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2011年10月

2011年10月28日 (金)

英語によるコミュケーション術:咄嗟に英語が出てこない人たちのために

人はよく英語を話すときは、英語で考えろと言う。
それが最初から出来ていたら苦労はしない。

だが、ある程度勉強して、英語の文法や日常的によく使う語彙を暗記していても、どうしても咄嗟に英語が出てこない人たちは非常に多い。(自分もスペイン語を習い始めて半年なので、この気持はよく分かる)

そういう人たちを見てて思うのは、まずは日本語で言いたいことを考えて、それを日本語から英語に翻訳しようとしているのだろうなということだ。別にこれで流暢に話せるのであれば何も問題ないが、なかなかそうはいかない。

しかし、だからといって常に英語で考えるほどの環境に身を置いてないし、それほどの必要性もない場合もある。そのような場合は、まずは自分が知っている単語で組み合わせて、自分の言いたいことを伝えればいい。

例)質問:What did you do last weekend?

と聞かれたら「えーと、週末は休日出勤して、それから友達の頼みで結婚式の衣装合わせに付き合って・・・・」と考えると、「きゅ、休日出勤って、英語でなんというのだろう??」「い、衣装合わせって英語でなんといえば・・・・ああ、分からない」とパニくる。

このような場合は、下記のように言えば切り抜けられる。

答え: I had to work on Saturday.....(土曜日は仕事だったんだよ)

といえば、「Oh, you had to work on Saturday!! That's awful!(土曜日に仕事!それは大変だね!)」と相槌か感想を述べてくれるから、そこで時間を稼ぎ、次に衣装合わせに関しては;

答え:My friend is getting married, so she wanted me to come with her......She wasn't sure about her dress that's why.(友達が結婚することになったんだけど、彼女が一緒に来て欲しいって、言ってきて。結婚式のドレスについてちょっと自信がないらしいからね・・・・)

翻訳してビンゴの英語を知っているのであれば苦労はしないが、現実は中々そうはいかないし、またその必要もない。

実践の場では、英語を話すことが第一の目的ではなく、「英語で外国人とコミュケーションを取ること」が最も優先される事項だ。だったら、自分が言いたいことはよりシンプルに分かりやすく伝えるのが基本であるし、そのほうが相手に喜ばれる。

それに人と会話するとき、誰もそれほど注意深く人の話を聞いているわけでもないし、大まかな事実を伝えればいいことがほとんどだ。だから間違いなんていちいち気にする必要もないし、コンプレックスを抱くこともない。

語学の勉強なんて、結局は気が遠くなるほどの時間がかかる。だから、なるべく気長に気楽に構えていたほうが長続きする。自分も半年前にスペイン語の勉強を始めたばかりだが、「老後の楽しみが増えた」と構えて、末永く付き合っていくつもりだ。


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2011年10月23日 (日)

初心忘れべからず:リスクを取って生きるということ。

人はよく「初心忘れべからず」と言う。
しかし、それはとても難しい。特に年を取れば取るほど、難しくなってしまう。

なぜなら年を取れば取るほど、周囲の環境に慣れ、自分自身の存在にも慣れ、また自分の人生の可能性にも慣れてしまう。いつのまにか、物知り顔で人の人生や物事に口出しをし始め、訳知り顔で本当はよく分からないことにいちいち頷くようになる。

立派な「大人」の出来上がりだ。

そういうことに対しての反発もあり、わざわざ地球の裏側にあるブエノスアイレスまでやってきたのだと思う。特に仕事の面で言えば、もう一度新しい言語であるスペイン語を一から学ぶことによって、本当に初心を取り戻すことが出来た。

何人かの先生に学ぶことによって、彼らの長所や短所を見極め、それをワンズワードの先生たちにも当てはめて考えることが出来る。すでに知っていることではあったが、体験としてもう一度焼き直すことはとても大切な作業だ。

人は人生をリセットしたいと言うが、残念ながら人生とは「壮大なひとつのバランスシート」なのだ。築き上げた資産(人間性、人間関係、思考、知力、財力など)と負債(人間的な短所、マイナスな人間関係、惰性、マイナスな感情など)はどこに行ってもつきまとう。

だからこそ、「初心忘れべからず」などだろう。

人生において大切なことはいつまでも変わらない。人生を知れば知るほど、分かった気になってはいくが、いつまで経っても本当にすべてを知ることは出来ない。そのことを思い知るために、何か新しいことに挑戦するのは素晴らしいことだ。

