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2013年1月

2013年1月29日 (火)

【アゴラ】ラテン化する世界:グローバリゼーションとともに

「グローバリゼーション(英: Globalization, Globalisation)は、社会的あるいは経済的な関連が、旧来の国家や地域などの境界を越えて、地球規模に拡大して様々な変化を引き起こす現象である」
ウィキペディアより

結局のところ、基本的に我々はグローバリゼーションを是として考えている。海外との競争により、モノ自体の価格はどんどん下がり、たしかに欲しいものは安く購入出来るようになった。

そして、日本の市場は「質がいいもの」しか売れない市場なので、結果、「安くて、さらに質がいいもの」が手に入るようになり、グローバリゼーションを積極的に批判する人たちはそれほどいない。この動きを当然とする人たちが多い。

だが、世界を見渡してみると、「安くて質がいいもの」を手に入れられる国は非常に少ない。先進諸国でも規制が少ない、自由市場がある程度確立されている国だけだ。その他多くの発展途上国では、我々にとって「安くて、質がいいもの」は高くて手が出ないという事実は相変わらず変わりない。

アメリカでは、1%の富裕層が富を独占し、99%が貧困にあえいでいると言われているが、これは世界をひとつの国と見立てても同じことが言える。

あらゆる規制を取っ払い、国同士を自由に競争させると、弱肉強食が進み、結局のところ、世界の1%である20カ国程度が世界の富すべてを牛耳ることは自明の理だ。

自由の代償:アルゼンチンという国の売買について」というエントリーにも書いたが、人はとにかく自由を求める。その結果、どうなるかなど深くは考えない。自由は正義で、規制・統制は悪なのだ。

日本にいると、グローバリゼーションのなかでなんとかしてでも戦い、そのなかで確かな地位を築くことしか今後の日本の未来はないと思えるが、ここアルゼンチンのような呑気な国にいると、そうは思えなくなってくる。

この国の市場を守るために政府は輸入関税をべらぼうに高く設定し、パソコンなどは日本の倍はする。それでも道行く人たちを見ていると、日本よりも楽しそうな人が多い。(こちらの図を見ると、日本よりも圧倒的に経済的に劣っている南米諸国のほうが幸福度が高く、アジアでは唯一、スペインの影響を受けたフィリピンがかなりの幸福度の高さを誇っているの分かる)

アルゼンチン、ひいては南米全体に言えることだが、仕事に対する意識は総じて低い。それよりも「人生を楽しむこと」のほうが彼らにとってはより重要なのだ。仕事のために人生を犠牲にするという考え方は彼らにはない。そんな彼らがグローバリゼーションのなかでは戦えないのは明白だ。だからこそ、政府は輸入規制を多く設けて、その国の市場を守ろうとしている。

グローバリゼーションというものはもう世界の流れでこれが主流なのは間違いないだろう。だが、一方で個人的には「ラテン化する世界」を見てみたい気がする。だいたいの物事に対していいかげんで、時間厳守とはほど遠く、隙さえあれば仕事をサボろうとする。(実際、「職人のいない国:アルゼンチン」というエントリーにも書きましたが、こんなことが日常茶飯事です)

それでも人生楽しければいいというのがラテン文化の真骨頂だ。

世界でも辺境といえるこのアルゼンチンで、今後も世界のグローバリゼーションという大きな動きと、目の前で繰り広げられる「ラテンな世界」の狭間で、幸福な世界の在り方を考えていきたい。


中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史
(現在の世界の動きを「中国化」というキーワードを元に紐解いた良書です)

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2013年1月24日 (木)

職人のいない国:アルゼンチン

新しいマンションに引っ越した。
新築マンションなのでまだガスなども通っていなく、非常に不便ではあるが、マンション自体のクオリティは良く気に入っている。

そんな新居のために色々と家具を選び、購入するのも楽しい作業だった。

そんなこんなでオーダーメイドでテーブルを購入した。日本では注文家具は10万円以上するかもしれないが、ここブエノスアイレスは比較的手頃な値段で買える。そんな土地の利を活かして購入したテーブルを先週搬入されたのだが、とんでもない欠陥品であることが判明した。

それがこれだ!

