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2011年6月

2011年6月29日 (水)

ウルグアイで唯一の世界遺産:コロニアにて

生まれてこのかた「ウルグアイに行ってみたい!」なんて人にはあったことがない。もちろん、自分もそんなことはこれっぽっちも思ったことはない。だが、諸般の事情により、ブエノスアイレスからフェリーに乗って、対岸にあるコロニアといウルグアイの街に行ってきた。(高速フェリーで片道1時間という近さです)

Colonia001

ウルグアイの世界遺産

上記にあるようにウルグアイで唯一の世界遺産に登録されている街だ。

Colonia002

街並みはたしかに美しいが、小さな街なので2、30分も歩けば、もう満足してしまう。日本は各地で気温30度を越す猛暑らしいが、地球の裏側のウルグアイの気温は日中は肌寒く、夜はゼロ度近くになるという寒さだった。

今後、万が一「ウルグアイに行ってみたい!」という人にあったら、「行かなくてもいいのでは?」と言ってしまうかもしれない・・・・・・さらに実態を調査するためにはウルグアイの首都モンテビデオに行く必要はあるかもしれないが、シーフードが豊富だというチリのほうが魅力的に映る。

ただ数ヶ月前までは自分がウルグアイに行くなどと思いもしなかったことも事実だ。そう考えると、来年の今頃は一体どこで何をしているのかふと不安に駆られるが、取りあえずは目の前の出来ることからひとつひとつやっていこうと思っている。


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2011年6月26日 (日)

世界が求める英語力とは

アゴラに投稿しました。

世界が求める英語力とは

ロンドンやエディンバラでの語学学校に行っていたころから思っていたのですが、日本人に足りないの英語力だけではなく、「主張できる自分」ではないかと。

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2011年6月24日 (金)

語学力と人柄:足りないものはキャラで補うということ。

色々と偉そうなことを書いていますが、「おまえのスペイン語はどうやねん!」とツッコミを受けそうです。ブエノスアイレスに着いた二ヶ月ほど前は「HOLA!(オラ)」しか知りませんでしたが、今では一応たどたどしくもセンテンスで話すことは出来ます。

もちろん、幼稚園児以下のボキャブラリーを駆使してですが・・・・・・・

早く小学校に入学出来るレベルになりたいものですが、先は長い道のりです。半年、一年くらいはかかるのではと思っています。

現在、スペイン語のクラスは週五回一日2時間のプライベートレッスンを、ブエノスアイレスで一番のドSと有名な(?)メルセデス先生から受けております。下記が彼女のSッ気ぶりを物語るエピソードです。

1.「明日のレッスンまでには24時間しかないけど、宿題やっておいてね♡」と言いながら、大量の宿題を出す。

これには最初の一ヶ月は苦しみました。なぜなら、スペイン語の動詞の活用はハンパないからです。活用に次ぐ活用の嵐です。主語(一人称、一人称複数、二人称、三人称単数、三人称複数)によっても変化するので、12個の不規則変化動詞の現在形の活用を覚えるだけで60個の動詞活用を覚えることになります。

そして、スペイン語には現在形、過去形、現在完了形、未来形などのお馴染みの活用に加えて、線過去などという概念的に分かりにくい活用もあるので、暗記の量は天文学的です。

2.大量の動詞活用を息も絶え絶えに覚え、そして翌日テストされる。だが、それに全問正解すると「チッ!」という顔をする。

意味が分かりませんが、逆にたくさん間違えると翌日再試験が待っています。よっていずれは、全問正解しないといけないので、最初にやっておいた方が楽だろうと思ってやっています。

3.なんとかフルセンテンスを言おうと「あー」とか「うー」とか言いながらスペイン語を話していると、目の前で何度も欠伸をする。

これは「おまえの話し、退屈なんだよ、実際」という意思表示なんでしょうか?そんなにスラスラ言えるわけないじゃん!まだ二ヶ月だ!と心のなかで叫びながらも、なんとか話しています。

4.質問にうまく答えられなかったり、以前習ったことを覚えてなくて、間違えると「そこ、やったよね?」と実際に習ったページをめくられ、「ここ!」と指さされる。

たしかに間違える自分がすべての非を負っていることを認めます。しかし!・・・・・この二ヶ月で2冊の教科書を並行して勉強し、すでに200ページくらいの内容を習っているのです。

