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2011年4月

2011年4月29日 (金)

相対評価よりも絶対評価で生きるということ。

海外においては、全ての物事はたいていうまく進まない。日本と比べると、ヨーロッパなどの先進国でも、「そう来るか!」という方向で物事が進む。相手の意を汲み取るなんて言葉は、ヨーロッパ言語には存在しない。何が起きても「自分が一番正しい」というのが、彼らの常識だ。

そして、フィリピンなどの発展途上国にいたっては、インフラ自体が不安定なので、個人的にどんな努力をしてもなかなか物事がうまく進まない。それに輪をかけて、人的要因が加算されるので、自分の10の努力に対して、成果は2か3ということもままある。

今、滞在しているブエノスアイレスは世界初の先進国から没落して途上国となった国なので、たいていのことはうまくはいかない。それでも、今のところストレスなく暮らせているのは、環境に恵まれているせいだと思う。もし、この国でビジネスを興そうとしたら、かなりのストレスを感じることになるだろう。

日本という国は、ほとんどのすべての物事が思ったとおりに進むが、こちらはその逆なので「物事がうまくいかないことを前提」として生活する必要がある。もし、この国が初めての海外だったら、とんでもない目にあっていると思うが、今まで培った経験を活かして、なるべくそのような事態をさけるように意図的に行動している。

日本にいると、たまに物事がうまく進まないことが遭っただけで、ストレスを感じてしまうが、ここでは逆に物事が思いもかけずにうまくいったら「き、奇跡か!」と思え、非常に嬉しく感じることが出来る。

昔、チベットの高僧の講演会にいったことがあるが、彼が言っていた印象的な言葉に「人生に多くの失望を生む原因は期待です。物事に期待をし過ぎるから、あなたの人生は失望の多い人生になるのです」というのがある。

そういう意味では、この地では何も期待しないことが出来る。それにそもそも旅というものはそういうものでもある。次に何が起こるか分からないし、何も期待などしないから、逆に思いもかけない出会いがあったり、ハプニングがあると、とても楽しい。

つまるところ、人生とは相対的に判断するものではなく、自分自身の絶対評価でいいのだ。人様に迷惑をかけない範囲で、自分が楽しければそれはそれでいい。

僕はいい意味ですでに人生を諦めている。なるようになるしかない。ただ今日を精一杯生きるだけだ。

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2011年4月27日 (水)

身振りーノ、手振りーノ:相手に伝えたいという心

先日引越しをしました。と言っても以前居た場所の向かいの部屋に移っただけですが。それでもこの部屋に来てネット環境が劇的に向上し、ストレスなく仕事が出来るようになって一安心しました。ただこの部屋に来たときに、いくつかの不具合を見つけ、それを改善してもらうようマンションの管理人さんにお願いしました。

Room

そのなかで難易度が高いから少し時間がかかると言われたのが「風呂の栓」を見つけることです・・・・・なぜ風呂の栓がないのか甚だ疑問ですが、実際にないので大好きな「風呂に浸かる」という行為が出来ません。

前住んでいた人が「あら、私の家の風呂の栓より、ここの風呂の栓のほうがいいわ♡」などと思って持っていったのでしょうか?

それとも外出するときに「あら、いけない!お風呂の栓、持ってくるの忘れた!あれを持ち歩かないとなんだか落ち着かない」などと思ってかばんに入れて持ち歩き、そのかばんごとブエノスアイレス名物の引ったくり強盗にあって盗まれたのか・・・・・色々と想像は尽きません。

ほかの不具合はあっという間に解決され、うちのマンションの管理人マルコスの仕事の出来にはひどく満足したのですが、風呂の栓問題は解決の気配を見せませんでした。アルゼンチンと日本の国際問題に発展するよう様相を見せ始めましたが、そのようなことはさておき、とりあえず近所に日用品の買出しへと出かけました。

Sky

買い物も無事終り、またアパートメントへと帰ろうと来た道を戻ろうとしましたが、それも芸がないので、通ったことがない道を通ることにしました。

すると、30数カ国を渡り歩いて培った僕の「鬼太郎センサー」(解説しよう!これはおいしいレストランを見つけるときや、ここのホテルはなんだか良さそう、それにこの店にはなにかある!などというときに、髪の毛がピキンと立ち、知らせてくれる便利なセンサーです)がビビットに反応しました。

