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2012年3月

2012年3月28日 (水)

旅をしながら日本を想う:東京にて

先週の週末から東京に滞在している。
久しぶりの東京で気分は高揚していたが、落ち着いてみると、あまりそれほど楽しくはないなと思い始めている。

単純にもう15年以上も住んだ街なので、何も目新しいこともないのと、ツイッターやFACEBOOKで普段連絡を取っている友人も多いので、お互いにある程度の近況は知っていることもあり、久しぶりに会っても久しぶりな感じがしないということもある。

上半身裸で短パンを履いて、「ガハハハ」と笑っている男たちが多い真夏のブエノスアイレスから、どこかすました感じの黒とグレーを基調としたファッションの東京の人たちと比べると、違和感は募ることも事実だ。

それでも大好きな日本料理を食べて、それなりに満喫はしている。来週以降は大阪に行ったり四国に行ったりと、今まで行ったこともないようなところへと行く予定なので、楽しみでもある。

明日には三姉妹が来日し、3月31日には会員様向けのパーティーも行う。そして、来年には誰を呼ぼうかと色々と思案するのも楽しい。

日本に行ったらやろうと思っている半分もまだやっていないので、これからもっと頑張らないといけないけど、なんだかぼーとしたまま日本滞在が終わってしまいそうだ。今回は合計6週間も滞在予定だが、もっとスケジュールを詰めて、それほど長いあいだ滞在する必要もないかなと思い始めている。

わざわざ日本に戻ってこなくても、日本との関わり合いはあるので、もっとほかの国に行って色々なことを体験するほうがためになるのでは思う。今年はスペイン、イタリア、ウユニ湖、マチュピチュなどに行ってみたいと思っているので、時間がいくらあっても足りない。

日本は素晴らしい国だと思うし、本当に住みやすい。でも、別に今はそれを求めていない。もっと自分が知らないことや経験したことがないことを体験したい。

今年はそれをテーマに旅をしたい。

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2012年3月20日 (火)

自分の間違いの気付かされるということ:ワンズワードオンライン、ここに集う。

昨夜、ワンズワードの先生たちと会合を開いた。

集合場所は自分が泊まっているホテルにしたかったので、いつもよりワンランク上のホテルを見栄を張って予約し、そこのラウンジで集まってもらった。

Allonesword

マニラから遠方にあるイロイロ島に住んでいるリッチー先生以外の14名の先生が全員集合した。そして、その一人一人と個人的に時間を取り、彼らから話を聞いた。僕はスピーチは苦手だし、また自分が逆の立場だったら、誰か発言する人がいたら自分は発言しないので、会議と言う形ではなく個人面談という形を取った。

そのほうが彼らのことをより深く知ることができると思ったからだ。

そして、一人一人と話してみて感じたのは、意外と自分が伝えようとしていることがきちんと彼らには伝わっているなということだ。

個人的には常々、「お金より大事なものがある」と思っているし、また「ベストな労働環境の提供」ということにも気を配っている。でも、そんなことをわざわざ彼らにあまり直接伝えたりはしない。ただ結果的にそのことをずっと考えてそれを実行してきたおかげで、プロフェッショナルな先生たちとその期待に応える異常に知的水準の高い生徒様たちという得難い集団が形成されている。

仕事への満足は、金銭的な享受ではなく、自分自身への肯定感と「何かを成し遂げている」という満足感からなるものだと改めて痛感した。彼らの努力と時間をきちんと有意義なものにするための橋渡しがすることが自分の使命だと思っている。(この業界で最高水準の賃金を保証しているという自負はありますが、それでもそれ以上に彼らはお金以上にこだわっていることがあり、それを実現出来るのはワンズワードしかないと思っているようです)

そのために僕はほかのオンライン英会話スクールが無料で提供している体験レッスンすら有料化し、安易に無駄な広告は一切打たず、彼らの知的レベルに合うターゲット層へのアプローチをひたすら考えてきた。

一ヶ月に100万近いお金を払えばすぐに検索結果の上位に来ますと囁かれても首を立てに振らず、数ある投資の話もすべて袖にしてきた。

「真剣に英語を習得したいと思っている人たちに、最高質なレッスンを提供する」ということ以外は、どれも取るに足らない些細なことだ。それ以外はすべて無駄としか思っていない。

