« 2012年5月 | トップページ | 2012年7月 »

2012年6月

2012年6月28日 (木)

めまぐるしく変わる世界で生き残っていく方法:ブエノスアイレスにて

ブエノスアイレスに帰ってきてから、あっという間に2ヶ月が過ぎ、すでに3ヶ月目を迎えている。去年の今頃は、スペイン語の動詞活用が恋人だった毎日と比べると、日々の生活に変化が現れている。

スペイン語で多少なりともコミュニケーションを取れるようになったので、出かける機会も増えたし、相手が何を言っている分からなくても、とりあえず何事か話すというスタンスを覚えた。

この国では常に何かなくなるし、何事もうまくいかないことが当たり前だけど、それにも慣れた。外国人である自分はこの国に一切の責任を負っていない。そして、言い換えるとこの国に対して文句を言う資格を持っていない。

だから、すべてを受け入れるしかない。

政治も経済も不安定だし、日々何かしらのデモやストライキが起こる。自分の生活に直接影響のあることも多々ある。でも、ここは日本ではなくアルゼンチンだから、「そんなものか」と思って過ごしている。

時々、ブエノスアイレスに住んでいながら外国人がよく文句を言っているのを見かけるが、だったらよその国に住めばいいと思う。もちろん、彼らに選択肢がない場合もあるが、でもやはり外国人は外国人であるから、謙虚に「住まわせてもらっている」というスタンスであるべきだと思う。

特に自分のように、アルゼンチンと何の縁もゆかりもない人間の場合はそうだ。

巷では「世界経済危機」が叫ばれているが、ここアルゼンチンはずっとそんな状態だから、別になんとも思わない。それよりも自分の生活の確保を優先したい。国がどうであろうが、自分次第でどうにかなると思っている。そのように生きてきたし、そのように自分を育ててきたつもりだ。

英語、スペイン語、たしかに言葉は大事だし、コミュニケーションを取れないと何も始まらない。しかし、「なんのために人とコミュニケーションを取るのか?」と問われたら、自分の人生をより楽しむためにほかならない。

アルゼンチン、欧米、それに日本と、どの国を見渡してもみても、不安だらけだ。だからこそ、自分自身にできる限り投資して、何があってもぶれない自分を築くべきだと思っている。

変わらないものは放っておけばいい。そんな人や国からは出ていけばいい、無責任な言い方かもしれないが、最近そう思う。ただ、外国人という身になったら、その国の人たちを敬う心だけは持ち続けたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年6月24日 (日)

マテアスメソッドについて:効果的な英語学習メソッドと日本の一部で話題なアルゼンチン人

今週のフィリピン側とのスカイプ会議で話題となったのが、このブログで紹介した「マテアスメソッド」だ。

ほんの軽い気持ちで紹介したのだが、ワンズワード内ではセンセーショナルな話題となってしまい、先生たちの間でもさかんに「マテアスメソッド」について議論がされている。

Matias01
(日本とフィリピンでそんなことになっているとは思いもしないマテアス先生本人です。いつも「寝起きか?」というくらい髪がぐちゃぐちゃです)

このやり方が優れているところは、レッスンに対しての予習・復習がレッスン自体に組み込まれ、また語学力を向上させるためには必須と言えるライティングを重視している点だ。それにマテアス先生のように高い語学力と添削能力が備わった先生がいれば、非常に効果的だと言える。(ちなみにマテアス先生は、何もいっぺんに添削するのではなく、パラグラフごとに間違ったところにチェックを入れて、答えをまず生徒に考えさせます。ヒントを出しつつ、どうしてもダメだった場合のみ、正解を教えてくれます)

ただ別に何もこれを数回やったからといって急激に英語力が向上するわけではない。語学力向上には魔法なんて存在しない。継続的な努力だけが、語学力を向上させる上で鍵となる。

