、とても苦労した。それを救ってくれたのが、ステラ先生だ。


Stella Barba-Victor Romero Tango por tanguito94
(ちなみにこれは20年前くらいの映像で、さらに現在20キロぐらい体重が加算されています。でも動きのキレは未だ抜群です。またタンゴの踊りは基本は即興で振り付けなしです。もちろん、ショーなどは別ですが)

彼女のプライベートレッスンを取り始めた半年間は、ほぼ毎回リズム感を養う練習に割かれ、「これでもか!」というほどリズムに合わせて体を動かす練習をした。正直、「辞めようか」と思ったことも一度や二度ではない。むしろ毎週行くタンゴ・レッスンがあまりに苦痛で、辞めるタイミングを図っていたといっても過言ではない。

それでも続けてこれたのは彼女が毎回熱心に教えてくれ、励ましてくれたことが一番大きい。それがなかったら、今まで続けてこれなかっただろう。最近になってミロンガという男女が集まってタンゴを踊る場所に行くようになったが、踊った女性から「リズム感がいい」とほめられるようになった・・・・すべてはステラ先生の賜物なのだが。

このような経験を踏まえて思うのだが、やはり先生次第だなとつくづく思う。ほかの多くの先生に習ったが、そこまで熱心に教えてくれる人もいなかったし、多くは観光客目当ての金稼ぎで、たいしたプロ根性もない。

ちなみにステラ先生はタンゴ界では知る人ぞ知る人で、「タンゴ界の生き字引」と言われている。このあいだ彼女が主催しているグループレッスンに行ったのだが、タンゴの雑誌をちらちら見ていると、そこに一面広告を出している有名なタンゴの先生を指さし「この子は私が教えたのよ。今ではすっかり偉くなったようだけど、まだたった5年しかタンゴを踊ってないのよ」と言っていた。

ステラ先生のタンゴ歴はおそらく30年以上なので、そんな人から見ると、まあどんなエライ先生でもそうなるわなと思った。踊りが上手い先生はいくらでもブエノスアイレスにいると思うが、「タンゴを教えるのが上手い先生」は少ない。

例えば英語のネイティブ・スピーカーでも「英語を教えるのが上手い先生」が少ないように、何かを教えるというのは高度なスキルが要求されるのだ。

苦手なことでも、優秀な先生に師事し、自分でも努力を怠らなければ、報われる日はいつかは来るのだなと思う。ステラ先生から見れば、まだまだ初心者なので、いつか彼女が驚くぐらいのステップを踏めるようにしばらくは彼女のレッスンを取り続けるつもりだ。

※ステラ先生は毎週土曜日夕方5時から、ここでグループレッスン教えていますので、ブエノスアイレスくんだりまで来た際はぜひお立ち寄りください。

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2013年2月23日 (土)

とりあえず、英語だけはやっておけ!

別に自分がオンライン英会話スクールを運営しているからというわけではないが、とりあえずは英語はやっておけと強く思う。

本当に必要がない人まではやる必要がないが、今後海外で仕事をしたかったり、旅に出たかったり、英語圏以外に行く予定でも、やはり英語は必要だ。

ここブエノスアイレスも日常生活はすべてスペイン語だけで行われるが、最悪英語だけでも生活することは可能だ。もちろん、著しく不利な立場になるが、日本語だけしか出来ないと生活すら出来ないのに比べると、圧倒的に有利ではある。

そして、英語だけ出来ても今後通用しなくなることも事実だ。それ以外の専門的なスキルがないと海外では生き残っていけないだろう。語学で言えば、英語は当然として、現地のローカルな言語をプラスアルファで身に付けないと、仕事すらつけない時代になってくると思う。