でも、彼ら一人一人と話してみて、自分が間違っているのだなと思った。そんなことよりも、ワンズワードに関わるすべての人たちの生活のほうが大事なのかもしれない。自分が思いもかけないところで、自分がとてつもない影響力を持っていることを痛感した。

僕は「彼らが提供するレッスン」に関しては最大限の注意を払ってきたが、「彼ら自身」の存在に対してそれほどの注意を払って来なかった。レッスンの質こそがワンズワードが求めるものだからだ。

だが、当然そのためには彼ら自身がもっとクローズアップされてしかるべきだし、彼らとて血の通った人間であり、「ワンズワードに良質なレッスンを提供する」以外に様々な役目を社会で負っている。そんな単純なことに今まで、無頓着だったことに彼ら一人一人と話して気付かされた。

スカイプを通じてしか知らなかった彼らがその肉声を通して、自分のなかでリアルになった一日だった。それだけでも、マニラくんだりまで来た甲斐があったと思う。

彼らのことを改めて深く知ると、いかに彼らが優秀でほかに類を見ない集団だと気付かされた。わざわざ遠い国に行く必要もなく、もしかしたら彼らこそが自分が今後必要とすべき信頼に足るビジネスパートナーなのではないかと思う。

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Yakiniku02
(ホテルでの会合が終わり、近くにある焼肉屋さんで、「寿司と天ぷらと焼肉」と日本料理の王道を堪能してもらいました)

「ワンズワードで英語を教える」ということが生きがいであり、彼らの人生の満足度に直結しているのだなと初めて気づいた。自分ほどワンズワードに関して考えている人間はいないと思っていたが、彼らのほうが自由にならない分、逆に考えているのかもしれない。

Kyotou_onesword
(ワンズワードの二大巨頭・・・・・・)

そのような期待に今後どのように応えていくかが自分の課題でもあるし、彼らの能力を今後最大限に引き出すのかも課題である。

でも、1つだけ言えるのはとても楽しい一日だったし、学びの多い一日だった。そのような日をいかに増やしていくかが自分の課題であることを考えると、昨日は気づきの多い日だった。

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2012年3月19日 (月)

友達を作ること、彼らを遇するということ:新しいビジネスモデルを求めて

生きようと思えば、どこでも生きられる。
今、すぐにでも気に入った街に行って生活をはじめることはできるけど、しばらくはブエノスアイレスで暮らすつもりだ。

それは少し馬鹿にみたいに聞こえるかもしれないが、「友達を作ること」を優先させたいからにほかならない。

時間が有り余っている学生の頃ならいざしらず、社会人になってから友達を作るのは意外とけっこう難しい。特にそれが言葉の通じない海外ではなおさらだ。

だからこそ、あと1年はスペイン語の勉強に打ち込み、それから2,3年ブエノスアイレスに滞在することが望ましいと思っている。せっかく知りあった人たちと何か一緒にビジネスでも出来たらいいなと思っている。

「人あってのビジネス」が僕の基本だ。

オンライン英会話スクール「ワンズワードオンライン」もそのように始まり、今でも続いている。

友達と一緒に何かやるのは楽しいし、ストレスもない。先生採用の基準も「こいつとは友達となれるか」という要素も重要な要素だと思っている。(もちろん、全員それで採用することはないが、人間的魅力がないと英語が完璧でも不採用にする)

今、中心になってスクールを運営している三姉妹が日本に滞在するが、ビジネスとしては「会員様のためのパーティーに出席する」だけのために来る。それなのに11泊12日の旅程だ。理由はせっかく日本に来るのであれば、色々なことを経験して欲しいと思っているからだ。京都に行ったり旅館に泊まったり、原宿でショッピングしたり、日本を満喫して欲しい。

友達を遇するときがそうであるように、彼らに日本を楽しんでもらいたい。

人によってはこのような考えは甘いと思われるかもしれないが、別に自分が好きでやっていることだし、すべての責任は自分が背負っているので文句を言われるいわれはない。それに自分が彼らを必要以上に遇しても彼らがその期待に応えるとも思っていない。