世間一般には間違った方法や役に立たないメソッドもどきがたくさん存在するなかで、確かに「マテアスメソッド」はとても理にかなった効果的な方法だと思う。特に文章を何度も添削されると決まりきった表現などは暗記出来るし、特定の分野における語彙力も伸びる。

だからといって一朝一夕で、急に語学力が伸びるわけではない。本人の努力が最終的にはものをいう。

最初から自分で努力をしようとしない人たちは、いつも「なんちゃらメソッド」なるものを信奉しがちだから、役に立たない英語学習本や教材に騙される。(かくいう自分も昔流行った「家出のドリッピー」買ったけど・・・・)

優秀な先生、それに有効なメソッドを使っても本人が努力しないとすべては水泡に帰す。ワンズワードではそのすべてを提供しているという自負はあるが、それでもやはり生徒様自身の努力がないと、我々にはどうしようも出来ない。

そんなやる気の持った生徒様に役立つサービスを今後も提供していきたいし、またより一層サービスを向上していきたいと思っている。

【重要なお知らせ】「マテアスメソッドのエッセイ」という題名でワンズワードフォーラムにトピックが生徒様によって立てられました。

マテアスメソッドをご受講している生徒様は、ぜひこちらに投稿していただき、ご自身のエッセイなど掲載してください。もれなく先着10名様に特典チケット1枚配布します。マテアスメソッドの終了後の感想もサポート宛ではなく、こちらに掲載していだければ幸いです。(ただサポートにも感想を同時に送っていただけると大変助かります)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年6月19日 (火)

アゴラ:絶対的に正しい英語なんて存在しない:世界に飛び出して、経験してみる

えー、うっかり書いてしまいました。「フィリピン英会話はアメリカで通用しない!」は余りにツッコミどころが満載過ぎてスルーしましたが、今回続けて二回目なので、イエロカード二枚目ということで(偉そうで、すいません)・・・・・ちなみにうちのJOY先生はアメリカ人に「いやー、てっきりアメリカ人だと思ったよ!」と言われたと言っていました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
日本人はその真面目な性格からか英語を話すときは「ネイティブスピーカーのような発音」をしないと思い込んでいる人たちが多いらしいが、世界的に見てもそんな人種は稀で通常、各国それぞれの訛りで英語を話している。

それに、そもそも「ネイティブスピーカーのような発音」とは一体なんなのか?

アメリカひとつとっても、東海岸と西海岸の英語は違うし、訛りの強い南部に行ったらほとんどの外国人は満足に英語でコミュニケーションは取れないだろう。そのほかにもオーストラリア人、カナダ人、ニュージーランド人、それにイギリス人はみんなネイティブスピーカーだ。

自分が住んでいたスコットランドの首都エディンバラの人たちは、そもそも自分たちも結構訛っているのに、地方都市であるアバディーンに行ったら「あいつらの英語は訛りが酷すぎて、何言っているのか分からない」と言っていたし、ロンドンの人たちはマンチェスターやリバプールの人たちの英語を下品だと言って、毛嫌いしていた。(ちなみにNYに滞在したときに、ラジオで当時流行っていたオアシスのギャラガー兄弟のひどく訛った英語での痴話喧嘩を流したあとに、DJが「彼らは英語は話せないけど、歌は歌える」と言ったのが印象に残っている)

日本人の英語下手の原因は発音教育の軽視にある。日本の発音教育改革に挑むイフ学語学院の「中野メソッド」

まず、このなかで気になったのが、「国際会議では発音が上手い奴がスターになれる。発音が上手いだけで華になれる」という発言だ。いくつかの国際学会などにも参加したことがあるが、アメリカ人などはよく「プレゼンがうまいだけで、中身がない」と酷評されるし、発音さえ良ければスターになれるのであれば、ネイティブスピーカー誰でもOKということになってしまう。(AKBのほうがまだスターになれる難易度がはるかに高い)