逆に言うと、100%正しい英語を身に着けるよりは、80%程度お互い理解出来るようになる英語力プラスにローカルな言語の組み合わせのほうが、より強い立場に立てる。

それに残念なことに英語がどれだけ出来ても、「当たり前のスキル」過ぎて、別に評価はされない。むしろ、片言でも現地の言葉を話せたほうがより評価は高くなる。(アジアではまだ英語はそれなりのスキルとして評価されているかもしれないが、それも今後はシフトしていくと思う)

例えば、インドネシアに就職することになった場合、「完璧な英語しか」話せない人よりも、「そこそこの英語」に「そこそこのインドネシア語」を話せる人のほうが需要があることは容易に想像がつく。

それに英語、スペイン語、そして現在ポルトガル語を勉強している経験からいうと、語学というのは90%から95%程度まで上達するためには2年ぐらい毎日本気で勉強すれば身に付くと思うが、それ以上、それこそネイティブスピーカー並になろうとすると、途端に負荷は高くなり、がっつりに現地に住んでも相当な時間がかかると思う。

だから逆に言うと、戦略的には複数の言語を「そこそこ」鍛えあげるほうが時間的にも労力的にも効率がいい。だが、そのすべての外国語学習の基礎となるのが、英語なので、英語だけはがっつり本気で取り組んだほうがいいと思う。(もちろん、「完璧な英語」なんて必要ないが、完璧な英語を目指す必要がある。そして、結果まあそこそこに落ち着くだろうから)

語学学習というのは個人の嗜好や性格が如実に反映されるので、例えば自分の場合は、がっつり本気に取り組むほうが性格に合っているが、なかにはスペイン語の活用など一切覚えないで何でもかんでも動詞の原形だけで済ます人もいる。それでも通じるので、それはそれでありだなとは思う。

日本人にとっては英語は義務教育に組み込まれているので、最低限の語彙力は付いている。それだけでもほかの言語に比べて有利だ。とにかくつべこべ言わずに英語だけはしっかりやって、それからプラスアルファになる言語を勉強するのが理想的だろう。

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2013年2月20日 (水)

飽きない国アルゼンチン:地球の裏側より愛を込めて

じつは新しいマンションに引っ越してからインターネットには苦労している。当初はビルのオーナーであるこのビルのデザインをした建築家の人がすべてを手配する予定だったのだが、いつまで経っても埒が明かないので、自分で申し込んだ。

それはそれでうまくいき、無事インターネットは開通したのだが、先週の金曜日にケーブルテレビをインストールするために男二人がやってきて、せっかく繋がった我が家のインターネットの接続を切断して帰ってしまった。ちなみにケーブルテレビ自体も未だ映らない。

そんなことで、別にもう動じたりしない。

早速、コトが起こった当日の金曜日に街の中心街に行って、月曜日にエンジニアに来てもらう手配をした。そして、その月曜日(昨日なんですけどね)待てど暮らせど、そのエンジニアはやって来なかった。

正直、ここまではよくあることだ、この街では。

だから、また再び彼らのオフィスに行って、修理の手配をお願いしたのですが、下記そのやり取りを一問一答形式で記させてもらいます。

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背の高い日本人:あのー、今日来る予定だったエンジニアの人が来なかったのですが・・・

ケーブル会社の受付(ゲイの男の人:体を常にくねくねさせている):あー、来なかった?ちょっと待ってね。(と言いつつ、どこかへと電話する)

あー、ほんとだ!たしかに今日、君んち行かなかったみたいだね!なんか前の仕事で手間取ったみたいだ。

背の高い日本人:はい。で、明日来てもらうことは可能でしょうか?

ケーブル会社の受付:うーん、君は知らないかもしれないけど、明後日この国、祝日じゃん。だから、予約を前倒しして、明日は予約で一杯なんだよね、だから木曜日でいい?

背の高い日本人:それはちょっと・・・明日無理ですかね?