「この店にはなにかある!」

と思い、何が主な商品として売っているのかよく分からない店に入りました。そこで思いつくスペイン語と言えば、「SI」「NO」程度でしたが、「風呂の栓、売ってない?」という超難易度の高い質問を訊く英断を下しました。

そこからはこれも今までの旅の経験で培った「身振りーノ、手振りーノ」の出番です。
(このときは英語でなにかを伝えようと一生懸命、身振り手振りで説明しましたが、それが東北弁や山形弁であっても同じ結果を生むかと思います。ようは「相手に何かを伝えたい」という意気込みです)

色々と紆余曲折がありましたが、どうやら僕の「どうしても風呂に入って、鼻歌交じりで疲れを癒したい!」という意気込みが通じたようで、無事「風呂の栓」ゲットしました!
(まあ、途中なぜか「おまえ、シャワーヘッドが欲しいのかと言われたときは、焦りましたが・・・・)

そして、一目散に我が家へと帰り、買ったばかりの風呂の栓で蓋をして水が貯まるかどうか実験したところ、見事サイズぴったりで水が貯まりました。

まったく素晴らしい!

言葉を覚えることも非常に大事ですが、やはり最後は「相手に伝える気持ち」が一番大事だなと思った一日でした。

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2011年4月26日 (火)

手嶌葵とチェット・ベイカーについて

チェット・ベイカーと手嶌葵には全く相関関係はない。

片やドラックで身を持ち崩し、片や今をときめく日本の女性歌手である。手嶌葵のどこまでもピュアな歌声を聴いていると、その反動でどうしてもチェット・ベイカーの歌声を頭の中で思い浮かべてしまう。

このあいだオーストラリアで十数年ぶりにスティーブンと再会したが、彼から開口一番「まだチェット・ベイカーは聴いているのか?」と訊かれるくらい、彼と共に過ごした日々はずっとチェット・ベイカーを聴いていた。

そもそもの始まりは「MY FUNNY VALENTINE」というアルバムをたまたま18の頃に購入して、すっかり魅了されたのがきっかけだった。

(この曲のこのバージョンをCDのリピート機能を使って何百回も再生した記憶が・・・・)

彼の楽曲には彼以外の存在は介在しない。完全に自分の世界を形成している。それが「アートだ!」と言われれば、そうなのだろう。しかし、手嶌葵の歌声を聴いていると、「その逆もまた然り」と思える。彼女の歌声は、あくまで純粋にまるでひとつの楽器のように心に響いてくる。

今は手嶌葵の歌声がチェット・ベイカーよりも心地良く響いてくる。それが年を取ったということならば、それはそれでいい。思春期の頃にはチェット・ベイカーの歌声は魔力的な魅力で心に響いてくるのは確かだろう。(そういえば、村上龍の「コインロッカーベイビーズ」にも彼の声の魔力が引用されている箇所があった記憶がある)

そのようなことを考えると、人の歌声というのは面白いなと思う。その人の歌声を聴いただけでずいぶんと多くのことが伝わってきてしまう。「おれの歌を聴け、私の歌を聴いて」というようなレベルの歌手は手嶌葵さんのエゴの全くない歌声を聴いて、出直して欲しいと思う。

チェット・ベイカーの歌声は、完全に自己完結した閉ざされた空間に存在している。それもそれでまた美しい。人からの庇護や注目など彼にとってはどうでもいい。彼の世界には彼しか存在しない。そんな孤高の歌声だ。

ここブエノスアイレスにはどちらかと言うと、手嶌葵の歌声がよく似合う。チェット・ベイカーの歌声は、この街と反発し合ってしまう気がする。遠く離れたヨーロッパから隔絶されたヨーロッパ世界・・・・・孤高の街と孤高の人は反りが合わないのだろう。

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2011年4月24日 (日)

最も効率がいい語学学習法について

英語の学習方法、ひいては語学全般の学習方法にはそのレベルに応じた適した学習方法がある。初心者の頃は当然、何も分からないのでひたすらインプット(語彙力、文法力)の量を増やすことが重要だが、レベルが上がるに連れてアウトプット(ライティング・スピーキング)の機会も増やすことも重要になる。