日本にいる外国人を二種類に分けて考えてみる。

1. 日本語の発音がすごく上手いけど、話がつまらない外国人。

2. 日本語の発音は下手だけど、話していて楽しい外国人。

圧倒的に後者のほうが好感が持てる。ようは「コンテンツ勝負」であって、そとみはそれほど問題にされない。特に国際社会では英語は話せて当たり前なので、発音が上手かろうがたいしたプラスにならない。それよりは人にないものを持っている人たちが生き残っていく。(世界的指揮者である小澤征爾氏は自他共に「英語の発音が苦手」と認めているが、それが彼の名声を傷つけることは一切ない。それを上回る圧倒的なコンテンツを持っているからだ)

日本人が英語を苦手とされるのは、発音以前の基本的なインプット(特に語彙力、文法)が圧倒的に不足しているからだ。

発音はいいに越したことはないが、しかしそれ以前にクリアすべき問題が多々ある。ある程度英語が話せるようになってから発音練習を始めても遅くはない。(あまり早く始めると、発音を気にするあまり、英語が話せなくなる弊害が大きい)

またコミュニケーションは常に双方向であって、絶対的なものではない。相手や場所、それにこちらのコンテンツに大きく左右される。(会議、レストラン、騒音溢れるのバーで話すときでは、それぞれ要求されるスキルが違ってくる)

英語ありきではなく、自分自身の中身がまず問題であり、それを外国人に適切に伝える手段として英語が存在する。こちらのコンテンツが魅力的であれば、相手はこちらのひどい英語でも付き合ってくれるし、逆にそれほどコンテンツに魅力がなければきちんと継続的に英語を勉強して、最低限のコミュニケーションを成立出来るようにするべきだ。

いずれにせよ絶対に通用する英語なんて、世の中には存在しないし、絶対的に正しい英語の発音なんてものも存在しない。いつまでもそんなことを議論していないで、とっとと世界に飛び出して世界を経験したほうが身のためだ。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2012年6月17日 (日)

英語を学習する意味について問いただす:外国人とコミュニケーションを成立させるということ。

英語とスペイン語を真剣に勉強して思うのは、スペイン語のほうが圧倒的に発音に関しては楽だということだ。ただし、スペイン語のほうが文法がより複雑で、英語を話せてもスペイン語特有の文法をマスターするのは至難の技だ。

よって、アルゼンチン人やスペイン人が英語をマスターするほうが、アメリカ人やイギリス人がスペイン語をマスターするより、簡単だと一般的に思われている。(だからと言って、ブエノスアイレス在住の大半のアメリカ人は全くスペイン語を話せないのはどうかと思う)

だが、日本人にとってみれば、英語の発音というのは非常に難しい。これはスペイン語を少しでも話せるようになってきている今、痛感している。スペイン語の場合は、発音が通じないというケースはほとんどないけど、英語だと当然ある。

で、なぜか日本人は発音に関してはうるさい。たいした英語も話せないくせに、発音に関しては一人前のことを言う。RとLの区別がつかない日本人のくせして、そんなことでお互いに非難し合ってもしょうがないのに、このような議論は止むことがない。

結果、極度に発音を気にするあまり流暢な英語を話せなくなっている日本人話者を多く輩出するようになる。リスニングに関してはRとLの区別がつかなくても、多くは文脈からどの単語か察することが出来るし、スピーキングに関しては「反復練習」を重なることによって発音の問題をかなりの確率で克服することが出来る。

また英語の意味はすべて文脈による。いわゆるコンテキスト重視の言語だ。だから、「この前置詞の意味は?」とか「このitはなにに掛かっているのか?」とかなどを真剣に考えても時間の無駄だ。

発音の問題を気にしなくて済むスペイン語を習うにつけ、「外国語を話す」ということについてずいぶんゆるくなってきた。例えば日本人同士の会話を想像すれば分かるが、会話の8割方は意味のないことをお互い話し合っているに過ぎない。

そうなると、8割の会話が分からなくても、そのシチュエーションと前後の流れでだいたいの内容を掴み、適宜きちんとした答えなり相槌なりを打てば会話は成立する。外国人とコミュニケーションを取るということの極意は「不必要に聞き返さない」ということだ。