ケーブル会社の受付:うん、無理だね。明日来てもらいたかったら、ここにもっと早く来てもらわなきゃ、困るよ。
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ここで説明しよう。

ケーブル会社から前日に確認電話(自動音声)がかかってきて、まず一度確認し、来る当日だった月曜日の14時に「いまから16時まであいだにに弊社エンジニアが伺います」というような確認電話が来る。それに答えて、ようやくエンジニアが来る段取りなのだ。

まあ、時間通りに来るはずがないので、昨日は17時過ぎまで待っていたのだが、来なかったのでバスに乗ってわざわざ出かけていって、彼らのオフィスに行ったのだった。だから、そもそも彼らのオフィスに早く行くのは時間的に無理だったのです。
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ケーブル会社の人:あとさ、ケーブルテレビを契約しているけど、それは映るの?

背の高い日本人:いや、じつはまだテレビを買っていなくて。

ケーブル会社の人:あっ、そう。じゃあさ、木曜日までにテレビ買っておいてくれる?

背の高い日本人:別にケーブルテレビはどうでもいいので、とにかくインターネットを繋げてください。

ケーブル会社の人:いや、木曜日までに買ってもらうと、同時にケーブルテレビが映るかどうかも確認できるじゃん。また別にエンジニア送ると、こっちに金かかるんだわ。

背の高い日本人:(内心どうでもいいわ・・・と思いつつ)分かりました。

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そして、今日自分が頼んだエンジニアではなく、ビル全体にケーブルテレビとインターネットを配置するエンジニアが来て、無事インターネットが再度開通しました。

ふう。

もうね、ほんとね、やりたい放題だと思います。こちらの人は基本全部、自分の都合でコトを進めるので、それにいちいち腹を立てていたら、きりがないので、なるべく冷静に自分の言いたいことは言って、最低限のことが通るように努力します。

アルゼンチン人に言わせると、「弁護士を通して通告するぞ」「ほかのサービスに契約するぞ」というような脅しが効くらしいのですが、これはたぶんアルゼンチン人特有の大きなジェスチャーで今にも襲いかからんばかりのテンションで言わないと、効果が発揮出来ないのですよ。

そんなテンションないな、とつくづく思います。

それと自分的に面白かったのは、なぜ最初に「うん、エンジニア今日行かなかったね」と自分に報告してきたのかという点です。ここ、たぶん日本だったら「大変申し訳ございません。すぐに代わりのエンジニアを手配します!」などと言ってもらえるところなのですが、この国ではそんなことはあり得ません。

そもそも、わざわざ来なかったことを再度報告されても、こちらになんのメリットもないし、反応にも困ります。

ついでに「なぜ来なかったのか?」そのあたりをもっと追求し始めると、先進諸国のサービスに近づけるのではと個人的に思っています。その代わり、こののほほんとした雰囲気が損なわれるので、個人的にはまあそこはいいかなと思ってしまっています。

飽きないぜ、アルゼンチン!

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2013年2月15日 (金)

オモローからインテレサンチまで:多言語習得のすすめ

2週間ほど前からポルトガル語の勉強を始めた。
理由は色々とあるのだが、始めるとなかなか面白い。

例えば、英語では「面白い」は「interesting」となるが、スペイン語では「interesante(インテレサンテ)」となる。

そして、それがポルトガル語では「interessante(インテレサンチ)」 となる。
(ちなみにブラジルでのポルトガル語の発音です。ポルトガルのポルトガル語発音は異なります)

何カ国語も話せると、日本ではどこか無条件で尊敬しがちだが、こと西洋言語に限っていえば、互いにとても似ているので、日本人が想像するほど大したことではない。

現にここブエノスアイレスで会うヨーロッパの人たちはたいてい三カ国語以上は話せる。

もちろん、彼らと我々の習得条件は全然違うが、ひとつの西洋言語をマスターすると、その次の言語からとたんに楽になる。

特にスペイン語などのラテン系言語をひとつでも習得すると、ほかのラテン系言語であるポルトガル語、イタリア語、フランス語などの習得はかなり有利になる。もちろん、それでも各言語によって特有な文法、語法などもあるので、高いレベルで使いこなすにはそれなりの時間をかける必要があるが、片言レベルまではそれほど時間はかからないと思う。