Mesa06

なんだ、これ!
そ、反っている!
エビぞりかというくらい、反っている!

Mesa07

テーブルの四隅にいたっては、上記のようにぼっかりと空間が空いている。反り過ぎて、浮いてしまっているのだ。

その店は幸か不幸か新居からほど近かったので、散歩がてら文句を言いに行ってみた。そしたら、店の主人がたまたまおり、挨拶がひと通り済んだ頃を見計らって、話を切り出した。

「あの、テーブルが反ってしまって、めっちゃ不安定なのですが・・・」と切り出したところ、店の主人はこちらの話を途中で遮り、「おまえのデザインのせいだ!」と逆切れを始めた。

ちょっと待てと。

詳しく説明すると、この店はオーダーメイド家具の店だ。いわば客の要望に応じて、家具作りのプロが実用に耐えうるように製作するのを生業としている。

こちらのデザインが悪いって、あんた、そんな言い訳ありか!とさすがに温厚な日本人である自分も多少いらっとした。

で、「デザインとか全く一切関係なく、ただ木の材質が悪く、あんたの仕事が悪いからだ」と冷静に言い返した。しかし、親父はひたすら「デザインのせいだ!」と言い張り、こちらに詰め寄り始めた。

おっさんがヒートアップしても、正直このような言い合いには慣れているので冷静に、「じゃあ、実際のブツを見に来いよ、家近いし」と言ったら、「いやだ」と親父が答える。

なんだこの親父と思いつつも、結局のところ「写真を送るからそれを見て判断する」という理性的な落とし所をつけて、今日のところは帰ってきた。

しかし、面白い。

客の要望に応じて、オーダーメイドで家具を作って売る家具屋が、事もあろうに責任すべてを「客のデザインのせい」にするとは。しかもデザインなんてこちらもたいしてしておらず、日本の家具屋のサイトに載っていた良さげなテーブルの写真を見せただけだ。

もし、自分が家具職人だったら、木の反りなどを計算して、色々と考えながら家具を作るが仕事の醍醐味と思うだろう。日本で職人と言われる人たちはみんなそうだと思う。だが、そういう意味でこの国には職人といわれる人たちは見当たらない。この家具屋もデザインする人と、製作する人が別れているので、机上では立派なものが出来るが、仕事に愛情など一切感じていない人たちによって作られるので、完成品は劣悪だ。

例えば、引っ越した新築マンションも大学で建築を教えているような結構名の通った建築家がデザインをしたのだが、実際に働く土方の人たちは仕事に誇りも何もないので、仕事が非常に雑だ。

今日もペンキ塗りたての黒い鉄板を持ってきて、白い戸棚の裏に張って、そのあとその真っ黒な手で白い戸棚を持とうとしたので、「ちょっと待って!」と言って、明日来てもらうように言った。

万事が雑なので、新築なのにも関わらず、天井や壁などにはぶつかったあとの傷跡がたくさん付いている。神経質な日本人がこの国に住んだら、発狂するだろう。

逆に自分がアルゼンチンに生まれたら、日本に住みたいと思うかもしれない。ほとんど万事が滞りなくいく日本は奇跡だからだ。

結局のところ、隣の芝生は青く見えるということなのだろうか・・・・・今日の収穫は、「スペイン語で相手に怒鳴られても、冷静に切り返して、両者が落ち着く着地点に持っていける程度のスペイン語でのコミュニケーション術」を身に付けたことを確認出来たことか。

明日、晴れるといいな。

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2013年1月20日 (日)

【映画評】ライフ・オブ・パイ / トラと漂流した227日

アン・リー監督の最新作である「ライフ・オブ・パイ / トラと漂流した227日」を見に行った。スペイン語のタイトルは「Una aventura extraordinaria(あり得ない/とんでもない冒険)」なのだが、このタイトルのほうがこの映画のテーマにあっているなと思う。

Lifeofpithumb

ずっと彼の映画のファンなので、とても楽しみにしていた。英国紙ガーディアン紙で、3D映画であることを意識して作ったと語っていたので、それを確かめるべく3Dで鑑賞した。