自分がこのように接してもらえたいと思っているやり方で、なるべく人に接したい。それが友達であれば、なおさらのことだ。自分がやりたいやり方で人を接しているだけであって、その結果に頓着はしない。(あまりにひどい場合はその人間関係を容赦なく切る冷たい側面も持ち合わせていますが・・・・)

理想を言えば各国で生活をして、そこで得たノウハウをもとにそこの人たちとビジネスをしていきたい。自分がハブとなって色々な人たちが混じり合い交流していく様を見るのは楽しい。

次の目的地、次のビジネスは未だ未確定だけど、一生懸命生活しているあいだになにか思いつくだろう。それが今から楽しみで仕方がない。

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2012年3月18日 (日)

喧騒に満ちた香港にて:旧友との再会

今、香港に来ている。

Yasai

そして、久しぶりに旧友のスティーブンと再会した。彼は香港近郊の街のインターナショナルスクールで教師をしており、週末香港に遊びに来て、一緒に滞在した。

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(AIRBNBで見つけたアパートに滞在した。写真をクリックすると、ページに飛びます。SOHOのど真ん中にあり、立地条件は最高です。難点は7階にあり、エレベーターがないこと)

僕達はひたすら食べて、飲んで、「香港最高!」と思えるほど楽しい週末を過ごした。特にスティーブンは街というか、ほとんど村に近い場所に住んでいるので、久々の都会生活を楽しんでいた。

Pig

それでももうすぐ三歳になる子供が恋しいと言って帰っていった。あんなにわがままだったスティーブンがすっかり子煩悩になっていて、なんだかおかしかった。

僕達は二十歳そこそこの頃、時給900円くらいのどうしようもない低賃金なウェイターやバーテンダーをしながら、ロンドンで生計を立てていた。もう14,5年前のことになる。あの頃に比べれば、お互いものすごく恵まれた環境に今いるが、あの頃自分たちが香港で再会して楽しい時を過ごすなんてことは想像もつかなかった。

Kingyo

僕達はどうしもなく若かったし、途方もない夢と希望を抱き、ロンドンで貧乏なあまり鬱屈した生活を送っていた。それが今では僕は起業家となり、ブエノスアイレスに住み、スティーブンは中国で先生となっている。人生、何が起こるか分からない。

僕達はSOHOにあるおしゃれなバーで男二人、ひたすら語り合い、旧交を温めた。人生で何人か「この人のこと好きだな」と思える友人が出来るが、彼もそのなかの一人だ。土曜日の夜ということもあり、僕達はそのままブエノスアイレスの友人から教えてもらった「VOLAR」というスーパークールなクラブへとなだれ込み、なぜか男二人肩を組んで踊りあかした。

今となってはクラブなどにはほとんど行かなくなったが、たまの再会だからよしとしよう。そのあと、僕達は24時間イングリッシュブレックファーストが食べられる「フライングパン」というところに行き、朝の8時にヘビーなイングリッシュブレックファーストを食べ、我らの城へと帰った。

馬鹿馬鹿しいほど喧騒に満ちた香港の週末だけど、一年に一回くらいならばいいかもしれない。スティーブンとこんな夜を過ごすのは、そうそうないだろう。あと20年もすれば、僕達が「クラブ」に行くというと、「ビンゴクラブ」のことを指しているかもしれないね、と言って笑いあった。

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そうして香港の滞在は終わりを告げ、またマニラへと明日戻る。いい休暇だったし、また香港に戻ってきたいと思っている。

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2012年3月15日 (木)

目に見えない何かを追い求めて:マニラの空港にて

昨日からマニラに来ている。
そして、今から香港へと向かう。マニラには19日に戻ってきて、先生たちと会う予定だ。

マニラに来るのは一年ぶり以上だが、思った以上に経済が発達してきているなと思った。たぶん、比べる対象がブエノスアイレスだからかもしれないが、「成長著しい国」という印象を受ける。アルゼンチンにいたっては、どこかワビサビが効いた衰退国という印象を未だ拭えないが、フィリピンの場合は国民一体となって「経済的な豊かさ」というものを追い求めることを感じる。