スペイン語の文法はひと通りマスターしたので、ポルトガル語の勉強方法はスペイン語の時と違い、いきなり日常会話レベルから始めた。そして、すでにブエノスアイレスに住んで8年になるスペイン語ペラペラのブラジル人からポルトガル語を毎日習っているので、自分にとって一石二鳥の効果がある。

スペイン語もまだ習って2年も経っていないので知らない単語はたくさんある。それらも覚えつつ、ポルトガル語も習得していけるので、とても役に立っている。

今日はたまたま朝、ポルトガル語のプライベートレッスンを受けて、午後マテアスメソッドで名を馳せたマテアス先生のレッスンだったのだが、ポルトガル語を話す時ほどの強烈な負荷はスペイン語を話すときはかからないので、随分と気楽にレッスンを受けることが出来た。

今の自分の外国語のレベルは、英語→スペイン語→→→ポルトガル語なので、自分に適度な負荷をかけるという意味ではとてもいい。 

英語、スペイン語、それにポルトガル語と互いに似通った単語を見つけると、ヨーロッパに脈々と流れる歴史を感じ取ることも出来、そして言語習得というものはかくに楽しいものだと心底思う。

もちろん、英語を習得するということはこれからは必須だろう。でも、その先になるがあるのだろう?

英語を習得したからといって外国人とコミュニケーションが取れるというわけではない。結局のところ、彼らを受け入れ、なおかつこちらに興味を持ってもらうためにも彼らのローカル言語を習得することはその一助となる。

文化と言語は密接に結びついているので、彼らの言葉を知ることによって、文化も知ることができる。その作業は自分にとってはとても大事な作業だ。

人生、これから何人の友人を作ることができるだろうか?
もし、今後彼ら彼女たちと出会った時に、彼らにふさわしい友人となるべく自分の引き出しを多く持っていたい。そのためにも多言語習得というは理にかなった方法だと思う。

世界の人たちとコミュニケーションを取リたいのであれば、英語習得が一番だ。でもお互い外国語を話すとうシチュエーションよりも、こちらが努力して相手の言語を話せば、より一層相手のことを奥深くまで識ることが出来るかもしれない。

別にそれほどヨーロッパ諸国に肩入れするつもりはないので、一段落したらアジアのローカル言語のひとつやふたつ勉強するのも悪くないアイディアかもしれないと思っている・・・・随分と先の話になると思うけど。

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2013年2月11日 (月)

ついでに社会貢献するということ。

提携しているフィリピンNGOから感謝の手紙が届いた。

http://ow.ly/hwUc7
(ご興味ある方は上記からダウンロードしてください)

開業以来の付き合いなので、もう3年以上の付き合いになる。当初は向こうも半信半疑だったと思うが、意識の高い会員様の寄付のおかげですでに1万ドル近くは寄付している。

それでもフィリピンの現実は変わらないし、世界は良くもなっていない。だから直接、感謝の気持ちを表されると嬉しいと同時にどこか恥ずかしい気持ちもある。

20130208_135503

特にうちの場合は、上記のように会員様から集めた寄付(毎月200円、500円、700円、あるいはなしと選べます)といくばくかの売上を彼らに寄付しているだけなので、どこか後ろめたい。

ワンズワードで英語を学習すれば、フィリピンの経済的に恵まれない学生にも同時に教育のチャンスを与えることができるというコンセプトで始めたのだが、実際にリアルに彼らの生活に影響を及ぼしているのを見ると、少し不思議な気持ちになることも確かだ。

それほど大したことはしていないのに、なぜか感謝されているからだろう。

経済大国に生まれた者の義務として、恵まれない国の人たちに対してなんらかの貢献をする必要がある。そのような思いが発端となっているので、逆に感謝されるとなんだか申し訳ない気持ちになる。