英語でもスペイン語でも、タンゴでも何でもいいが、新しいことを知る努力をするということは、自分の未熟さを思い知り、人間を謙虚にさせる。

次元の違う話になるがバルセロナにあるピカソ美術館に行ったときに最も感銘を受けたのは、その時系列に並んだコレクションを見て、彼が自分で一度そのスタイルを極めたと思ったら、あっさりそれを捨てて常に新しいチャレンジをしていることだ。(美術教師だったピカソの父は、13歳の少年ピカソが描いた「鳩の絵」を見てその圧倒的な写生力に驚き、それ以降絵筆を握らなかったという)

よく才能を持て余すというが、それは裏を返せば、何も新しいことにチャレンジしていないということなのかもしれない。

天才の人生を真似ようと思っても無理だが、時々自分の人生を振り返って、そこに何も新しい挑戦がなければ、リスクを犯す節目なのかもしれない。

老後は縁側の縁に腰をかけて緑茶でもすすりながら、将棋でも指して余生を送りたいと思っているが、それまでは常に新しいことにチャレンジする姿勢というものを失わないようにしたい。


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2011年10月19日 (水)

神は細部に宿る:食欲から導き出されたひとつの真理

僕は自慢ではないが、ものすごくおいしいレストランを探し出すのが得意だ。もちろん、誰にだっておいしいレストランとまずいレストランくらいは見分けられるとは思う。まずいレストランをちょっと覗くと、閑古鳥が鳴っているし、店の雰囲気がなんとなくいけていない。

だが、おいしいレストランとものすごくおいしいレストランを見分けるのには、長年のあいだ培った勘とあくなき食欲が要求される。

これは実話だが、一昔前、その頃いつも一緒にランチを食べていた友人に「もう近所のレストランは食べ飽きたので、今日こそは新規開拓して、ものすごくおいしいレストランを見つける!」と宣言したことがある。

そうして、半蔵門あたりを練り歩き、見つけ出した場所がここだ。

店は地下一階にあり、表からはどのようなお店か伺い知ることは出来なかったが、その看板ひとつ取ってもぷんぷんと「出来る店」の雰囲気を醸し出していた。そして、その予想は見事に当たり、非常に満足したランチを食することができた。

で、何がいいたいかと言うと、「本物は匂い」で分かるということだ。

ワンズワードオンラインのための先生面接でも、だいたい最初の数秒、あるいはメールのやり取りだけで、その結果はだいたい予想が出来る。やはり本物はメールからでも、強烈な香りを醸し出してくるものだ。

これはとても説明するのは難しいのだが、ニセ者も本物と同じような強烈な香りを放っていることが多いので、けっこうコロリとだまされることが多いことだ。過去、自分もけっこう痛い目に何度かあったので、細心の注意を払っているが、それでも時々足下をすくわれることもある。

どうして急にこのようなことを書いたのかというと、下記の記事を読んだからだ。

スティーブ・ジョブズさんのスピリットは生き続ける

周りをどなり散らして、自分勝手な要求ばかりする経営者、他人の人生を犠牲にすることなんて会社の成功のためには当たり前と思っている経営者とスティーブ・ジョブズのような本物の経営者の違いが本当によく理解できる記事だ。

願わくば自分も「本物」の仲間入りをしたいが、それにはまだまだ本気で色々と取り組むことは多そうだ。

けれども、ひとつだけ言えるのは、少なくても自分の会社のサービスを利用している人たち、それに雇用している人たちに関しては有言実行していると断言できる。

そんな些細なこと誰も気にしないのにということまでも、なるべくケアしている。それこそ、ジョブズの言うように「神は細部に宿る」だろうから。


(これはけっこう本当です。「なぜ採用は2秒で決まるか」ご興味ある方はぜひ!)

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2011年10月16日 (日)

日本人が忘れがちなもてなす心:豆腐屋さんのコロッケ

子供の頃、豆腐屋の親父さんが来るのが待ち遠しかった。

自分が生まれ育ったのは京都の嵐山というところで、今でこそ観光地としての地位を確保しているが、当時はバブル前で、家の前にはガレージとは名ばかりの砂利地があり、その先には雑草が生え茂っている広大な空き地があった。

豆腐自体は好きではなかった。けど、その豆腐屋の親父さんは車で「とーおーふー」とスピーカーで鳴らしながら、ゆっくりと近所を回っていた。自分を含めた子供たちはその車につかまりながら、一緒に近所を回り、自分たちの母親が豆腐を買い求めてくるとお手伝いをした。そして、豆腐屋の親父さんはそのご褒美に子供たち全員にコロッケをくれた。