そんなことをすると、「相手の会話の流れを遮り、相手に不快な思いをさせて、さらには自分の評価を下げる」ことになる。

「外国語を話すこと」と「外国人と外国語でコミュニケーションを成立させること」のあいだには深い深淵が横たわっており、そのことの根本的な違いをきちんと理解しないと語学を習得しても意味はない。コミュニケーションを成立させるためには、「相手を楽しませる」ことをまずは念頭に置き、「自分の発音の正確さ」や「相手が言っていることを100%理解」することは二の次に置くことだ。

英語はただ単に学習するためにあるのではなく、「より多くの外国人とコミュニケーションを取る」ために学習するものだ。またそれよりもマイナーな言語であるスペイン語などは、グローバル・スタンダードから言うと、もうなんというか趣味の世界の話だ。そんなことにいちいちケチをつける輩はまずいない。

これから多くの日本人が海を渡って、海外で生活する時代になるだろう。そうなったときにいつまでも「口下手な日本人」のままだと損をする。言いたいことだけはきちんと言い、相手の言い分の8割は理解し、最終的には笑って分かり合えるようになることが、英語学習、またはそのほかの外国語学習の真意だと思っている。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年6月15日 (金)

本当に大切なものは目に見えないということ。

「うちは先生たちに最高の労働環境を提供している」とか「先生、生徒様、それに運営会社がウインウインの関係になるように最大限努力している」とワンズワードの理念を話しても、たいていの人の反応は薄い、もうカルピスで例えるならば、なんの味もしないほど薄い。

なぜか?

ほとんどすべての会社がそうではないからだ。「明日は会社だ!ほんと楽しみ♡」と言っている日本人は見たことがない。そして、仕事のストレスのうち、90%以上は人間関係によるものだから、仕事をこなしてもこなしても解決しない。まさに不治の病だ。

だから「最高の労働環境」と言っても、「どうせ嘘でしょ」と思われていると思う。では、そもそも「ワンズワードが考える最高の労働環境」とは一体なにか?

まず第一に考えるのは「能力に見合った賃金」が挙げられる。これは当たり前だ。しかし多くの人は「高い賃金さえ払えば優秀な人材が集められる」と勘違いしている。

それだけではなく、仕事に対する満足度も重要だし、それをきちんと評価することも同じように重要だと思う。そして、人間関係のトラブルに関しては柔軟に対応し、「相手の立場に立って判断する」ということが大切になってくる。(実際に感謝の気持ちを込めて、日本に招待して豪華旅館に招待したり、会員数が250名を達成したことに対しての感謝として全員の給料を上げたりしている)

宣伝や広告にお金を使うくらいならば、彼らの個人的な成長を促すことになるので、もっと多くの先生を日本に招待したり、ボーナスをもっと弾んだり、そんな風に彼らに投資したい。彼らに投資することによって彼らの成長を助け、それがまた質の高いレッスンを生み、顧客満足度に繋がってくる。

ただだからと言って彼らを甘やかしているわけではない。最高の労働環境を提供しているという自負があるので、そのような環境下で成長しなかったり、理不尽な行動を取るのであれば、クビにすることも辞さないし、実際そのようにしてきた。

「人は誰かに言われて育つのではなく、自分自身の気づきによって育つ」と思っている。それに誰かに言われて何かをして達成するよりは、自ら努力して何かを成し遂げたほうが達成感がある。

ついでに言うのであれば、「人に何かを言ったところで人は変わらない」ということもある。せいぜいその場しのぎの言い訳をするか、その場を丸く収めるためにイエスというかのどちらかだ。

まだ運営し始めて3年目なので、これがこの先ずっと続くかどうか分からないが、このような運営方針だけは変わらず持ち続けるつもりだ。まあ、単純にそのほうが自分が楽しいというのが本音だけど。。。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年6月12日 (火)