見を終わった感想は「これはやはり3Dで見るべき映画」ということと、最後のシーンとそれまで語られたことに対して、どうにもやりきれない気持ちが残り、「真実とは?」ということについて深く考えさせられる。(特に映画の冒頭のシーンでたくさんの動物が出てくるが、3Dで見るとまるで自分が動物園にいるかの気分にさせられる。3Dならではの奥行きを活かした画作りが成功した例と言える)

そして、真実が残酷であるならば、真実を伝えること自体になんの意味があるのかということについても考えさせられる。

アン・リー監督の作品で好きな作品はたくさんあるけど、個人的にはロード・オブ・ザ・リングのイライジャ・ウッドやクリスティーナ・リッチなどが出ている「アイス・ストーム」という作品がとても好きだ。グリーン・ディステニーなどの大作に比べるととても地味な作品だが、アン・リー監督のストーリー・テラーぶりが光り、印象的な作品となっている。

「ライフ・オブ・パイ」でもその手腕は活かされ、3D映画による圧倒的な映像美に加え、その映像に隠された真実のストーリーを最後に浮かび上がらせる。

ジェイムズ・キャメロン監督の「アバター」以来、ようやく3Dで見るべき価値のある映画と言える。

この映画のテーマは色々とあると思うが、最終的には「人間賛美」といえると思う。もっと詳しく述べると、「人間の想像力の素晴らしさ」だ。「真実とは何か?」と追求することは詮無いことで、それをも凌駕する想像力があれば、どんなに辛い現実でも人間は耐え抜き、それに打ち勝つことが出来るということだろう。

まだ2013年は始まったばかりだけど、この映画は今年ベスト3には入る映画だと思っている。必見です。


(どうしても結末が気になった人は、原作を読むことをお薦めします。とても読みやすく、英語学習者にも最適な本かと)

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2013年1月16日 (水)

良い子は真似しないように:サッカー日本代表の内田選手による外国人コミュニケーション術

内田篤人はイケメンだ。
まずはそのことを踏まえて、この記事を読む必要がある。
(なにしろ2013年人気カレンダーは、1位AKB48、2位ももクロ、3位ウッチーなのだから。日本男子1位のイケメン度を誇る)

知られざる内田篤人のドイツでの流儀・現在の地位を築いた確固たるスタイルとは

このなかで、語られる多くのことは彼がいかに人たらしであるかを語っていると同時に、一般庶民の我々にも外国人といかにコミュニケーションを取るべきかという教訓を与えてくれる。

下記は本文からの抜粋だ:

「内田は言葉が通じない現状を逆手に取ることがある。彼のポリシーは、けがをしようとも、体調を崩そうとも、自らそれを理由に練習を休むことはしないということだ」

「試合には「リベリと心中」するくらいの気概で臨んだという。リベリの自由を奪う一方でカバーリングが思うようにいかないことがあったが、試合後に待っていたのは監督とチームメートからの絶賛の嵐だった」

「練習の合間には監督が歩いている背後から近づいて、監督の股の間にボールを通してみせる」

「雨の日も雪の日も内田はチームの後片付けの手伝いをやめることはない」

これを彼のイケメン度を考慮して、翻訳すると下記になる。

「怪我をしていても痛みを周囲に隠しつつ必死にプレーするイケメン」
「リベリと心中するイケメン」
「ニヒルな笑いを浮かべながら、監督の股の間にボールを通すイケメン」
「雨や雪に打たれながらも、試合の疲れをおくびも出さずに、健気にチームの荷物を運ぶイケメン」

こんなイケメン、誰が嫌いになるのというのか!