だたこのインプットからアウトプットに繋げるところで多くの日本人英語学習者が躓いているように思える。その理由は自分もそうだったのだが、どうしても「正しい英語」を話そうとして、そこで自分の頭のなかでアウトプットするのに時間がかかり、なかなかそこから抜け出せない。

「通じればいい」という割り切りがどうしても出来ない。

とにかくアウトプットする量は多いほうがいい。しかし、ただアウトプットする量を増やしても仕方がない。ブロークンイングリッシュのままでもいいというならば話は別だが、最終的に「正しい英語」を話そうと思っているのならば、自分の間違えだらけの英語を正してくれる先生を見つけたほうがいい。

今、自分はスペイン語を全くのゼロの状態から勉強しているが、三ヶ月くらいして多少は話せるようになれば、今よりももっと授業数を増やそうと思う。現時点ではプライベートレッスン一回90分を週五回行っているが、それをもう少し増やすつもりだ。

グループレッスンが中心のイギリスの語学学校に通っているときに思ったのは、少しでも英語が話せるようになったときが危険だということだ。そうなれば友だちも出来るし、生活が楽しくなる。ただ友だちは自分の間違いなど指摘し直してくれないから、アウトプットする機会が増えても結局はそのレベルで留まってしまう。多くの日本人英語学習者がそのトラップに嵌っているのを見た。

間違いを的確に指摘し、こちらの気持ちを害することなくその間違いを正してくれる先生に対してアウトプットする機会をもったほうが、「ただ話す」よりも100倍効果がある。

質で量はカバー出来るが、ゼロにいくらゼロをかけてもゼロであるように、量ばかりやみくもに増やしても一向に語学力は向上しない。

今、自分自身を実験台に「全くのゼロから新しい言語を習得する最も効率いい方法」というものを模索しているが、これがうまくいけばワンズワードでもそのようなコースを開設しても面白いかなと思っている。自分が今まで英語教育の学会や専門書、それに自分の体験を通じて学んだことをそのままスペイン語学習に当てはめて実践している。

グループレッスンよりもプライベートレッスン、とにかく最初はインプットすなわち暗記、それから覚えた構文や単語を使ってのアウトプットと、とりあえずのところ計画通りに進んでいる。結局、うまくいくかどうかは自分の努力次第だが、これからの会社の存亡がかかっていると思うとおのずと力が入るというものだ。

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2011年4月23日 (土)

綺麗とは・・・・・・ブエノスアイレスにて

日本とブエノスアイレスでは時差が12時間もあるので、深夜12時に仕事の電話などをしている今日この頃です。みなさん、お元気でしょうか?

Park

われわれのスペイン語の家庭教師であるメルセデス先生は、「イースターホリデー期間中はお店が全部閉まるから、食べ物とか買っておいたほうがいいわよ!」と言っていたが、うちの近所のスーパーは本日も営業していたので、それほどの影響がなかった。なんだか拍子抜けだ。

イースターホリデーの間はスペイン語のレッスンはお休みなので、朝から諸々と作業をしていた。そして、ふと気づいたことがある。

http://www.onesword-online.com/tutors/search
(今日はKAYE先生から新しく採用したMAE先生とKRISELL先生の写真が送られてきましたので、ぜひご確認を!)

なんか美人多くない?

先生採用は非常に厳しくしているが容姿は一切考慮していない。べつにそんなことは問題にならないからだ。それでも結果的には写真写りが非常にいい人が残った。(もしかしたら、写真写りがいいだけかもしれませんが・・・・・・それは内緒です)

昔、僕は元ベルリッツにいた先生に短期間のあいだ英語を習っていたことがあるが、その先生はたまたま後藤久美子の元担当の先生だった。まだ10代だった僕は「後藤久美子って、どんな人なんですか?」と興味本位で聞いたら、「彼女は外見も綺麗だけど、心も綺麗!」と言っていた。

なんとなく心に響き、今でもよく憶えている。

Beef
(昨日、行ったレストランの写真です。アルゼンチンでは肉=米と言われているぐらいアルゼンチン人は肉をよく喰らいます。アルゼンチンの肉は日本の十倍はおいしいです・・・・・どうでもいいことかもしれませんが)

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2011年4月21日 (木)