アゴラ:インターネットが学習にもたらしたもの:革命を起こすということ

今、自分が20歳前後だと仮定して、英語を習得するために留学するだろうかとふと考えた。実際に自分が留学した19歳の頃は、英語の本を読みたければ専門店に行かないと買えなかったし、英会話を習いたければ、たいていは法外な値段を払って、7人、8人ぐらいの生徒とともに学習するのが当たり前だった。

しかし、今では海外の新聞がネットで無料で読めるし、発音がよく分からなければTTSエンジンにコピペすれば、綺麗な発音で読み上げてくれる。(ほかにもこちらや、こちらがあります)

またBBCなども英語学習者のために専門サイトを立ちあげているし、古くからの英語学習の友VOA(ヴォイス・オブ・アメリカ)も取っつきにくい英語だけのサイトではなく、日本語で丁寧に解説しているサイトも無料で存在している。

英会話にいたっては、オンライン英会話により一ヶ月5000円前後を払えば、マンツーマンで学べるようになった。となると留学することに意味はあるのだろうか?

英語学習のためには何千、何万ものサイトが存在し、いつでもどこでもアクセス出来る。10年も前なら、「英語を学びに留学する」という人たちに向かって怪訝な顔をすることはなかったが、今は違う。それだけのために海外に行く必要はない。

ただそれでも留学する意味はあると思う。違う文化圏の人たちと触れ合う生の体験はそれだけでも得難いものだからだ。しかし、ひとつだけ留学経験者としてアドバイスさせてもらうとしたら、「英語を舐めたらひどい目に遭う」ということだ。漠然と留学してから英語を勉強すれば、なんとかなると考えがちだが、たいていの場合、なんともならない。

海外の語学学校では「英語が話せない日本人」がうようよいる。そのなかの一員とならないためにも、日本にいてもこれだけの無料、あるいは安価なリソースが揃っているのだから、それを活用しない手はない。

また結局のところ、「成功した語学学習者」になるためには自律した学習者になる必要がある。そのためには明確な目的意識、自分自身に有効な学習計画などが必要となる。(アカデミックな用語で言うところのメタ認知が重要になるということです。拙ブログの「語学学習におけるメタ認知の重要性」で詳しく説明しています)

ソーシャルメディアやインターネットのおかげで我々は何か革命が起きたように錯覚しているが、本質的には何も変わっていない。ただ、それらをいかに使うかによって実際に自分自身に革命を起こすことは出来る。道具は揃った、あとどう使うかは自分自身にかかっている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年6月 9日 (土)

三ヶ月で英語をマスターする方法!

もうどうにも寒さが止まらないブエノスアイレスから本日もお届けしております。

寒さのあまり自転車に乗ることを諦め、徒歩移動が多くなっている今日この頃です。「¡Que frio!(ケ・フリオ:メチャ寒い)」というつぶやきが街中から聞こえてきます。7月1日から2週間ばかり赤道に近い常夏のコロンビアに行くので今から待ち遠しいです。(首都ボゴタは標高が高いので寒いらしいですけど)

今日は毎日レッスンを習っているマテアス先生の誕生日ということもあり、プレゼントにフェルネット・ブランカを贈りました。

Fernetbranca2こちらのHPから画像を拝借しました)

初めてフェルネットを飲んだときは「まずっ!」と思いましたがコーラと割ると結構いけるので、今は日常的に飲んでいます。マテアス先生も「大好き!」ということなので、1リットル瓶をあげておきました。

本日、ご紹介するのはこちら!(一体いつから情報ブログになったのか・・・・・)

fluentin3months

ここ半年ほどずっと読み続けているブログですが、このブログの主であるBennyさんというアイルランド人は、「3ヶ月で外国語をマスターする」ということを続けており、今まで8カ国語をマスターしてきました。

で、先に紹介したエントリーでは具体的に何時間かけてマスターしたかなど書かれていますが、彼の場合は週40時間を目安として、それを三ヶ月続けてマスターしているようです。彼のメソッドをまとめると下記のようになります。