まずはこのことを前提に踏まえつつ、「いかにうまく外国人とコミュニケーションを取るか」ということをきちんと考察したい。このコラムの冒頭にも語られているように彼が周囲とのコミュニケーションに成功した最大の要因は下記による。

「内田篤人が海外のクラブで成功をおさめることができたのは、日本とは違う環境であることを当たり前のこととして受け入れたからだろう」

これは本当にごく当たり前のことのように思われるが、海外在住の外国人でもこのことをきちんと自覚していないことが非常に多い。ここブエノスアイレスでもアルゼンチン人やこの国自体に関して、ひたすら文句を言っている人たちが多い。猿でも文句は言える。文句を言うだけで解決できる問題は少ない。

内田選手がこのことを深く認識し、問題解決のために取った行動こそ、彼の成功のエッセンスが凝縮されている。彼は一冊のまっさらのノートを持って、同チームのユース出身ドイツ人選手にチームの決まり事を訊きにいったのだ。

彼がもし監督に同様のことを訊きにいったら、「こいつは同じことを二度言わないと分からないアホなのか」と思われていただろう。しかし、ウッチーはチームのことを深く理解している選手に監督の意図を訊きに行った。

海外生活では、信頼できる現地の友人にその地の事情を訊くのが一番だ。土着した文化に根ざした観点で、出来事を解釈してもらい、それを説明してもらうと、物事の理解がより深まることは多々ある。

「監督が言ったこととを理解すること」と「監督が意図していることを理解すること」には大きな隔たりがある。監督が言ったことが分からず監督に再度訊いても、彼は同じような説明方法で同じことを説明するだけだ。だったら、チームのやり方を熟知したチームメイトに監督が本当に意図することを訊いたほうが早い。

これは会社でも当てはまる。上司が言ったことが分からず、上司に再度訊いても要領を得た答えは得られることは少ない。ならば、彼のことをよく知っている人物に訊きに行き、彼が本当にいわんとしていることを率直に尋ねたほうが話が早い。

そして、これはあらゆるコミュニケーションに当てはまる。相手が言っていること自体を理解するよりも、相手がいわんとしていることをきちんと理解することが最も重要なのだ。例えば、英語でコミュニケーションを取る場合でも、一字一句をいちいち頭のなかで翻訳してすべての言葉を理解する必要はない。彼、彼女が言わんとしていることを理解し、それに対して相手にきちんと反応することがコミュニケーションを取るということなのだ。

極論すると言葉が分からなくても、外国人とのコミュニケーションは可能だ。特に彼のようにサッカーのプロとして海外に行った場合、現地の人と仲良くなってコミュニケーションを取ることが目的ではない。ピッチで活躍し、自分とチームの評価を高め、試合に勝つことが目的だ。

だが、その目的のためには最低限のコミュニケーションをこなす必要がある、そのための方法論が彼のなかにあり、またこれは穿った見方かもしれないが、ウッチーは「人から好かれること」に絶大の自信があったのではないか。

「外国人である」という事実は結構な場面で有利に働くことがある。ちょっとおかしなことをしても、「あの人、外人だからしょうがいないよ」で済まされるからだ。それに付け加えてウッチーの場合は、「あの人(あのイケメン)、ドイツ語も英語も話せなからしょうがないよ」という免罪符も与えられる。多少のミスコミュニケーションは許されるシチュエーションだ。それを逆手に取り、こっちもこっちで最大限の努力はしていますよ、というのが彼のコミュニケーション術の真髄と言える。

しかし、これは当然ながら良い子は真似できない。日本代表でもレギュラーかつ王子的な容姿、それに機知と機転に利いた特別な人間に与えられたコミュニケーション方法だ。

我々は現状を理解できる程度の最低限の語学力を身に付け、「海外と日本の違い」を常に自覚し、そのことで不平不満があっても、なるべく面白おかしく話して笑いに変える必要がある。

そして、信頼できる現地の友人を作り、彼や彼女たちの解釈で物事を判断する術を持つ。そうすれば、おのずとその国のことを深く理解出来るようになり、周囲とうまくコミュニケーションを取ることが出来るだろう。サッカーと言う武器を持たない我々は最低限の語学力を身に付け、出来ればスポーツや趣味などをコミュニケーションを取る道具として活用して、お互いに理解を深めていく必要があるのだと思う。


(ウッチー以外のサッカー選手が言葉の問題により海外でいかに苦労しているかよく分かる本です。海外コミュニケーション術という観点からもとても有用な本です)

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2013年1月11日 (金)