日本の高度成長期もそのような高揚感があったのだろう。
逆にだからこそ、個人的にはフィリピンよりはアルゼンチンのほうが住むには魅力的に感じる。「経済的な豊かさ」を通り越して、「人間、金だけじゃねえな」的な開き直りがアルゼンチンにはあるからだろう。

アルゼンチン人はよく「ペソはお金じゃない」といって、自国の貨幣すら信じておらず、お金が貯まったら家や車などの「モノ」に替えてしまう。

いわば貨幣経済を真っ向から否定していると言っても過言ではない。

豊かの同義語が「経済的な豊かさ」であるうちは人生はシンプルだが、それを通り越してしまうと、とたんに人生はより複雑になる。

今度は個人個人が、「自分なりの豊かさ」を追求するはめになり、その選択肢は千差万別だ。だが、日本のようにいまだ旧来の「いい大学、いい会社」「終身雇用制」などの価値観を引きずっていると、窮屈になって自殺する人たちが後を絶たないのだろう。

アルゼンチン人などは「人生、がんばっても仕方ないから、なるべく楽しもう!」と体のいい諦念があり、それが彼らをより魅力的にさせている。

一昨年に自分が住む国を決めるために当然、その候補のひとつとしてフィリピンを考えたが、断念した。ブエノスアイレスのどこか陰のある味わい深い文化的なものに魅力を感じる自分として、「ビーチ、リゾート、太陽」のフィリピンはあまり心に響かなかった。

自分は常に「目に見えるもの」ではなく、目に見えない、表現しづらいものに魅力を感じる。お金、ビーチ、経済・・・・そのようなものよりはもっと大切な何かを追い求めていきたい。

ただこうして久しぶりにアジアの国に来てみると、自分が生活している南米諸国との違いに愕然とする。その大きな価値観の違いに気づけただけでも、ブエノスアイレスで生活をして良かったなと思う。

多民族国家で世界でも稀にみるコスモポリタンであるブエノスアイレスの魅力を、アジアに来て改めて感じている。当分はブエノスアイレスで生きていこうかな・・・・・このような選択肢を持っているだけでもとても幸運であるとひしひしと感じている。

マニラの空港にて

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2012年3月10日 (土)

人生のペーソスについて考える:ブエノスアイレスから帰国して

ようやく日本に着いた。
ブエノスアイレスから35時間ほどかかったのだが、機内ではずっと映画を見ていた。10本以上は見たのではないだろうか?

そのなかでも最も印象深い映画だったのがウィル・フェレル主演の「Everything Must Go」という映画だ。(ちなみに「Everything must go」は引越しするときに行うガレージセールや倒産セールのときの売り文句、日本語で言うと「持っていけ、泥棒!」という意味です)

ストーリーを一言で要約すると、「アル中の男が突然失業し、その日に奥さんにも愛想をつかされ、家の前に荷物を放り出され、仕方なくその前に座り、失意のどん底にいながらも人生を考えなおす」というものだ。
(詳しくはこちらのHPに紹介されています)

村上春樹が愛してやまないレイモンド・カーヴァーの原作を映画化した本作は、レイモンド・カーヴァー原作の多くの映画がそうであるように、映画が小説を上回っている。それだけ、彼の小説は映像的だと言えるのかもしれない。

レイモンド・カーヴァーの小説は何冊か読んだがどうしても好きになれず、たまたま見た巨匠、故ロバート・アルトマンの「ショート・カッツ」を見て、改めて彼の小説を読み返したら、とても好きになった。

人生のペーソスが面白おかしく描かれ、それが映画で見ると、もっとビビットに伝わってくる。特に本作のウィル・フェレルは、失意のどん底にいて、ビールを飲んで自暴自棄になっているにも関わらず、どこか笑えてしまうユーモアをうまく表現している。

人生からユーモアを取ったら、何も残らない。

常々、そう思う。
くだらない人間ほど眉間にしわ寄せながら、くだらない真剣な話しかしないが、人生どう取り繕ったところで、それほど意味はない。だったら、なるべく楽しく、面白おかしく過ごしたほうがい。ただ、そうは言っても、たいていは失敗の連続でそれほどうまくいくわけではない。だったら、それさえも笑ってしまおうではないか・・・・そのような割り切り方がとても心地いい。