ブエノスアイレスに来て、ふとそのときのことを思い出した。

最近、新しく引っ越してきたところは一軒家の2階部分を占有しており、下の階にはファンさんという60歳くらいの大家さんが夫婦で住んでいる。

ファンさんは僕たちがここに住むときに「君たちにはここで快適に気持よく過ごしてもらいたいと思っている。だから、なにか問題があったらいつでも言ってくれ」と言われた。

話し半分で聞いていたが、住んで一週間もしないうちにシャワーを浴びるためのお湯が満足に出ない事態になり、そのことで連絡をした。そのあと、チリにいっているあいだに新しくお湯のタンクを購入してくれ、それで万事オッケーだと思ったが、それでもお湯はシャワーを浴びられるほどには出なかった。

そうこうしているうちに、日本からの友人があと数日でブエノスアイレスに来るという段階になったが、ファンさんは新しく買ったタンクは小さ過ぎるから、今度はもっと大きいのを買って工事をすると言った。

工事をするのは別に構わないが、工事をして全くお湯が出なくなったら悲惨なので、友人が来るまえか帰国してからにしてくれと言った。そしたら、ファンさん早速、その翌日の朝にやたらとでかいタンクを設置しに来て、ほとんど一日がかりで取り付けをして、今度は見事に問題を解決して帰っていった。

「君たちにはここで快適に気持よく過ごしてもらいたい」はどうやら本気のようでそのあともたまにメールで「何か問題ないか?」と訊いてきてくれる。

今度はラファエルさんの話をしようと思う。

彼とはチリから帰国したときにたまたま乗ったレミース(空港からのタクシーは非常に危険なので、まともな人はアルゼンチン版ハイヤーのレミースに乗る)の運転手として知り合ったのだが、その細やかな気の使いようは素晴らしく、いっぺんに彼のファンになってしまった。

ちょうど一週間後、日本からの友人が来たときに彼に再度お願いし、自分の家から空港まで往復してもらった。

そうして、日本からの友人が日本へ帰国するときも彼を呼んで、友人を空港まで送ってもらうことにした。

彼に電話したときに「明日の夕方6時半に来てもらえますか?」と訊いたが、彼は「もちろん」と答えて、そして「出発時刻は何時ですか?」と訊いてきた。「20時半」と答えると、6時半だと余裕がないので、5時半にしようと言ってくれて、結局ラファエルさんの判断が正しかった。

彼だと安心なので空港までは友人を送らなかったが、ラファエルさんは「デルタ航空はそっちだから」とわざわざ道案内までしてくれる徹底ぶりだったらしい。(ちなみに片道170ペソ(約3000円)が相場なのだが、彼はそれよりも低い160ペソと言って友人に請求したらしい。結局、友人は余ったお金を彼に全部渡したらしいが・・・・・)

これが日本だと「会社のため」「サービス精神」などという無機質なイメージに変わるが、ここブエノスアイレスではまだ「気持ち」が残っている。言ってしまえば、日本以外の国はすべて個人本位で動いており、いかに信頼出来る人と知り合えるかがすべてを決定する。

高度に「サービス精神」とやらが発達してしまった日本では、「人に感謝する気持ち」は逆に退化し、何もかもが当たり前になっている気がする

しかし、結局人が仕事を続けられるのは、人に喜ばれるのが嬉しいからだと思う。ファンさんやラファエルさんからは目先の損得よりは、せっかく知り合ったのだから、その人たちには喜んでもらいたいという気持ちが感じられる。

ワンズワードもそのようにありたい。

子供の頃に出会った豆腐屋の親父さんも、きっとコロッケはそのような気持ちで子供たちにあげていたのだろうなと今になって思う。100%純粋な気持ちでコロッケをあげていたとは思わない・・・・そもそも100%純粋の気持ちなんて存在しない。

どうせ同じ仕事をするなら、人に喜んでもらうほうが楽しいし、そのほうが継続できるだろう。「サービス精神」「お客様のため」「顧客満足度」・・・・最近はどうもそれらの言葉が空虚に聞こえて仕方がない。

本当に大事なのは「気持ちであり、もてなす心」だ。きっとそれを忘れて「サービス精神」という言葉が一人歩きをしてしまったから、誰もが息苦しい世の中になってしまった気がする。

だから、せめてソーシャルメディア(ブログ、ツイッター、FACEBOOKなど)を有効に使い、今後も気持ちが伝わるように努力をしていきたい。

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2011年10月12日 (水)