イースターホリデー:異文化を体験するということ。

キリスト教徒にとっては最も大切な休日と言われるイースターホリデーがここブエノスアイレスでは明日から始まる。またワンズワードの先生方が住んでいるフィリピンでもイースターホリデーはとても重要らしい。この期間に働かせると末代まで祟られると噂されているが、うちの先生たちはそんなことはお構いなしにフルフルで働くようだが、大丈夫なのだろうか・・・・・・

Sakuramodoki

ウィキペディアで確認すると、たいそうなことが書いてある。キリスト教徒でもなんでもない自分にとってはいまいちピンと来ないが、なにやら重要らしいことは伝わってくる。

ブエノスアイレスの街も午後になると急に交通渋滞が始まり、民族大移動が始まった。それはフィリピンでも同じだろうから、この期間にキリスト教国を旅をすると大変な目に遭うことは間違いない。
(ただでさえ交通渋滞がひどいフィリピンは、にっちもさっちもいかなくなるだろう)

当然、店やスーパーは閉まるので、今日中に食料などを確保しないと痛い目を見る。ただでさえ週末は営業していない店が多いので、それにイースターが加わると、目も当てられない。

そのようなことを考えると、日本はある意味恵まれていると思う。週末も店は通常営業をしているし、イースターもクリスマスホリデーもない。その分、季節感はないが、それでも生活をしていく分には便利だなと思う。

ヨーロッパなどを含めてキリスト教国の人たちと話すと、どうしても宗教的な話題に行き着くことが多いが、それも異文化体験としては面白い。イースター、サンクスギビング、ハロウィン、クリスマスについてもその由来を知っていると、けっこう会話が盛り上がる。

宗教とは直接的な関係はないが、イギリスにはガイ・フォークス・デイというものがある。イングランドの国会議事堂に爆弾を仕掛けて木っ端みじんにしようとした、現代で言うテロ(未遂に終わったけど)を記念する行事として街中で花火があがる。特に自分が住んでいたスコットランドのエディンバラではイングランドのことを快く思っていないので、盛大に花火があげていた。(なんだか花火をあげるスコットランド人はとても楽しいそうにしていたのが印象に残っています)

ブエノスアイレスにもきっと似たような他国からはよく理解できないおかしな行事がたくさんあるのだろうなと思う。

⇓ 参加者21人というミニミニコミュに参加してみました。よろしければ、ぽちっと押していただけると幸いです、はい。

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2011年4月17日 (日)

ワンズワード流のグローバル化への対応

ブエノスアイレスでは、スペイン語しか通じない。しかし、当然英語を話せる人はいるにはいるので、彼らを通じてアパートメントを見つけ、そしてスペイン語の個人教師を見つけた。

オンライン英会話スクールを経営しておいてなんだが、語学学校というのはあまり信用していない。語学学校そのものというよりは、グループレッスンでの学習効果を疑っている。グループによるレッスンは友だちを作ったり、刺激を受けたりするには素晴らしい場だが、こと学習効果についてはやはりマンツーマンレッスンより劣る。
(ワンズワードではほぼ毎日、グループレッスンを提供しているが、これを無料で提供しているのは、上記のような理由によることが多い。刺激を受けたり、同じ志を持った学習仲間を見つけるのにお金をかけるのは馬鹿馬鹿しい)

スコットランドで留学してときは何も分からず、とりあえず現地の語学学校に入学したが、最初の頃は下手な英語でもなんでも大声で質問するラテン系の人たちに圧倒されて、ほとんど一言も発せずにレッスンを終えるのが常だった。

God

自分で言うのもあれだけど、けっこうシャイなほうなので、一人でひっそりとプライベートレッスンを受けているほうが性に合っている。全くのゼロからのスタートなので、まともに話せるようになるには1年以上はかかるだろうが、気長に取り組んでいこうと思っている。

今のところブエノスアイレスで通用するスキルは、英語しかないので、多くの物事は英語を通じてなんとか押し通している。現地の人には済まない気持ちで一杯だけど、仕方がない。

それでも英語だけは話せるようになっておいて良かったと思う。そもそも英語が話せなければ、「ブエノスアイレスに住む」なんて大胆な考えは浮かばなかったに違いない。ヨーロッパの言語の評価基準にCEFR(CommonEuropean Framework of Reference for Languages)というものがあるが、その指針として1+2というものがある。これは何かと言うと母国語+2つのヨーロッパ言語を習得せよというものだ。