【書評】鈴木先生を読め!:より良い人間になるために

今まで文学を越える漫画に出会ったと思えたのは、「天才柳沢教授の生活」だけだ。

しかし、またとんでもない漫画に出会ってしまった、それが「鈴木先生」である。

現代の若者はドストエフスキーやトルストイなど読むことはないだろうが、むしろ代わりに「鈴木先生」を読んでおけば、そのエッセンスを十分に知ることが出来る。(特にドストエフスキーの傑作である「罪と罰」を彷彿させる論理展開がこの一大漫画オペラにはある)

全11巻で完結している作品だが、どのエピソードも胸に突き刺さり、とても考えさせれる。思考停止に陥りがち現代人は鈴木先生に見られる「決断や判断を留保し、より深く人や物事について考察する」という首尾一貫した態度を学ぶ必要がある。(311のあと起こった反原発ヒステリーやそれに続いた自粛ムードを思い出すと、人がいかに感情の赴くままに安易に判断をしているかが分かる)

「天才柳沢教授の生活」は経済は論理で動いているわけではなく、ひとの感情によって変化し、先入観を持つ危険さと愚かさを教えてくれるが、「鈴木先生」はもっと具体的に物事をより正しく判断できる思考方法を持つにはどうすればいいか教えてくれる。

世の中には「他者への想像力」が圧倒的に欠落している人たちがいる。彼らは自分たち自身を「他者」の前提として置き、すべての価値基準を自分自身の価値基準に歪めて判断する。

この広い世の中には自分たちが到底及びもしない考えを持った人間がいたり、深慮遠謀のもとに動いている人たちがいることが想像出来ない。せめてそのような人たちの考えを認める容量の広さがあればいいのだが、自分たちと相容れない意見や考えを徹底的に糾弾し、非難する。

鈴木先生も柳沢教授も常に「なぜか?」と問い続け、一見理不尽に見える物事でも、感情的な判断を先送りし、最後まで問いかけることを辞めない。

それにしても中学校の先生とは業の深い職業だ。子どもと大人の中間に位置する彼らを指導するのは、神業に近い。そんな神業を鈴木先生は毎日こなし、その彼らと共に少しづつ成長していく。

「普通の人間同士で、不幸が起こる」と鈴木先生は語るが、たしかにみんながみんな少しづつでも相手の立場を理解する態度を示し合えば、「ちょっとは立派な大人」となり、世界の争い事も減っていくだろう。

鈴木先生 【全11巻】完結
(こちらで1巻が無料で読めますのでお試しください:2013年1月21日まで)

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2013年1月 9日 (水)

生きたいように生きればいいのではと:タンゴに見る自由度

日本はすでに仕事も始まり、通常営業かと思うが、ここアルゼンチンは1月はバカンスの月なので、みなさん休業中だ。マテアス先生もウルグアイに行ってしまい、テニスのコーチにいたっても、ヨーロッパでバカンスを満喫している。まわりの友人たちもNYに行ったり、ヨーロッパに行ったりと忙しい。

インフレは今年は30%を超えるのではと噂され、ドルは公式レートでは1ドル5ペソくらいだが、闇レートでは7ペソを超えてしまった。(ちなみに闇レートと言っては聞こえは悪いが、ブエノスアイレスに住んでいる外国人はみんなこのレートで換金します)

生活用品もミネラルウォーターなどは1年半前に来た当時に比べ2倍も高くなり、インフレの脅威を日々感じている。

それでも好き好んでこの国に住んでいるものとしては、仕方がないと諦めの境地だ。そのかわり、日々新しい文化に触れられるし、アルゼンチン人や外国人と混じりながら、生活するのはそれなりに楽しい。

特に日本だと「付き合い」は酒が絡みがちだが、ここアルゼンチンの人たちはそれほど飲まず、一杯二杯で満足してしまう人も多い。(もちろん、人によりますが・・・ただ公衆の面前で酔っらいを見る機会は日本ほど多くないのは事実です)

またタンゴを踊りにミロンガに行こうものならば、ガチで踊りに来る人が多く、深夜2時にカプチーノを飲んでいるおっさんがちらほら見受けられる。

最近、タンゴのクラスで51歳のアルゼンチン人のおっさんと親しくなり、二人でミロンガに行くようになった。彼に「日本にいた頃と違う一番の生活の変化は?」と訊かれて、思い浮かんだのはたぶんこのことだ。

