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2012年9月

2012年9月28日 (金)

とある語学学習者のたしなみ:複数言語を習得するということ

最近はブエノスアイレスでも、友人知人が増えてきており、スペイン語でのコミュケーションもかなりこなれてきている。

マテアス先生にこっちのスラングや特有の言い回しもばっちり教わっているので、ポルテーニョ風味のスペイン語を操りながら、彼らと親しくなっている。(ポルテーニョとはブエノスアイレスっ子という意味です)

「When in Rome, do as the Romans do.(郷に入れば郷に従え)」と言う言い回しがあるが、どうせブエノスアイレスに住むのだから、最初からアルゼンチン訛りのスペイン語を身につけようと心に決めていた。

スペイン語は特に国と地域によって発音も訛りも、それに使う語彙も全く違っており、どの国のスペイン語を習うかによって、その先の未来も決まる。

スペイン国内だけ取ってみても、南と北のスペイン語は全く違っており、特にアンダルシアあたりのスペイン語はアルゼンチン人でも理解しがたいとのことだ。(南米では、彼らにとって難しいのはメキシコ人のスペイン語らしい。時々テレビでメキシコの映画など見たりするが、確かに理解不能な場合が多い)

先週も、とあるアルゼンチン人のことを「 No tiene código. (全く節操ないよね)」と言ったら、アルゼンチン人の友人が「マジ、ポルテーニョみたいな言い回し使うよね!」と言われた。

これも何もかもマテアス先生のおかげだったりするわけだ。

自分がスペイン語でのコミュケーションを取る対象としているのは、あくまでポルテーニョなので、彼らが使う語彙や訛りを習得する必要がある。

だが、例えば日本で英語を習っているような場合だと、状況は違ってくる。やはりそこはあくまで共通の言い回し、明瞭な発音を目指すべきであり、アイリッシュ訛りの英語やイギリス人のブラックユーモアなんて身に着ける必要性はない。

スペイン語を勉強してつくづく思うが、英語はひたすら「簡易化」を目指してきた言語なので、だからこそ世界共通語となり得たが、スペイン語に比べると個性にかける。(ロンドンに住んでいるときにコロンビア人の友人が「スペイン語のほうが英語に比べて言語的にもっと表現豊かで美しい」と言っていて、そのときはなんとなく気分を害したが、今となっては彼女が正しいことが実感できる)

英語では訛りの違いはあるが、スペイン語のようにその地域、その国でしか使わない表現というものは、それほど多くはない。だからこそ、世界中の人が分かり合える素晴らしい言語とも言える。(スコティッシュ訛りやニュージランド訛りは強烈だけど、スペイン語の場合は、それに加えて語彙自体も違ってくるので壊滅的だ)

このスペイン語という言語は、もう日常的な表現でその地独特の表現がたくさんあるので、スペイン人がいきなりポルテーニョたちと仲良くお付き合い出来るかと言うと、全然そんなことはない。

「英語、英語」とみんな言っているが、どの国の英語を指しているのか時々疑問に思う。

僕自身にとって英語とは、「英国、とくにイングランドで話されている言語」という認識なので、今でも読む新聞はイギリスの新聞だし、聞く英語はBBCだったりする。そうして、言語の裏にある文化を学んでいる。

仕事のため、資格のためと割り切って英語やほかの言語を勉強するのもいいが、「言葉を覚える」本来の楽しみは、本当はその国の文化をより深く知ることにあると思う。

あと1年もすれば、立派なポルテーニョ・ハポネス(ブエノスアイレスっ子の日本人)が完成するだろう。今からその時が楽しみだ。

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2012年9月25日 (火)

とりあえず、ハワユーって言っておけ!:間違いだらけのアメリカ英語

アメリカは嫌いだ。
特にこのような記事を見た後は、気分が悪くなる。

”How are you?”は死語だった!? 外国人英語講師が教える「日本人のちょっとヘンな英語」

念の為に断っておくが、「How are you?」と言っても別に問題はない。むしろ、イギリスに行って、現地のイギリス人に向かって「What's up, man!」って言ったら、思いっきり気分を害されて、口を一切聞いてくれなくなる恐れがある。