調子をこかないことの大切さ:言語を学習するために必要なこと

日本から友人がブエノスアイレスに遊びに来ているので、また改めてサンテルモの骨董市や、そのほかの観光名所を回っている。しかし、それでも仕事は続き、人生も続く。このようなときについおろそかになってしまうのが語学学習だ。

ぶっちゃけ、どのようなときでも語学学習というものは、おろそかになる。

特に日本のように英語を日常使う必要がない場合、尚更そうだろう。また海外に行けば、すぐにその国の言語をマスター出来ると思っている「言語学習のおのぼりさん」も多いが、そんなわけはなく、ただただ勉強するしかない。

特に自分のように語学学校に通っているわけでもなく、ホームステイやアルゼンチン人と仕事をしているわけでもないので、スペイン語をがちで話す機会は毎日のスペイン語レッスン以外はそれほど多くはない。(だから、趣味のテニスやタンゴでなるべく多くの人たちと知り合おうとしているし、現地の人たちと会話するよう努力はしている)

言語をマスターする過程において、たかだか半年しか現地で生活していない言語学習者などは、超ビギナーにしか過ぎない。しかし、昔まだイギリスで英語を語学学校で勉強していた頃、半年くらい経ったら「もう私英語を話せるから、違う国へ行こうと思っている」的な発言をする日本人が多くて、驚愕した覚えがある。

あほかと思う。

彼、彼女たちの英語はせいぜい「日常会話がぎりぎり交わせる」程度でしかなく、英語で何不自由なく生活できるレベルではなかった。周りは外国人ばかりで、イギリス人と混じる合う機会がそれほどなかったので、自分の英語のレベルを勘違いしたかもしれないが、それでもやはり「言語をマスターする」ということに関しての理解が甘すぎる。

たしかに半年くらい経ったらある程度の会話は交わせるようになったし、周りのアルゼンチン人も「半年しか勉強していないのに、スペイン語上手!」と褒めてくれる。

・・・・・・でも、それは単純に「外国人として、まあおまえのスペイン語はそこそこいけるほうだし、現地に溶け込もうとしないほかの外国人からみれば、ましな部類だな」という程度の意味しかない。(ちなみに近所の中国人が経営しているスーパーの店主はスペイン語は数字しか話せません。それもある意味、驚愕です)

それを真に受けても仕方がない。

語学はスポーツと同じで、レベルが上がれば上がるほど、それに応じて負荷をかけていかないと上達しない。自分の計画では1年でまずは基礎をばっちり固めて、2年目からはなるべく現地の人たちと知り合いになり、彼らと過ごせるような環境を構築することだ。そうして、この国でしか使わないスラングや言い回しなども覚えるようにしていきたい。

というようなことを考えると、やはりブエノスアイレスには2、3年居た方がいいのではと最近思うようになってきている。それにしても長い道のりだけど、気長に取り組もう。

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2011年10月 7日 (金)

スティーブ・ジョブズという人生:死を受け入れる勇気

僕はオチがない話が嫌いだ。

人の話を聞いていて、結局オチがないと分かると、思わず突っ込んでしまう。人からは毒舌とも言われるが、どう思われようが、人の時間を割いてまで話をする代わりには、せめてオチがある話をして欲しいと思う。

ただ人生は残酷で、たいていの場合は人生にオチなどはない。特に死は何もかも人から奪い、あとには何も残さない。死が悲劇的なのは、その当人にとってより、その周りの近しい人々にとってだ。幼い子どもを残して死んだ父親や母親、そのあとに残された人々のことを思い浮かべれば分かると思う。

スティーブ・ジョブズが偉大だなと思うのは、彼は結局何も悲劇的な事柄を引き起こさずに、静かに自分の人生に幕を下ろしたことだ。

そのようなことが可能になったのは、2005年のスタンフォード大学で行われた有名なスピーチで語っているように、「いつ死んでも悔いがないように生きる」ということを彼が本当に実践していたからだろう。

彼は本当に死を意識した瞬間から「自分がいなくなったあとの近しい人々の人生」について、念入りに準備をしていたのだと思う。いわば、「自分のバックアップ」をひたすら取ってきたのだ。

自分がやればあっという間に出来る仕事も人に割り振り、後継者を指名し、家族を大切にし、自分がやがては去りゆく存在であることを彼らに認知させる努力を惜しまなかったのだと思う。

偉大な人間は、死に関して盲目である。それは多くの歴史上の人物が証明しているし、一代目が築いた会社の資産を二代目がせっせと食いつぶすを見た人は多いはずだ。(中国の皇帝が不老不死の薬を追い求めたのは有名な話しだし、身近な話しでは僕の父親が勤めていた会社は見事に二代目に食いつぶされた)