そのすべてを覚えられるか!
おれは聖徳太子か!と言いたい。

とまあ、毎日そんな責め苦および辱めを受けながらも、粛々とスペイン語の勉強に励んでおります。いつか彼女を唸らせるような「ペラペーラ」のスペイン語を話せるようになりたいものです。

ちなみに今週はメルセデス先生はブラジルに住む彼氏に会いにリオ・デ・ジャネイロ滞在中です。よって彼女の姉のロレーナ先生に習っています。姉妹それぞれ持ち味は違い、学ぶところは多々あります。姉のロレーナ先生のほうは、それほどのSではなく、結構適当なのでいい息抜きです。

最近、知り合ったアメリカ人女性のサラさんは、大学でスペイン語を専攻し、当時はペラペラだったと豪語していますが、実際は今の僕のスペイン語よりもひどい英語訛りのスペイン語を話します。しかし、それでも堂々とそのスペイン語を駆使して、街を闊歩しています。

やはりコミュケーションを取る秘訣は、語学力よりも「人柄(キャラ)」かと強く思う今日この頃です。


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2011年6月21日 (火)

英語でコミュケーションを取るということ。

英語を話すことが出来れば、世界中の人たちとコミュケーションが取れる確率が格段に増す。だが、「コミュケーションを取る」といっても、色々なシチュエーションが考えられるので、それらを難易度別に考察してみた。

1.オンライン英会話、リアル英会話などで外国人に英語を教わり、コミュケーションを取る。

これはもちろん、難易度が一番低い。相手にいわばお金を払って「話を聞いてもらっている」状態なので、リアルなシチュエーションと比べて、格段にコミュケーションが容易になる。

2.外国に行って、お店やレストランで英語でコミュケーションを取る。

アメリカやイギリスなど英語を母国語とする場合は、より難易度が上がるが、英語が比較的に通じやすく、英語が母国語としない国では相手も似たような語学力の場合も多く、コミュケーションは取りやすい。

3.ビジネス英語

多くの人が誤解しているが、ビジネスで英語を使う場合は、相手と自分との間に利害関係が生じており、また共通のバックグラウンドがあるので、コミュケーションは取りやすい。

仕事の話しを英語で出来ても、一緒に食事などに行くと中々コミュケーションが取れないということはままある。それは一度、仕事という共通のバックグラウンドを取り外してしまうと、「一対一」の個の関係になり、とたんに何を話していいか分からなくなるからだ。

4.英語を通じて外国人と友だちになる。

この段階になると語学力ももちろん、それよりも個人の質が大きくものを言う。相手に興味を抱かせる「何か」がないと、英語を母語とするネイティブスピーカーよりも圧倒的に不利であり、このことが海外では留学生同士でしか交友関係が広がらないことに繋がる。

ロンドンやニューヨークなどの大都市の語学学校では、よく日本人ばかりで行動している留学生が大勢いる。彼らはネイティブスピーカーはおろか、英語を母語としない他国の人たちにも相手にされないので、残念ながらそのような事態になってしまう。

5.英語を母国語としている集団のなかで自分の個性を発揮する。

一対一だと当然コミュケーションは取りやすいが、英語を母国語としているグループのなかで、自分の存在を主張し、きちんと存在感を発揮することは難易度は高い。

仕事や趣味などの共通のバックグラウンドを有している場合は、まだコミュケーションは取りやすいが、そのようなバックグラウンドが全くない場合は、彼らの共通の話題に入っていくのはかなりの勇気と語学力が必要だ。

TOEICや英検などの資格も大事かもしれないが、もっと視野を広げて外国人と共通の話題、あるいは自分独自の意見、日本の文化について色々と話せるようになっておくことが本当の意味でコミュケーションを取るためには重要だと思う。

特に今は日本文化(漫画などを含む)、日本食のおかげで世界中の人たちからある一定の注目を日本は浴びている。自分の国のことを知り、それについて英語で語れることが出来るようになれば、視野も広がり、頭でっかちに物事を考えることもなくなるのではないだろうか。

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2011年6月19日 (日)

自分を騙す勇気:これからのこと。

ノマドワーキング(オフィスからではなく、遊牧民のように自由に仕事場を選んで仕事すること)とは聞こえはいいが、会社あるいは学校などの「出会いの場」がないと、人に会う努力をしなければ「仕事」しかない味気ない生活になってしまう。