だいたいアメリカ人は、自分たちの言い回しが世界でのスタンダードだと勘違いしている節があるが、アメリカ人のように英語を話したいと思っている気の毒な人たちは世界広しといえども、極東地域にしか存在しない。

世界ではアメリカの悪口は、「共通の話題」として広く語られ、「アメリカの悪口」を言えば世界中の人たちと仲良くなれると言っても過言ではない。(もちろん、別に本気ではない。「世界一の強国、いわばドラえもんでいうところのジャイアン」に向かって弱い立場の我々が文句を言うのは当然の権利だ)

このあいだ、ブエノスアイレスの街角のとあるバーで、どうみてもレディー・ガガにインスパイアされた黒尽くめの格好したアルゼンチン人女性が大声でアメリカの悪口を言っているのを見たが、まあそういうことだ。

「アメリカ嫌い、嫌い」と言いながらしっぽを振りながらハリウッド映画を見て、彼らの音楽を享受し、アップル製品を「神だ!」と言って礼賛しているのだ。

ただ、だからといって、英語まで彼ら専有のものと言われたらたまったものではない。もう世界では「英語は話せるのが当たり前」となっており、その分各地域で独特の表現が生まれている。それは古来の言語の歴史を見ても、とても正常なことだ。

「世界標準のネイティブ・スピーカーの英語!」と謳っている語学学校があったりするが、そんなのは大嘘で、そんなものはこの世の中に存在しない。また言語はあくまでコミュケーションを取るためのツールであり、ではコミュケーションを取るということはどういうことかと言うと、「いかに相手を楽しませるか」ということである。

別に相手を楽しませたり、笑わすために下品なアメリカン・ジョークを言う必要はない。そして、また流暢で完璧な英語を話す必要もない。

だいたいにおいて、人と会った時にあとから「あの人が言ったあのセリフは良かったな!」とかは考えない。大ざっぱに「あの人と居て、楽しかったな」とおぼろげながらも思い出すだけだ。

適当に相槌を打ちながら、気の利いたことを二、三言っておけば、別にそれでいいと思う。(人の話の八割方、意味もないことを話しているだけだから、多くは聞き流しておけばいい)

相手の言っていることがよく分からなくても、適当に笑っておけばいい。僕はいつもそうしている。そして、何か質問されたときにだけ、前後のセンテンスから想像して正解を導き出す。

人は人の話を聞きたいわけではない。人は人に自分の話を聞いてもらいたいのだ。だから、いつも人の話を聞いたり、聞いているフリをする人間は重宝がられる。

とりあえず、ハワユーって言ってなるべく素敵な笑顔で相手に接すれば、いいのではないだろうか?


(人の話を聞く振りをするエキスパートが主人公の本・・・・そして、泣けるいい本です)

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2012年9月23日 (日)

教育とは何か?:新しい価値を生み出すということ

教育とは何か?
最近、そういうことを考えることがある。

たとえば、現在隣国とちっぽけな島について絶賛紛争中だが、彼らの国では「反日教育」とやらが主流で、「日本を憎め」と学校で教えられるという。

それも自国にとって有用な人間を育てるという観点からは、「あり」な教育かもしれない。

個人の観点から見れば、先入観を植え付けるような教育は、全く持って害だが、国という視点からは有利に働く点は多々あると思う。

そもそも、先入観を持たない人間なんて、この世に存在しえないのだから、誰だって気づかないあいだに、多少の先入観を持ってしまっているはずだ。

言葉を覚えるということはどういうことだろう?

特に違う国の言葉を覚え、それを自由に操れるようになるということは、存在しえないはずの「先入観を持たない人間」になるチャンスが飛躍的に向上すると思う。

例えば、幼い頃から英語を習い、不自由なくなれば、BBCやCNNなどを見て育ち、英語での情報ソースが確保できる。そんな人間に対して、国が強要する愛国教育なんてものは、よほどのことがない限り無力化されるだろう。

教育とは何か?

それは情報を手に入れることだと言えるのかもしれない。
もちろん、それだけでは足りない。その情報は客観的であればあるだけ、その教育の質は高まる。

教育とは何か?