1. とにかく「外国語を習得する」ということを3ヶ月のあいだは最優先事項とする
2.一日8時間は勉強する
3. CEFRを使って「具体的なゴール」を設定する。(CEFRについてはこちら)
4. 「いつまでに習得する」というデッドラインを決める
5. ブログなどを使って、「〇〇語を勉強している」ということを意思表明し、衆人環視のもと勉強して、自分を叱咤激励する

「一日8時間を勉強する暇ねえよ、バーカ」という忙しい日本人からの指摘はごもっともですが、それ以外に関しては、異存の余地はないですね。勉強時間の確保に関してはそれぞれ個人の問題もあるので一概に言えませんが、日本人に最も欠けているのは「具体的な目標を、いつまでに達成するか」という目的意識を強く持つことではないでしょうか?

まずはそこを明確に意識すれば、一ヶ月の勉強量、一週間の勉強量、また一日の勉強量などが見えてきます。ただ漠然と「英語、話せるようになりたいな〜」と思いながら週1回、2回レッスンを受講しても無駄です。

時々、「どういう風に英語を勉強したらいいか分からない」という寝言のような言い訳が聞こえてきますが、「ああだこうだ言ってないで、単語のひとつでも暗記しろ、ボケ!」と言いたくなります。「正しい学習方法、なんちゃらメソッド、ウルトラ学習法などなど」アホな会社がダメな人たち対象に売り出していますが、結局は「とりあえず量をこなす」しか自分に合った勉強方法は見えてきません。

かくいう自分もスペイン語を始めた当初は、「ひたすら動詞活用の暗記」に明け暮れていました。(ちなみに今でも(泣))

それから先生の取捨選択を行い、質が一番高いレッスンを提供しているマテアス先生一本に絞り勉強しています。またそれ以外にもスペイン語の映画やテレビ、アルゼンチン人の友人との会話などで日々鍛錬をしています。

結局は「優秀な先生を見つけて、二人三脚」というのが一番効率のいい学習方法というのが結論です。次に自学自習をすることが一番大事です。(ちなみに自分は「自学自習、くそめんどくさい」派なので、宿題を出してもらい強制的に予習復習をしています・・・・「自学自習はいかに強制力を持たせるか」が鍵です)

時々、「人間の脳みそはなぜこんなに忘れっぽいのか」ということを夕日を眺めながら思い悩むことがありますが、それほど単語や動詞活用は頭に入ってきません。もう間違えて間違えて、半べそ書きながら覚えていくしかないのでしょう。

「外国人なんだから外国語を話すときに間違えて当たり前」と思いつつ、どんどん積極的に話して、それを修正していくことが語学上達の道だと思っています。(ひそかに「神様、今度生まれ変わるときはスーパーな脳みそで、暗記なんて朝飯前にしてくれ」と思っていたりもしますがね・・・・)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年6月 7日 (木)

英語を含めて多言語を操るということ:結局は中身よねという話し

今日、最低気温0度の極寒のブエノスアイレスからこんにちは!

このあいだ日本に行った時に一度冬を味わい、さらにここブエノスアイレスでも冬を味わう・・・・一年に二度夏を体験すると得した気分になりますが、二度冬を体験すると損した気分になります。。不思議なものですね。

フェアトレードによるオンラインスクールの紹介です。
「競合相手なのでは?」とは思うかも知れませんが、そんな小さなことは抜きにしていい試みだと思うので、紹介します。

Conv_fbf0db494a27418d96928bb75667a9
Global Video Conference

フィリピンのタガログ語や、ヒンズー語まで網羅して、もちろん英語やスペイン語も習うことができます。特に貧しい地域を対象で先生を採用しており、パソコンなどがない場合は、マイクロクレジットでスマートフォン・あるいはパソコンを購入して、レッスンを行うとのことです。