日本に帰ってきてまだ一日しか経っていないが、どこか窮屈さを感じてしまう。ブエノスアイレスの自由で鷹揚な空気がもう懐かしい。それほど「頑張る」ことはないのでは?もっと肩の力を抜いて、楽しく生きればいいじゃないか・・・・そんなことをつい思ってしまう。

我々は「頑張る」ことを追求し評価して、著しい経済発展を遂げたが、もう頑張ったところで以前のように評価されず、お金を稼ぐこともだんだんと難しくなってきている。努力することは何よりも大事だが、自分の限られたリソースをいかに有効利用するか、それが最も大事なことだと、まだ多くの人は気付かない。

でも、それでもいいのかしれない、ユーモアさえ失わなければ、人生楽しく過ごすことは可能だ。そんな、言ってしまえば誰にとってもたいして得にならない教訓を、ひっそりと心にしみる感じで教えてくれるいい映画だ。

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2012年3月 5日 (月)

白人至上主義者が羨む街、東京:ブエノスアイレスにて

たまたま知り合った人の結婚パーティーが近所で開催されていたので、土曜日の夜に行ってきた。屋上のテラスで音楽をがんがん鳴らしながら開催していたので、隣近所の人たちのことが気になり、そこに居合わせた人に訊いてみると「朝5時くらいまで当たり前だから、大丈夫じゃない」と無責任な答えが返ってきた・・・・

結婚するのはアメリカ人男性とアルゼンチン女性のカップルだったが、圧倒的に外国人が多く、会話はほとんど英語だった。

いつもこういう場所で英語を話す機会にめぐり合うと思うのだが、リスニングスキルが一番難しい。音楽ががんがん鳴り響き、その上アルコールが入ったうえでの会話なので、集中力を保つことが難しいからだ。

また日本人はビジネス会話、ビジネス会話としきりに言っているが、「音楽ががんがん響きわたるなかで、ワインを飲み交わしながら、気の利いたセリフを言うこと」のほうが言語学的には断然にハードルが高い。

仕事上での英語なんてものは、お互い利害関係が絡んでいるし、共通の知識の上での会話なのである程度成立するが、初めて会う人たちと飲み交わしながらの会話は、相手の話をきちんと聞かないといけないのでけっこう面倒くさい。

しかし、ブエノスアイレスで出会う外国人と知り合うたびに思うのは、みんなやりたい放題だなということだ。昨日、少し話したニュージーランド人は5年間くらい上海に住んだ後は、「なんかバブルな感じに嫌気が差した」とのことで、ブエノスアイレスに住み着いたとのことだ。日本だと「東京に嫌気が差して、田舎に帰る」というのは一般的だが、上海→ブエノスアイレスという自分のなかで新鮮だった。

また以前行った「起業家パーティー」の主催者の人と再会し、彼とも色々と詳しく話をした。彼はブエノスアイレスに住んで5年ほどになるのだが、以前に会社を売却したお金でまたブエノスアイレスで起業し、ようやく5年目で初めて黒字化に成功したのだという。

起業は華やかな面だけが取り沙汰されているが、どの場所でもやはり苦労が大きいのだなと思う。

彼はエリックさんというのだが、東京の高尾に1年ほど住んでいたことがあり、日本語が少し話せるということだった。やはり、ブエノスアイレスくんだりまで来る人達は、世界中をダイナミックに動いているのだなと思った。(またちなみにこのパーティーでも唯一のアジア人でした・・・・・)

ただそれにしても、「日本人」と言うと非常にみんなの食いつきがいい。少し話したアルゼンチン人の女の子は建築を勉強しているので、「日本の建築は本当に素晴らしいから、ぜひ一度日本に行きたいと思っている」と言っていた。安藤忠雄のようなモダンな建築もいいけど、もっと古い木造建築に興味があるらしい。