ブエノスアイレスに来て、2ヶ月以上経ったが、それが一番の悩みだった。

今までの社交生活と言えば、毎日のスペイン語のレッスンでメルセデス先生に会うことと、週一回のテニスレッスンに通うことくらいだ。これではまずいと思い、色々と出会いの場に出かけていき、たまたまアメリカ人たちが集まるパーティーに参加した。

そこで自分と同じようにすべてオンラインで完結させて仕事をしている人たちと出会い、非常に大きな刺激を受けた。また彼らは自分と同世代であり、その人達が国は違えど同じような生き方をしているのに、ある種の驚きを感じた。

ブエノスアイレス、あるいは海外で仕事をしたいから起業したわけではない。たまたま状況が許すようになったから、海外に出てみたのだが、結果は自分自身の人生に大きなインパクトを残すことになった。

たぶん、僕は日本の自分の人生に倦み疲れていた。人間関係も仕事もある程度は予測可能な状態だったので、そのままだと本当にまずいと感じていた。べつに同じような毎日を送ることを非難はしないし、それが悪いことだとも思っていない。

ただ、自分には合わない。

僕は諦めの悪い人間だと思う。死ぬ直前まで自分の夢を諦めたくはない。それよりも何よりも自分の可能性を諦めたくはない。状況を変えれば、「新しい自分」を発見することはままある。

ウソでもいいから夢を見続けたいと思う。

自分を騙してもいいから、なるべく長く「漠然とした希望」を抱きつつ、新しいことにチャレンジしていきたい。もちろん、別にすべてが報われるとは思ってはいない。むしろ、報われないことのほうが多いだろう。だが、自分個人の人生に落とし込めば、それはただ単に「やること」に意義があるだけで、それ以上の意味は何も求めていない。

何かを成し遂げることよりは、今この瞬間どう生きるかにエネルギーを費やしたい。未来は無担保でやってこない。失敗をした数だけ、次の成功の確率は高まる。

環境は整えたので、あとは自分がどうするかだと思っている。これからの自分がとても楽しみだ。


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2011年6月14日 (火)

言語へのロマン:ラテンとアジア

日本を旅立つ前、人に「今度、ブエノスアイレスに住むことになった」と言うと、「えっ、ブエノスアイレスって、どこ?アフリカの近く?」なんて答えがよく返ってきた。それも致し方がない。ブエノスアイレスは日本の裏側に位置するし、また多くの日本人にとっては「世界で最も縁もゆかりもない土地」だから。

Buenosaires001

このあいだ、スペイン語を習っているメルセデス先生と日本の出生率が下がっている話をしたのだが、「それって、一人っ子政策のせいでしょ?」と真顔で言われた。「いやいや、それは中国の話しだよ」と言ったが、メルセデス先生に「アジアの国、すべてがそうだと思っていた」と言われた。

そこで気がついたのだが、アルゼンチンの人にとっては日本は遠い国という同時に、「アジアの国々」という形でひとまとめにされているということだ。そのなかには当然、中国、韓国が入る。それにもしかしたらインドネシア、フィリピン、インドあたりまで入るかもしれない。

考えてみると、南米の国々はブラジル以外はスペイン語が第一言語なので、文化的には非常に似通っている。そんな南米の人から見ると、アジアの国々も自分たちと同じように共通の文化圏で暮らしているというイメージがあるのだろう。

しかし、我々は口が裂けても、「いやー、おれらアジア人だから」とは言わない。なぜなら、彼らが思っているほどにお互いの共通点は見当たらないからだ。

南米の国々の多くの民族が固有の言語を持っていただろうが、結局彼らは最終的にはスペイン語を選択した。もちろん、最初は征服者から強制されたからという理由もあるだろうが、ある時期に彼ら自身が自分たちの言語よりスペイン語を選択しないとそこまで定着はしないはずだ。

アジアの国々は自分たちの国を守ることにしたからこそ、今のようにそれぞれ独自の発展を遂げた。それがいいことか悪いことか分からないが、ただその事実は個人的に面白い選択だと思う。経済合理性を考えると、より多くの国で話されている言語を選択したほうがいいはずだが、そうはならない。例えば世界中で英語だけが話されているということになると、とてもつまらないし、文化的にも豊かなものを形成できないのではないだろうか。

言語と文化は密接に結びついているが、同じ言語を話す南米の国々でも、きっとそれぞれ違う個性があり、実際に行ってみれば、それぞれ新鮮な驚きをもたらしてくれるだろう。それが今から楽しみだ。