それは手に入れた情報を使って、自分で考え、そこから何かを創造できる人間を育てることだ。情報を受動的に受けているだけの人間は、何も生み出さない。そこから新しい価値を作り出す人は、常にそこから自分で努力し、自分の道を目指す人間だ。

ちっぽけなオンライン英会話スクールかもしれないが、常にそのことを意識して、もっと能動的にそのような場所を提供していきたいと思っている。

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2012年9月20日 (木)

ゾンビ映画を哲学的に語ってみた:ウォーキング・デッドに寄せて

悲劇は人生をより一層慈しむためにある舞台装置だと看過したニーチェが「悲劇の誕生」という本を、恐ろしいことに若干28歳の時に書いた。

分かりやすい例で言えば、シェークスピアの「ロミオとジュリエット」が挙げられる。

想像して欲しい。

あの二人が死なないまま、「いやー、やっぱ老後が人生の最高のときだね、ダーリン」とか言い合っていたら、なんの盛り上がりもない話しになってしまうだろう。

「死」という舞台装置があってこその「ロミオとジュリエット」であり、悲劇であるからこそ永遠に語り継がれるべき物語なのである。

そこでゾンビだ。

ゾンビ映画は死んでから、悲劇が始まる。
愛する人、愛する家族が変わり果てた姿で、あなたに襲いかかる様を想像して欲しい。

まさしく、それこそ悲劇である。

だが、たいていのゾンビ映画はそんなことよりも、ホラー的な要素が強いか、グロテスクな描写に走るかに過ぎない。

近年、非常に良く出来ているゾンビ映画と評価出来るのは、「ドーン・オブ・ザ・デッド」と「28日後」が挙げられる。

いきなり最初のシーンで最愛の人たちを失くすなり、やたらと足の早いゾンビに追いかけられるという新機軸を打ち出した「ドーン・オブ・ザ・デッド」は衝撃的だったし、「スラムドッグ・ミリオネア」でアカデミー賞を受賞したダニー・ボイルが監督した「28日後」は人っ子1人いないロンドンの映像だけでも見る価値がある非常にスタイリッシュな映画だった。

そうして、ようやく本題である「ウォーキング・デッド」の話になる。

このTVシリーズは、ゾンビものでしか表現できない「最愛の人がゾンビとなった場合、あなたはどうするか?」という深遠なテーマを軸に展開されており、また「人間にどうしてそのような試練を、神はたまわしたのか?」という疑問をわれわれに突きつけている。

そして、随所に当然、観客をどきっとさせるような仕掛けが満載であり、非常に飽きが来ない素晴らしいゾンビものになっている。

ニーチェは「死」こそが悲劇の最大の舞台装置と考えたが、「ウォーキング・デッド」ではその考えをさらに発展させ、死してもなお悲劇は続き、そしてその不幸はまわりに拡大する。

この物語に果たして救いがあるかどうかは分からないが、ゾンビという特性を活かせば、ニーチェが看過した「死」という舞台装置がより一層効果的に使うことができ、物語がより悲劇性を帯びるということを証明してくれた傑作であることに間違いない。

ブエノスアイレス・ゾンビ映画研究会 会長(嘘)


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2012年9月19日 (水)

日本人の変態ぶりについて:英語で大いに語ろうじゃないか!

語学習得のために必須なこととして、ライティングが挙げられる。
もう、書いて、書いて、書きまくって覚えるしかないと思う。

書かなくて覚えられる天才ならいざ知らず、通常はひたすら書いて覚えるしかないと思う。

別にマテアス先生に毎日スペイン語を書かされているかといって、愚痴っているわけでもない。ここまで毎日書かされてみて、やはり書くことが重要だと改めて気づいた。

特に最初の頃は、頭で考えた英文をそのままスペイン語に訳していたので、マテアス先生には「なんか、英文みたいだよね、スペイン語の文章らしくない」と細かい言い回しなどを徹底的に直された。