ワンズワードでもフィリピンのNGO団体と提携し、経済的に恵まれない学生を支援しておりますが、こちらはより直接に支援するサービスです。一語学学習者としては「先生への経済的な支援」よりは「自分の語学力の向上」のほうが気になるということが本音ですが、精神的にも経済的にも余裕が有る場合、このようなサービスを利用するのもいいのかもしれません。

外国語を勉強する事でチャリティー

こちらのブログでも弊社ワンズワードを取り上げていただいておりますが、ヨーロッパでは以前紹介したCEFR(ヨーロッパ共通参照枠)の取り組みのひとつに+2というものがあります。これは何かと言うと、自国の言語以外にもうひとつと言わず、ふたつ!、のヨーロッパ言語を学ぶのが望ましいという取り組みです。

日本人からしてみると「おいおいおい、馬鹿いってんじゃねえよ、コラ!英語で手一杯なのに、ほかに二つの言語を学べるわけないだろ!」ということになりますが・・・・・スペイン語とポルトガル語、それにイタリア語は兄弟みたいなもの、それにほかのラテン系言語はいとこ同士みたいなものなので、彼らにとってみればそれほど敷居が高くないのも事実です。

現に8言語ペラペラなイタリア人のPOLYGLOT(多言語を操る人)ルカさんみないな人もいます。英語が出来る程度ではヨーロッパではほんと普通なので、日本によくいる「英語がちょっと出来るくらいでなにか偉そうなやつ」にこのビデオをそっと見せると、いいかもしれませんね。

さらに言ってしまうと何カ国語を話そうが、「中身がつまらなければ相手にされない」ということは万国共通ですので、上辺だけ取り繕うよりはもっと掘り下げて考えて生きていきたいものです。

地球の裏側の極寒のブエノスアイレスにて。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年6月 5日 (火)

もっと世界に触れよう:英字新聞のススメ

海外に住んでいることのひとつのメリットに、「世界経済に対して敏感になる」ということがある。これが果たしてメリットかどうかは微妙かもしれないが、円高や円安といったが生活に直結しているので、やはり気にはなる。

特にアルゼンチンのようなジェットコースターのような経済を抱えている国にいると、どうしても経済関係の話をすることが多くなる。最近の話題はアルゼンチンのドル規制の話しだ。(現在、ドルの売買が規制されており、ほとんどの人がドルを購入することが出来ません。家賃などはドル建てが多いので、外国人にとってみれば、いい迷惑です)

アルゼンチン人に「日本でドルは使っていないのか?家を買うときはドルで購入しないのか?」とか素朴な疑問をされることがあるが、「そんなわけ、ないじゃん」と答えている。以前は1ドル=1ペソだったし、今でも不動産購入はすべてドル建てという国なので、市場にドルが存在しない国がいまいち想像出来ないらしい。

世界には色々な常識があるものだ。

アルゼンチン人の日本やアジアに対する知識なんて「日本は一人っ子政策してるのでしょ?」とか「シンガボールって、ボリビアくらい貧しいのでしょ?」「中国語、日本人話せるの?」とかそんなものだ。

かくいう日本人も南米のことなんて、「南米は全部ポルトガル語でしょ?」「アルゼンチンって、アフリカだっけ?」「アルゼンチンって、ジャングルばかりだよね」とかそんなものだった。(実際に訊かれた質問です・・・・)

で、何が言いたいかと言うと、「みんなもっと新聞読もう!」ということだ。もちろん、自国の新聞ではなく、英字新聞が望ましい。アメリカの新聞やイギリスの新聞を色々と読んだことはありますが、一番のお気に入りはイギリスのThe Guardianという新聞だ。(イギリスの新聞はアメリカの新聞と比べて、世界情勢により注目している気がします)

朝の習慣として、「フリップボード」を使って、Ipad2上でつらつらとめくりながら、英字新聞を見て、時々音読するのを日課にしています。(普段は、スペイン語しか使わないので、英語力を維持するためにも音読は欠かせません)