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2011年6月10日 (金)

冠詞とブエノスアイレスと祖国

日本人がよく間違える英語の使い方で、冠詞がある。「a、an、それにTHE」だ。日本語は厳格に冠詞を用いないので、当然その使い方にも戸惑いが生じる。

今日、ふと思い立って髪の毛を切りに、近所の美容室へと行った。ここブエノスアイレスでは当然、何事もスペイン語を話さないといけないので、髪の毛ひとつ切りに行くのも勇気が必要だ。

「髪の毛を切りたいのですが・・・」というスペイン語を丸暗記して行ったのだが、髪の毛ひとつ切ってもらうにも、色々と話すべきことがある。ただ、今回たまたま担当になった人は、ものすごく親切な人で僕がまだブエノスアイレスに着いて二ヶ月目で、さらにスペイン語を毎日勉強していると伝えると、とてもゆっくりとスペイン語を話してくれて、さらにどうにか会話を続けようと最大限に努力してくれた。

今の自分にとってスペイン語の会話を成り立たせることは、ひとえに話す相手の努力にかかっている。言いたいことをものすごくシンプルに頭のなかでスペイン語にまとめて、それを息も絶え絶えに吐き出すことは出来るようになってはきてはいるが、それでも恐ろしいほどに時間はかかる。

本当に気の遠くなるような時間がかかるが、それでも相手がこちらの言わんとしていることを理解しようと努力してもらわないと、何も伝わらない。

だから、その美容師さんには「なんだか悪いなー」という想いがいっぱいだったが、相手にそれほど気を使ってもらうのも悪いので、色々とこちらからも話しかけるように努力した。そこで彼が、「どうしてブエノスアイレスに来たの?」と質問してきたので、あれこれと「なぜ自分がブエノスアイレスを気に入っているか」を説明したが、彼にも「ブエノスアイレスは好き?」と訊いた。

その問いに彼は最初は「NO」と答えたが続けて、「ブエノスアイレス自体は気に入っているが・・・・」、でも「 La gente・・・・・」と続けた。彼曰く「La gente(ラ・ヘンテ:人々)がどうしようもない」ということだ。

このときに彼が「La gente」と言ったときに僕は、「彼は個人的に手ひどい裏切りに何度もあっているのだろうな」と推測した。もし、彼が「Muchas personas(たくさんの人々が・・・・)」という主語を使って、ブエノスアイレスを表していたら、それほどパーソナルなことだと取らなかったと思う。

例えば、英語で「The people in Buenos Aires」と「Many people in Buenos Aires 」と言ったときに両者には大きな違いがある。前者は集合体【強調】を表しているので、「ブエノスアイレスに住んでいるすべての人々」となるが、後者は「ブエノスアイレスに住んでいる多くの人々」となる。

彼はそのあと「ここでは人を信頼してもすぐに裏切られる」と言った。(えっと、これは彼が文字通り、自分の手をかざして、それをひっくり返して表現してくれたので、「ああ、アルゼンチンにも手の平をひっくり返したように人を裏切る」という表現あるのか、と思った次第です)

そのあと、彼は「自分はもう43歳で、長い間この街を見たけれど・・・・」と色々と意見を述べてくれた。彼が言ったことの半分くらしかよく分からなかったけど、「自分はもう43歳・・・」と言ったくだりで、きっと深刻に自分の国のことを悩んでいるのだろうなと思った。

自分もよく外国人に向けて、日本人云々というが、それでも今まで一度も「The people in Japan」あるいは「The people in Tokyo」といった主語を使ったことはない。

なぜなら、割り切れないからだ。20年以上日本に住み、東京にも10年ぐらい住んだけど、それでもよく分からない。きっと「THE」という冠詞をつけて、日本を語るときは、日本にとことん絶望したときだろう。

自分が40歳を超えて、自分の国の首都にとことん絶望するのは、イタイと思う。きっと、僕は「La gente」というスペイン語を聞くたびに彼のことを思い出すだろう。

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2011年6月 9日 (木)

人生は大玉送り

とある人が「人生は大玉送り」と表現した。そのこころは、「後ろを振り返らず、後ろに誰がいるかも分からないが、大事なものを後ろに渡していく」からとのことだ。

若い頃は想像もしなかったが、今はもう中年に差し掛かる年齢だ。自分はこれから10年、20年かけて何を「後ろ」に残していけるのだろう。

何かを能動的に変えようと思ったことはないが、だが自分が正しいと思ったことは常に実行するように心がけている。そのような行為は集団生活においては混乱をもたらすが、今のように小さいながらも組織のトップとしてはある程度は機能する。