これは日本語で考えた文章を英文に訳した場合は、もっとひどいことになる。

日本語には日本語独特の表現と言い回し、英語には英語独特の表現と言い回し、それにスペイン語には各国によって独特の表現と言い回しがある。(特にスペイン語の場合は、南米とスペインでは大きな違いがあるし、南米諸国でも細かい違いは枚挙にいとまがない)

英語でもスペイン語でもいい文章を書く秘訣は、自分が普段使っている語彙のなかから、適切な語彙を抜き出して、できる限り簡単、簡潔に書くことだと思う。

よく「この単語、英語に直すとなんだっけなー」といって辞書を引いて書いても、微妙に意味合いが異なってしまい、文脈上正しい表現にならない。

また最近は特に試験勉強をしているわけではないので、出題される内容が個人の趣味になってきている。過去、1、2週間で出された作文の課題は下記のとおりだ。

●日本での働き方
●日本の会社での人間関係
●日本の典型的な主婦について
●典型的な日本人OLとフリーランサーについて
●日本語の成り立ちについて
●日本のやくざについて
●日本人はなぜそれほどまでにクオリティーを追求するか

そして、今日は「日本の恥の文化について:過去と現在」というテーマについて書くことになった。

外国人とコミュケーションを取る際に大事なことは、共通な話題について話すか、あるいは相手が全く知らないことについて語り、お互いに意見を交換することが近道だ。

外国人を相手に会話を成立させるためには、相手の国のことを訊くのが手っ取り早い。実際、外国人から日本のことをしょっちゅう訊かれるし、それについて詳しい知識を持っておくことはとても重要だ。

そういった意味で、彼が出してくる出題はとても理に適っていると思う。本当にそんなに日本のことを知りたいかどうか疑問だが、相手が書きやすいテーマについて書かせるというのは、先生の資質としてとても重要だ。

それに海外に出て、まず訊かれるのはたいてい自分の国のことだ。もし、自分がアメリカ人とかならば、いまさら詳しく訊かれもしないだろうが、日本はまだまだ未知の国である場合が多いので、かなりの確率で詳しく訊かれると思う。

10 GOOD REASONS TO VISIT JAPAN

上記の漫画はフランス人のアーティストが日本を旅したときに感じたことをまとめたものだが、けっこう的を得ている。日本人にとっての当たり前は、世界の非常識であたることのほうが、はるかに多いのだ。

そんなわけで、しばらく「英語で大いに日本のことを語ろう大会」と称して、「日本の習慣、文化、それにビジネスマナー」など世界から見て、まだまだ知られていないことを書いた英作文を下記フォーラムにアップしていただた方に、特典チケット1枚差し上げます。

How strange we are!

募集期間は2012年10月31日までです。
ではふるって、ご応募ください。

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2012年9月14日 (金)

親日国に住むということ:ブエノスアイレスにて

いまさら言うが、ブエノスアイレスに来たのは、ほんの偶然であり、ここに来る数カ月前まではオーストラリアのシドニーのマンリー島に住む予定だった。(実際に行ってとてもいいところだったけど、物価が高く家賃も1LDKマンションで20万近いということで、あっさりと断念した経緯がある)

都会のオアシスと英語の人格→マンリー島やオーストラリア人の友人の写真などが掲載されているエントリーです。

そんなわけで、「とりあえずブエノスアイレス行っておくか?」という普通ならあり得ない気軽さでこの地にたどり着いたわけだ。(実際、海外であればどこでも良かったが、ヨーロッパには住んだことがあったので選択肢に入っていなかったし、アメリカ・カナダも当時は魅力的だと思っていなかった)

そして1年以上経過したのだが、一番の驚きはアルゼンチンの人々のナチュラルな親日ぶりだ。

とりあえずアジアぽくって、性能がいいものはすべて日本製という思い込んでいる節があり、日本文化に対しても、なんだか変な憧れがある。

例えば日本だと初対面の相手だと、プラスマイナスゼロの状態で始まるが、ここアルゼンチンでは、最初から+50ぐらいの色眼鏡で見られるので、人付き合いが楽でいい。

「果たして日本という国はそんなにいい国だったっけ?」とアルゼンチン人の激賞ぶりに懐疑的になりながらも、その恩恵に与っている。

20年近く前にイギリスに4年ほど暮らしたが、「日本女子大好き!」というイギリス人男子はけっこういたが、「日本オタク」にはついぞ会ったことがなかった。(たぶん、今ではけっこういると思うが)