もちろん、これは自分の勝手な思いで、寄付をしていただいている会員様には本当に感謝しているし、自分の思いに共感していただいて、ワンズワードで英語を学習していただいてることをとてもありがたく思っている。

ただ常日頃から思っていることだが、誰もがマザー・テレサにはなれないが、少し余裕のある人がその少しの余裕を誰かに分け与えれば、世の中は少しづつ良くなっていくと思う。

「社会に貢献する」といい方は大げさだしなんだか嘘くさい感じがするので、「〜ついでに社会貢献」といった程度の言い方が自分は好きだ。

ワンズワードの場合は、「英語を学習するついでに、社会貢献」がキャッチフレーズだが、その程度の意識で取り組んだほうが長続きするのではと考えている。

誰だって自分の生活が一番大事だし、それを犠牲にしてまで、誰か他の人のために尽くす必要はない。そんなことは自明の理だ。だが、毎月数百円の寄付でも数百人集まれば、一人の人生を変えることが可能だ。

そんな地道なことを今後も継続していきたい。

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2013年2月 2日 (土)

自分がやりたいようにやるには:ちょっとした経営哲学について

会社の経営って、「一瞬のうちにどれだけ判断できるか」というのが結構重要なのだなと、いまさら思ったりしている今日この頃です。

ここブエノスアイレスは真夏まっただ中で、気温は35度、体感温度は40度以上でしょうか・・・・なにせ我が新居は停電にしょっちゅう見舞われ、主戦場は近所のカフェな日々です。

朝の8時には近所のカフェに出社して、「いつもの」みたいな感じで50歳はゆうに超えるウェイターさんにカフェとメディアルナス(小さめのクロワッサン)を注文して、2,3時間ほど過ごして、また昼過ぎには違うカフェに行く毎日です。

同じ会社で同じ事業、それに同じ仲間で仕事をしていると、もうこちらの考えもだいたい読めてくる頃合いで、「ああ言えば、きっとこちらはこう言うだろう」という案件をいかに相手の期待値を若干上回りつつ、総合的にみんなが納得できる判断をするかということが重要なのだなと。

最初はみんな虫のいい話しだと思っていた「先生たちに最高の労働環境に提供する」が、きちんと「質の高いレッスンを生徒様に提供する」ことと結びついていることが分かり始めると、こちらの仕事は意外と楽になるものだと最近、実感しています。

ただの酔狂だと思われていた「ワンズワードに所属する先生を日本に招待する」ということも、すでに二回行い、三度目も手配済であることが浸透してくると、「こいつ、本気だったのか」と思われて来るのだなーと。

そして、そのすべては「優秀な先生には永続的に働いてもらい、それに呼応して集まってくるあらゆる意味で優秀な生徒様にも継続して英語を学習してもらう環境の構築」というところにすとんと落ちていくわけです。

で、自分の仕事はその範囲を少しつづ範囲を広げていき、「飽きずに働ける、かつ生徒様も先生も同時に学べる環境」というものを作っていくというものかと。

人間、「石の上にも三年」とはよく言ったもので、三年も同じようなことをずっと言い続けると、ほかの人が自主的に動くようになり、こちらも今までそこに注力していた仕事をほかのことに振り分けられるのだなと思います。

よく「ビジョン」とか「ミッション/目標」とか熱く語る経営者の方々がいますが、そんなものはどうでもいいなと。結局のところ、自分の奥深くに根付いた経営哲学に基づいた行動のみでしか、人はついてこないのではと・・・・最近、とみに思います。

まあ、3年しか経営していない、かつ小さな小さな会社ですが、それでも大切な自己表現の場でもあるので、粛々と自分がこれと思うことを実行しつつ、先生、生徒様、それに自分自身が成長できる環境を今後も作り続けていけばいいなと。

停電復旧を心待ちにしつつ・・・・ブエノスアイレスのとあるカフェにて。

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