彼の業績や彼が成し遂げたことを本当に素晴らしいと思うし、尊敬している。でも彼が真に偉大だと思うのは、死を意識してそれに怯まず、来るべき日のためにあらゆる努力を行なったことだ。

彼の人生は彼が創り上げたアップルのどの製品よりも美しい。


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2011年10月 2日 (日)

人間は結局、感情的に物事を判断するということ:サンティアゴとブエノスアイレス

今日がチリ最後の日だ。
結局、サンティアゴに一週間ぐらい滞在してしまった。日本からチリに来て、サンティアゴに驚くことはそれほどないかもしれないが、ブエノスアイレスに半年滞在してから来ると、サンティアゴには驚きの連続だった。

Subway

上記はサンティアゴの地下鉄構内の写真だが、東京よりも駅構内は近代的であり、走っている地下鉄も先進諸国の地下鉄、あるいはそれ以上に近代的だ。
(ちなみにブエノスアイレスの地下鉄はものすごく古く、ゴミと窃盗の宝庫であり、この写真とは比較にはならないほど前時代的です)

チリに来る前に何人かのアルゼンチン人にチリに行くことを告げたが、ほとんどが「チリなんて行く価値はない」という態度だったが、国としてアルゼンチンはチリに圧倒的に差がつけられていることを実感した。

サンティアゴに限って言えば、西ヨーロッパの首都並の機能性と文化的な豊穣さがあると言っても過言ではない。

Art_chile

今日はGAM MUSEOという美術館に行ったのだが、国の経済がしっかりしていると芸術にお金を使うことが出来るのだなと思えるほど、充実したコレクション、それに美術館自体の建物が何よりも素晴らしかった。

Fashionshow

たまたまファッションショーも開催されていて、チリの最先端のファッションに触れることが出来た。(ただファッションセンスで言えば、ブエノスアイレスのオシャレさは半端ないので、ブエノスアイレスに軍配が上がるかと・・・・・・まあ、ブエノスアイレスは個々のセンスで勝負している感じがするが、チリは国自体で盛り上げようという気概を感じます)

ビザ更新のためにチリに来ただけなので、それほど期待はしていなかったが、その予想以上の暮らしやすさとブエノスアイレスとは比べ物にならないほどの治安の良さにすっかり気に入ってしまった。

またアルゼンチンとは違い、シーフードが豊富にあるので、その食文化にすっかりやられてしまった。

Food20111001

とあるレストランで、刺身の和え物的なものを頼んだのだが、これがとてもおいしかった。このレストランでは客のほとんどがこれを頼んでいたので、名物料理なのだろう。

アルゼンチンではとにかく肉がおいしいので、「焼けばいいだろう」的ないいかげんさを感じるが、チリの料理はきっちり下ごしらえをして料理をしている感じがするので、味もしっかりついている。

話は変わるが、20歳の頃、インドを旅したときに10人くらいのフランス人と南インドのケララ州にある小さな村で一緒にランチをしたことがある。そこで「世界一おいしい料理の国は?」という議論が始まったのだが、その10人のフランス人が全員一致で「日本」という結論に達した。

たいした旅の経験がない頃だったので、「そんなものかな」としかその時は思わなかったが、今では本当にその通りだと思う。

あのプライドの高いフランス人たちが全員一致で納得するほど日本の料理のクオリティは高い。

だから、日本からチリに来てもその料理の素晴らしさは体感することが出来ないかもしれないが、ブエノスアイレス、あるいはほかの土地に住んでから来ると、そのありがたみが身に染みる。

Chile_flag

このように書いているとブエノスアイレスよりもサンティアゴに住んだほうがいいように感じるかもしれないが、それでもやはりブエノスアイレスのほうが個人的には好きだ。正直、どちらかというとだめんずうぉーかー的なノリもあるが、「ほんとアホだなあ」と思う愛嬌のある街なのでついつい居ついてしまう。

具体的に「サンティアゴよりもブエノスアイレスが良いと思うところを挙げろ」と言われても困るが、そもそも日本人に取ってみれば日本が一番暮らしやすい。だからわざわざ海外に住むのであれば、暮らしやすさを追求しても仕方がない。

ブエノスアイレスにはロマンを感じる。
単純に考えれば、そんな理由でうっかりブエノスアイレスに居ついているのかもしれない。

View_from_flat
(泊まっているアパートからの景色です。窓からアンデス山脈が見えるというのもオツかと)


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