またスペイン語を少しでも話せると、さらに彼らの喜びは犬並みとなり、「おまえのスペイン語すげえよ、完璧だよ!」ともうなんだか褒め殺し状態となる。

ちなみにイギリスやアメリカでは・・・・・特にイギリスでは完璧に英語を操れないと若干人を見下す傾向があるので、要注意だ。

白人コンプレックス、あるいは外人コンプレックスとか抱いている人たちは、とりあえず南米諸国に来ればいいのではとすら思えてくる。

言語というの重要だが、言葉を発する前にある程度、こちらに興味を持ってもらわないとどうしようもない。そういう意味で外国人とコミュケーションを取る際には、相手が日本に強烈な思いを抱いていれば、コミュケーションは断然楽になる。

今まで「ここの国の人たちは本当に親日だなあ」と心底思ったのは、ほかには台湾ぐらいしかない。

そんなわけで未だにスペイン語は完璧とは言えないが、会う人がことごとく「君のスペイン語、ほんと上手だね!すごいよ!」と褒め殺しをしてくれるので、極めて上機嫌な日々を送っています。

フランス人やブラジル人だと母国語が似ているので、上手くて当たり前だから、ここまで感嘆されることはないだろう。その点日本人というのは「日本語という訳の分からない言語を操る」民族と認識されているので、少しでもスペイン語が話せると彼らの評価もうなぎのぼりだ。

ああ、日本人で良かった(笑)

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2012年9月13日 (木)

スカイプを使って50分英語で話すということ:人に感動を与えるレッスンについて

リアルでスペイン語のレッスンを週五回、あいも変わらず受けている。

そうして、このあいだ普段受けている先生とは違う先生のレッスンをスカイプで受けてみた。実感としてレッスン時間50分というのは、ただ話すだけのレッスンにしては、長すぎるということだ。

特になんの教材もなく、初対面の人とスペイン語で話しただけだが、内心「早く終わんねえかな」と思ってしまった。

今、じつは二人のマテアス先生からレッスンを受けていて、マテアスメソッドの生みの親であるマテアスとは、1回90分のレッスンを週4回、それはもう密度の濃いレッスンを受けているのだが、もう1人のマテアスとはただ2時間男二人、ああでもないこうでもないと話しているだけだ。

2時間実際に会って話しても、なんの負担にもならないが、スカイプだと50分でもかなり辛い。

もちろん、もう1年以上スペイン語を習っている相手と、初対面の人との違いはあるが、一番大きな違いはスカイプを通して習っていることからの負担だ。

ワンズワードオンラインをスタートするときにこだわったのは、すべてのレッスン時間は50分を一コマにするということだ。教材を使ってまともなレッスンをしようとすれば、50分は最低限必要な時間だという思いは、今でも変わらないが、語学学習者がスカイプで話す負担というものに関しては、無頓着だったことも事実だ。(英語だとそんなに集中して聞かなくても理解出来るが、スペイン語の聞き取りはけっこう必死だから、なおさら身に沁みた)

だからこそ、格安オンライン英会話はほとんどがレッスン時間25分なんだなと納得した。←いまさら・・・

しかし、待てよと思う。それでいいのかと。オンライン英会話スクール側が生徒が50分は長すぎると感じるから、25分で区切るというのは本末転倒だ。最大の問題は、「それで果たして学習効果が上がるのかどうか?」ということをレッスンを提供する側がきちんと考えないといけない。

語学学習者がなにかフワフワした感じで、異国の人とちょっぴり分かり合えた・・・・程度のレッスンを提供することに意義は感じない。

スパルタだろうが、スパルタカスだろうが、がっつり50分やって、きっちりと学習効果を出すことが、レッスンを提供する側の正義であり、使命ではなかろうか!