日本の政治家を尊敬する日が来るために

いまどきの起業について:より良いものを追い求めて

上記のようなコラムをアゴラに投稿することもその活動の一環だし、ワンズワードオンラインというオンライン英会話スクールを立ち上げたのも、そのような価値観からだ。

物事というのは変えようと思っても、そうそう変わるものではない。だが、自分自身が正しいと思ったことを愚直にこつこつ行っていくことで、結果的には少し、ほんのちょっぴり何かがいい方向に変わるかもしれない。

そうして、何かいいものだけを「後ろ」に残していければと願っている。


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2011年6月 2日 (木)

トライアルレッスンの有料化について:ワンズワードオンライン

本日よりワンズワードオンラインのトライアルレッスンを完全有料化した。その理由は大きく分けて、三つある。

1.オンライン英会話スクールの認知度が高まるにつれて、トライアルレッスンの受講者が増えた。

これ自体は歓迎すべきことだが、ただの興味本位やそもそも英語を継続して勉強する気がないトライアルレッスン受講者が最近飛躍的に増えてきている。下記はそれらの例の一端です。

●酔っ払って受講する(宴会場などでレッスンを受講)
●「英語を勉強する時間はないが、英語を話せるようになりたい」
●「今度フィリピンに行ったら、会いたいんだけど・・・・あなたのような美人は見たことがない」と言って、トライアルレッスン受講中ひたすら口説く。
●今度、会社で英語でスピーチするので、その原稿の添削を先生に依頼する。(無料で)
●無料だから、当然のようにトライアルレッスンをすっぽかし、本来ならばその時間帯に予約できた既存の会員様に迷惑をかける。

2.ワンズワードは先生方に「最高の職場環境」の提供を謳っており、そのためには生徒様側にもある程度の「やる気」および「英語学習に対する理解」は必須。

このことはブログなどを通じて何度も指摘しているが、コミュケーションを成立させる程度の英語力を身につけるためには、多大な時間が必要である。100時間、200時間といった単位ではなく、1000時間、2000時間程度は最低限必要だ。

いくら優秀な先生を取り揃えている弊社でも、先生に最初からおんぶに抱っこされても、非常に困る。自学自習は語学を習得にするためには必須な要素だ。

無料だとこのようなことを理解していない安易な英語学習者の申し込みが多く、先生方にも多大な迷惑がかかっている。そのために有料化を行い、ワンズワードがターゲットとしている「本気で英語をマスターしたい人のみ」受講していただきたい。

3.トライアルレッスンが無料のままだと、さらにトライアルレッスンのみ受講する方々が増え、現在お金を払って受講していただいている既存の生徒様に迷惑がかかる。

弊社は成長・拡大よりも「顧客満足度」を第一に考えている。ただの興味本位で受講する方々よりも、当然、既存の生徒様のほうがより重要だ。またワンズワードのクオリティに合った先生を見つけ出すのには多大な時間と労力がかかり、このままでは既存の会員様にもレッスン予約が満足に行えないなど迷惑がかかる可能性が高い。

これはお金どうこうの問題ではない。会社としてどのような方向を目指しているのかという重要な問題だと思っている。先生方にも下記のように伝えた。

「It's not a matter of money, it's a matter of keeping our dignity.」(お金どうこうではなく、自分たちの尊厳を保持するため(ちょっと大げさに言うとですが))


ただそのかわりに、他社のほとんどが無料でのトライアルレッスンを行っているにも関わらず、弊社に有料トライアルレッスンに申し込んでいただいた方には下記のような特典を設けた。

1. 初回の50分のレッスンではレベルチェックを行い、担当の先生が詳細なレッスンアドバイスをレッスン後24時間以内にアップいたします。

2. 50分×2回=合計100分の体験レッスン

3. 最大2名の先生のレッスンが体験可能!

とてもリスキーであると承知しているが、とりあえずはどのような反応か様子を見たいと思っている。自分たちの成長に合わせて、サービスの精度も少しつづ向上させていければと願っている。

そんなお得な980円の有料トライアルレッスンの申し込みはこちらをクリック


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