アルゼンチンやウルグアイは白人至上主義者が多いから人種差別があると風の便りで聞いたことがあるが、実際に体験したことはない。どちらかと言うと、「スーパークールな東京のような街に住んでいながら、なんでブエノスアイレスくんだりまで?」という自分たちを卑下する人たちのほうが多い。

この「日本ブランド」がいつまで続くが分からないが、続いているうちに海外生活を満喫するのは悪くない選択だなと思っている。

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2012年3月 2日 (金)

後悔がない人生のために:スペイン語を話すということ。

スペイン語の勉強を始めて11ヶ月が経った。
そのうちの10ヶ月はただただ辛かった。しかし、ようやく最近、スペイン語の勉強自体を楽しめるようになってきた。それはひとえに自分のスペイン語のレベルが上がったからだと思う。

またそれとともに、優秀な先生に出会えたことも大きい。今でも4人の先生に週7回スペイン語のレッスンを受けているが、そのなかでもマテアス2号のレッスンのクオリティーは半端ない。(彼からは週三回レッスンを受け、ロレーナ先生週二回、あとは週一回づつだ)

例えば今日のレッスンはこうだ。

1. 宿題の答え合わせ(おもに接続法、前置詞の使い方など文法的な出題が多い)

2. 次回の宿題のための説明(エクササイズを一、二問やって、残りは宿題)

3. 宿題として出された新聞記事の読解に対しての意見を述べる。

4. さらに新聞記事を読み進め、意見を交換する。

これで一時間半の授業はあっという間に過ぎる。ほかの先生たちは2時間のレッスンなのだが、たいてい時間を持て余し、こちらが時間配分についてかなり気を使うぐらいだが、マテアス2号のレッスンに関してはそのような心配は一切ない。

また彼の文法的な説明やスペイン語特有の言い回しについての説明は非常に的確で、「こいつの言うことならばまず間違いない」と思わせる。

ブエノスアイレスに来てからずっと習っているメルセデス先生などの説明はネイティブにも関わらず、「これはちょっと違うのでは?」と思うことも多々あるのだが、彼の場合はそのようなケースは一切ない。

超初心者から中上級者まではかなり順調にレベルアップするが、それから真の上級者になるにはハードルが高い。おそらく、「自分はスペイン語の使い手」であると胸が張れるようになるには、あと一年間ぐらいは費やす必要があるだろう。

初心者に物事を教えるのは簡単だ。だが、彼らが中上級者レベルになると、その彼らをそれ以上のレベルに上げるには、プロ中のプロではないとうまくいかない。だからこそ、真に優秀な先生が必要となる。

もちろん、これは英語学習には同じことが当てはまる。
よく「楽しく英語を勉強しましょう!」などの謳い文句を見かけるが、そのような寝言を言っている業者や会社はすべて潰れてしまえばいい。

本当にあほかと思う。

語学学習というものは、人生がそうであるように大概の場合、苦しみと我慢の連続だ。そして、それを超えればある種の桃源郷が見える。そして、それは見えるだけあって幻想で終わる。語学学習者は終生、「学ぶ人」で終わり、それを極めることは叶わない。そのようなことを自覚してこそ、語学学習の醍醐味がある。

おそらく我々は自分たちが手に入れたいと思っているものを手に入れることはないだろう。だが、だからこそ死ぬほど努力する必要があり、またその価値があるのではないだろうか。

今から一年後、僕は自分が話したいと思えるスペイン語のレベルには到達しているだろう。それでもしかし、どこか不安と不満を抱えながらこのブエノスアイレスで生きて行くのだろう。

完璧さなど求めても無駄だ。ただ願わくば、この苦しみを多くの同じような語学学習者と分かち合い、共有していきたい。

我々は皆、不確かな身分であり、明日の身がどうなるすら分からない。だが、それでもこの大事な自分の時間の大半を費やし、違う言語を勉強している。

多くの間違いを犯し、どうようもない失敗をしでかしているかもしれないが、少なくてもこの一年で費やしたスペイン語の勉強量だけは裏切りたくない。

ただ少なくてもあと一年は自分に時間を与えようと思う。それから、すべてを判断しよう。そうして、これからの楽しみは僕は手に入れ、それを続けていきたい。


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