また老人たちはこの街ではとても楽しそうに生活している。家族、友達を大事にする文化だから、人と人との距離がそれだけ近いから、年を取っても彼らに囲まれて楽しそうにしている。

日本だと30代、40代、50代、それに60代と勝手にカテゴライズされ、それぞれの年代で期待されている役割を多かれ少なかれ演じる必要がある。60代のおっさんが20代の若い女の子とタンゴを踊るなんて不謹慎だと思うかもしれないが、ここブエノスアイレスではよく見る日常の風景だ。

「社会的な役割を果たす」とは聞こえはいいが、人はまず自分の役目を果たす必要がある。人それぞれやりたいことも異なり、やり方も違う。そういう表面的なこと、ささいなことでとやかく言う人が多いから、閉塞感がある社会が生まれてしまうのだろう。

人はやりたいことをやりたいようにやり、自分に合ったやり方で行えばいい。自分自身、傍から見るとめちゃくちゃだろうけど、自分なりにきちんと筋を通して生きているつもりではある。それに最終的にきちんと結果が出れば、それはそれでいいのではと軽く考えている。

インフレ・・・・どうにかなんないのかなあ。

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2013年1月 2日 (水)

2013年:一年の計は元旦にあり

誰が初めに言ったかは知らないが、「一年の計は元旦にあり」ということわざがある。
一年の計画をなにかと忙しい元旦に立てるアホは日本にはいないかもしれないが、ここブエノスアイレスは特に初詣や親戚への挨拶など一切の行事がない。

よって、一年の計画を立ててみた。

実際には、スターアライアンスの世界一周航空券を購入して、一年とはまではいかないが、半年先の予定をばっちり立てた。

スターアライアンス 世界一周

正直、金額だけならばLCCを使ったほうが安上がりだと思うが、ブエノスアイレス発ということと、夏のハイシーズンにかかるので予約を変更する際に色々と面倒くさい事態が予想できるので、上記サイトを使ってチケットを予約した。

今のところ下記の通りだ。

4月29日 ブエノスアイレス発
4月30日 ポルトガル・リスボン着
5月29日 クロアチア・ザグレブ発
5月30日 東京着
7月1日 東京発→カナダ・バンクーバー着
7月4日 バンクーバー発→アメリカ・ポートランド着
7月11日 ポートランド発→マイアミ着
7月15日 マイアミ発→メキシコシティ着
7月29日 グアテマラ発→リマ着
8月19日 リマ発→ブエノスアイレス着

ポルトガルからザグレブまでは陸路で適当に移動し、メキシコからグアテマラも旅しながら移動する予定なので陸路で行くことにした。東京にいるあいだも、東京から香港、フィリピン、シンガポールなどを回る予定なので、日本に滞在するのは2週間程度だと思う。(そのあいだにフィリピンの先生たちを呼んでアテンドするという大事な仕事もある)

アメリカのポートランドに行くのは以前も紹介した「World Domination Summit」に参加するためだ。

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今までアメリカはサンフランシスコとニューヨークにしか行ったことがないので、今回は行ったことがないマイアミとポートランド、それにカナダのバンクーバーに行くので楽しみだ。(10年くらい前に雑誌の取材でバンクーバーアイランドには行きましたが、バンクーバー自体には行ったことがありません。とても行きたい街のひとつです)

世界一周とはいいつつも、単純にヨーロッパと日本、それにアメリカに行かねばいけない用事があるので、「うほ!世界一周!」という高揚感はない。それにすでに40カ国近く世界を旅しているので、今さらそれほどドキドキすることをないが、行ったことがない国に行くのはそれはそれで楽しみでもある。

2013party(ちなみに大晦日のパーティーに我が家の大家さんにお呼ばれして行って来ました。じつは諸々の事情で何の予定も立てなかったのですが、大家さんが深夜0時を過ぎた頃に呼びに来て、「来ない?」と言われたので行って来ました。何しろ階下に住んでいるので・・・・寝間着ですいません)

2013年はどんな年になるか分からないが、2012年よりもっと充実した年にしたいと思う。

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