英語で四苦八苦している多くの日本人にとっては、夢みたいな話しだけど、世界はもうそのような方向で動いている。ワンズワードでも英語だけではなく、スペイン語のマンツーマンレッスンを提供することも検討している。そして、今のサイトを完全に英語化し、世界のスピードに合わせて成長していければと思っている。(きっと日本のほかのオンライン英会話スクールは、多言語を手がけるときはまずは中国語が基本だと思うけど、スペイン語というのがいかにもうちらしくいいのではと内心思っています)

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2011年4月16日 (土)

自分のあとに残していくものについて

地球の裏側で下記記事を読んで、なるほどなと思った。

社会貢献を面接で語る学生を皮肉ってる場合じゃない件について

「会社に入って、燃えられる時代」はどうやら終焉したらしい。ただもちろん、これは一部のトップエンドの優秀な学生にとってだとは思う。彼らは以前は大会社に入って出世街道に乗ることで「燃える」ことが出来たが、今はそのようなことは不可能になったのだろう。

面白い世の中になったなと思う。

自分のなかでは「会社を作る」イコール「社会に貢献すること」が結びついていたが、自分よりももっと下の世代が同様な感覚を持ちあわせていて、素直に嬉しい。社会に貢献するというと、どこか嘘くさく聞こえるが、彼女が言うようにただそのほうが燃えるのだ。

既存の価値観を打ち破り、より良い新しいものを築きあげたい。

実際に行なってみて、既存の価値観を打ち破ることは大変な作業だと感じたが、別に焦ることはないと思っている。変化には時間がかかる。常識を打ち破り、新しい常識を作るにはそれなりの時間が必要だ。時々、誤解されるが僕は「いい人でも気前のいい人」でもなく、ただの純粋な破壊者である。自分の会社においては、誰がなんと言おうとも、自分がおかしいと思ったことは正し、正しいと思ったことを行っていくつもりだ。そして、それが既存の価値観とは相容れないことだと熟知している。

自分自身にとって最も重要なことはを「長期的な利得を考える」ということだが、これを直訳すると「自分の死後、より良い世界になったか」ということに尽きる。

たいした人生を送ることは出来ないかも知れないが、「ああ、あの人と出会えて良かった」と思える人間ではありたいと思う。

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2011年4月13日 (水)

謙虚にその国の言葉を習得するということ。

ブエノスアイレスに到着してから一週間が経った。

City01

そして、定住先とスペイン語の先生を見つけた。スペイン語の先生はブエノスアイレス・ヘラルド新聞という英字新聞の個人広告から見つけ、アパートメントは以前からお世話になっているairbnbから探しだした。

家具付きのアパートメントはブエノスアイレスにたくさんあり、ほかのサイトからも探して、色々と見たが、とりあえずはここでいいかと思うところに決めた。ブエノスアイレスではアパートメントを借りる際には、家賃と多少のデポジット(だいたい家賃の一ヶ月分)のみ入居時に払えばいいだけなので、結構気軽に借りられる。

Kao
(ブエノスアイレスにはたくさんのグラフィティが描かれ、けっこう凝ったものもある)

スペイン語の先生については、フィリピン人の先生採用の経験が活きた。今までの経験上、募集広告に出している短い文章からだいたいどの程度のレベルの先生かを見分けることが出来る。そして、数回のメールのやり取りでその確信を深め、最終的には会って決めた。

一週間のあいだにスペイン語の本を眺めては、ちょっとは勉強したが、まるで捗らない。やはり強制的にやらざるを得ない環境に自分を追い込まないと、人間は努力はしないものだ。教えてもらうスペイン語の先生は「毎日宿題を出すから、よろしく!」というけっこうなスパルタなので、彼女についていけば多少は話せるようになるのではと思う。あとは自分次第だろう。

そういえば、彼女と話しているときに「どれくらいでスペイン語が話せるようになるか?」というアホな質問をしかかったが、思いとどまった。先生からしてみれば、「そんなこと知るか!おまえ次第」ということだろうなと。

英語でもスペイン語では、やはり信頼できる先生を見つけて、あとはその先生と二人三脚、一生懸命努力するしかないのだろう。せめて、早くレストランでスペイン語で注文出来るくらいにはなりたいものだ。

