« 謙虚にその国の言葉を習得するということ。 | トップページ | ワンズワード流のグローバル化への対応 »

2011年4月16日 (土)

自分のあとに残していくものについて

地球の裏側で下記記事を読んで、なるほどなと思った。

社会貢献を面接で語る学生を皮肉ってる場合じゃない件について

「会社に入って、燃えられる時代」はどうやら終焉したらしい。ただもちろん、これは一部のトップエンドの優秀な学生にとってだとは思う。彼らは以前は大会社に入って出世街道に乗ることで「燃える」ことが出来たが、今はそのようなことは不可能になったのだろう。

面白い世の中になったなと思う。

自分のなかでは「会社を作る」イコール「社会に貢献すること」が結びついていたが、自分よりももっと下の世代が同様な感覚を持ちあわせていて、素直に嬉しい。社会に貢献するというと、どこか嘘くさく聞こえるが、彼女が言うようにただそのほうが燃えるのだ。

既存の価値観を打ち破り、より良い新しいものを築きあげたい。

実際に行なってみて、既存の価値観を打ち破ることは大変な作業だと感じたが、別に焦ることはないと思っている。変化には時間がかかる。常識を打ち破り、新しい常識を作るにはそれなりの時間が必要だ。時々、誤解されるが僕は「いい人でも気前のいい人」でもなく、ただの純粋な破壊者である。自分の会社においては、誰がなんと言おうとも、自分がおかしいと思ったことは正し、正しいと思ったことを行っていくつもりだ。そして、それが既存の価値観とは相容れないことだと熟知している。

自分自身にとって最も重要なことはを「長期的な利得を考える」ということだが、これを直訳すると「自分の死後、より良い世界になったか」ということに尽きる。

たいした人生を送ることは出来ないかも知れないが、「ああ、あの人と出会えて良かった」と思える人間ではありたいと思う。

|

« 謙虚にその国の言葉を習得するということ。 | トップページ | ワンズワード流のグローバル化への対応 »

社会貢献」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 自分のあとに残していくものについて:

« 謙虚にその国の言葉を習得するということ。 | トップページ | ワンズワード流のグローバル化への対応 »