こうして考えてみると、海外で住むと単位が国から世界となり、より視野が広がるのもメリットのひとつだと思う。もちろん、それには相応の英語力が必須になる。

ちなみに最近、スペイン語の新聞も読もうと意識を高めてじっと眺めていることもあります・・・・じっと見ていると、なんとなく分かった気にはなります。見出しだけでもいいので、意識的に読んで、スペイン語への耐久力を高めていこうと思っている今日この頃です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年6月 2日 (土)

最適な英語学習方法を求めて:明日を諦めながら、一年後に期待する

本屋には多くの「英語学習本」があるけど、いつも見るたびにあまり意味はないなと思っていた。
なぜなら、それは「どこかの誰かの、その人にとって最適な学習方法」であるから、必ずしも自分に合う学習方法ではないからだ。

必殺の学習方法があるとすれば「ひたすら毎日、インプットとアウトブットの量に気をつけながら、継続して英語を学習する」ということだけだろう。

前回紹介したマテアス先生が気に入っているのは、彼がライティングを重視しているからだ。具体的に言うと、「同じテーマで繰り返し書かせる」ことを好んでやる。

例えば、宿題として出された課題を翌日に持っていくと、念入りに添削し、間違いをすべて直して、さらに「接続詞をもっと使って、各パラグラフを繋げる」「ほかの国の例も挙げて、書く」など色々と課題を付け加えて、改善した内容にしていく。(ちなみにスペイン語ですが、ご興味のある方は今週やった課題がこちらからダウンロードできます。気が向いたら英語か日本語に訳します・・・・たぶん)

中級までは文法や語彙の間違いだらけなので、誰が添削しても変わらないと思うが、中上級から上級になってくるとそのような間違いは減り、「いかに自然なスペイン語の表現を身に付けていくか」ということになる。そうなると、自分のスタイルにあってきちんと直してくれる人が必要になる。これが非常に難しいのだが、マテアス先生の場合はいつも納得の添削をしてくれるので大変助かっている。(以前受けていたロレーナ先生は、「あー、まあいいじゃない」と感じでよほど大きな間違いをしない限り、なんでもOKだったなあ(遠い目))

英語でもスペイン語でも「書かないと覚えない」というはひとつの真理だ。

書かなくてもすらすらと覚えられるような天才であれば、書く必要はないが、一般的に書いて覚えるのが一番早い。確かに耳がいい人は、「音で覚える」こともあると思うが、ただレベルが上がるにつれて絶対音感の持ち主でもない限り、複雑な語句を聞き分けてそれを再生することは不可能だと思う。(日常会話程度なら、耳だけで覚えることは可能だと思いますが、それ以上は中々難しいのでは思っています)

書いて、それを音読して、また書いてそれを音読すると記憶の定着率も上がってくる。目と耳と、口を使って覚えるほうが習得も早い。

効率よくインプット(リーディング、文法演習)するために「繰り返し学習」することが必須だし、効率良くアウトプット(スピーキングとライティング)するためにも、「繰り返し学習」することが必須だ。

結局は「語学学習」とはスポーツや音楽と同じで、「繰り返しひたすら学習」することによってのみ、熟練することが可能だ。そのためには、圧倒的な学習量とそれを支えるための「学習の質」が重要になってくる。(どれだけ量をこなしても、質に気を配らないと上達は出来ない。「自分のレベルに合った適度な負荷をいかにかけるか」が重要なのだ。悪い例として出して気が引けるが、以前メルセデス先生が課題として、「法廷での一コマ」的なリーディング課題をスペイン語を始めて半年の段階で出してきたことがある。しかもめちゃくちゃ長くて、辟易した・・・・・無理っしょ、それ、しかも絶対使わない不必要な語句ばかりだし)

そうして、毎日嫌々ながらも、黙々とスペイン語の宿題をこなし、アウトプットを意識して、覚える単語を取捨選択しています。あと一年後、胸を張って「スペイン語を話せます」と言えるように、今日一日の学習を大事にしていこうと・・・・・イヤイヤだけど。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2012年5月 | トップページ | 2012年7月 »