とそこまで熱くなることはないのだが、弊社の体験レッスンを受講された方が「ワンズワードオンライン 謎の笑顔」というエントリーを書いてくださり、ちょっと思わず感動してしまった。

以前まで受けていたスペイン語の先生は、「さて、今日何するか」というようなことをレッスン時間30分過ぎた頃に言う感じだったので、むしろ心から羨ましいと思ってしまった。

学習効果うんぬんは今の時点で判断出来ないが、「スカイプを使っての50分という英語の学習時間をいかに効率良く使うか?」ということがきちんと考えられていて、手前味噌で恐縮ですが、素晴らしいと思う。

そんな先生が在籍してくれていることに素直に感謝しつつ、内心「マジ、そんなスペイン語の先生、ここブエノスアイレスで見つからないものか」と願っています。

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2012年9月11日 (火)

TOEICのための勉強をしないで、TOEICで高得点を取る方法

世の中には気が滅入るニュースが多いが、そのなかでも個人的に気が滅入るのは、TOEIC関連のニュースだ。

社内英語化の楽天 TOEIC点数足りずに減給される社員は5%

三菱電機エンジ、来年から全社員に「TOEIC」義務付け

TOEICのための勉強なんて、くその役にも立たない。時間の無駄だ。そもそも問題なのは、TOEICのためだけに英語を勉強すると、どんなに高得点取っても、英語で外国人とコミュケーションが取れないことだ。

これではまさに本末転倒だ。

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2012年9月 9日 (日)

新しい言語を学ぶということ:終わりなき旅

ブエノスアイレスに住み始めたから、当然のように周りはみんな外国人となった。
スペイン語はブエノスアイレスに住み着いてから、ずっと勉強しているが、じつは英語の勉強も再開している。

以前も英語の本や英字新聞は読んでいたが、ここのところ毎日新聞を音読しながら読み、洋書もKindleを通じて購入している。

英語を使う機会はスペイン語に比べてずっと少ないが、アメリカ人やニュージーランド人、オーストラリア人、それとイギリス人の友人知人たちがいるので、彼らと英語で会話している。(そういえば、あと英語のネイティブ・スピーカーで足りないのはカナダ人くらいか・・・・南アフリカとかどっかの小さな島も英語ネイティブだった気もするけど)

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2012年9月 5日 (水)

ブエノスアイレスでKindleを発見して:本の未来、紙と電子と本屋について

英語で読むのは面倒くさい。ただ、英語ではないと最近、とみにまともな情報取得が難しいと感じ始めてきた。もちろん、ブエノスアイレスに住んでいるからこその実感だと思う。

本来であればスペイン語で新聞などを読むべきではあるのだけど、英語のほうが圧倒的に読むのが楽なので、ついつい英語で済ましてしまう。また英語のほうがリソースが充実しているということもある。

それで、最近なにげなくiPad版のKindleをダウンロードして、amazon.comで英語の本をいくつ購入してみた。

いやー、びっくりした。
なに、これ!
超便利!

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2012年9月 4日 (火)

オンライン英会話スクール:フィリピン人先生を大事にするあまり星野リゾートでもてなすの巻

先日書いた「一番大切なものを見失わないために:無料なものを有料にするということ」に@kenny_ish 氏が反応してくださったので、まとめてみました。

日本語ネイティブではないのに、なぜか日本人より日本語がうまいという方です。(自分もそんな外国語話者になりたいものです。日本語ブログですら、誤字脱字だらけですけどね)

ソーシャル・ビジネスの創始者であるモハメド・ユネスさんはその講演で、「勘違いしないでください。私ではなく、あながたが世界を変えるのです。毎日行くスーパーマーケットで、ただ安いだけの商品よりも、環境や労働環境に配慮した商品を買ってください。私は未来の子供たちに安全で快適な世界を残していきたい。そのためにはそれはとても重要なことです」と言っていたが、とても共感出来る考えだった。(この講演はこちらでアップしています)

だから、安さだけをウリにするオンライン英会話スクール業界でも、こんな酔狂なスクールが存在してもいいのではとないかと思う。

来年は京都の星野リゾートに連れていこうかな・・・・・年々、日本観光のハードルが高くなって行く気がするな。

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