【色々とリサーチをしていて、この記事を見つけた。” If they don’t speak it, it is due to lack of practice.”とあるが、この人の教養のなさにびっくりする。英語でも”When in Rome, do as the Romans do.(郷に入れば、郷に従え)とあるように、謙虚に「その国の言葉」を習うべきであって、英語を話せないアルゼンチン人を揶揄すべきではなく、アルゼンチンにいてスペイン語を話せない自分を恥じるべきだ。】

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2011年4月12日 (火)

人生とタンゴについて:ブエノスアイレスにて

タンゴと言えば、ブエノスアイレスであり、ブエノスアイレスと言えばタンゴである。

Tango01

タンゴ発祥の地と言われるボカ地区のカミニートに行ってきた。

Boca01

人々がブエノスアイレスに夢中になるのが分かる気がする。ブエノスアイレスでは通り一本違えば、別世界が広がっており、さらに地区が違えばそれは別宇宙と言っても差し支えないほど全く違う雰囲気が漂っている。ブエノスアイレスに到着して一週間、毎日違う地区を歩いてみたが、どこも全く違う印象を受けて、全く飽きない。

ブエノスアイレスに到着してこの一週間、すごく楽しかった。ものすごく馬鹿みたいに聞こえるが、自分にとってはそれはとても重要なことである。ここ一年でこれほど楽しかった一週間を過ごしたことはない。たぶん、それは自分が全く訳の分からない世界に足を踏み入れているからだろう。ここ、ブエノスアイレスでは誰も自分のことを知らないし、あらゆることが努力なしでは成し遂げられない。自分の脳みそを100%使って、一つづつ問題を解決することが楽しい。

本気でこの土地に溶け込もうとすればするほど、難題にぶち当たるだろう。でも、それが楽しい。限りなく最悪な条件から、最高の結果を導き出す解を常に探る作業は楽しいものだ。

僕は起業家であり、写真家であり、また一人の旅人である。
そして、人生に正解はない。ただより正解に近い答えを導き出すことを求められているだけだ。僕は自分に一年という期間を与えることを決めた。その期間でどれだけのことが出来るか、これから見極めたいと思っている。

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2011年4月10日 (日)

一寸先は闇か光か・・・・・・・今日を生きるということ。

ブエノスアイレスは秋である。

Sheeds

ブエノスアイレスの秋はとても過ごしやすい。だいたい半袖で過ごせ、日陰になるとちょっと上着が必要となるくらいの心地良い気候だ。

昨日、今日とこれから本格的に住む物件をネットで探し、また実際に何件か見てきた。ブエノスアイレスの物価の上昇はすさまじく、思っていた価格よりはだいたい1.5倍程度が現在の相場となっている。それでも、生活のレベルを考えると、日本よりはずっと少ないお金で快適な暮らしが出来る。

スペイン語という大きな壁があるが、それはこれから最優先で取り組む課題として対処すれば、これからの生活にかなりの期待を持てるのではないかと思っている。

ブエノスアイレスに会う人たちからは「どうしてブエノスアイレスに住もうと思ったのか?」と訊かれるが、まさか「なんとなく」なんてことは言えないので、適当にお茶を濁している。

自分の同世代の人たちは、マンションのローンやら、子育てやら、出世争いなど人生においてもっと「なにか真剣なもの」に取り組んでいるのに、地球の反対側でこんなことをしていていいのかと時々考えるが、世の中一人くらいは「外れ値」がいたほうがバランスが取れるのではと楽観的に考えている。

Palermo

今日、訪れたパレルモ地区はブエノスアイレス随一の高級住宅街で、とても落ち着いた雰囲気だった。ぜひこの近くに住むたいと思い、いくつかの物件を持っているマルコスというアルゼンチン人と交渉をしている。

うまくいけば、来週にも引越し予定だ。
今日、パレルモ地区に来るまでは、「どうせなら、一ヶ月ごとに引っ越して、色々と経験するのもいいかもね」と言っていたのに、今日見た物件がかなり気に入り、半年くらい契約する前提で話をしている。

きっと一生30年ローンなど組めないだろうと達観している。


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2011年4月 8日 (金)

旅をすることについて:不倫と南米

完全に時差ぼけにやられてしまい、朝の五時に起きて、夕方4時には眠くなってシエスタを取って、こちらの夜の8時には目が覺めてしまう。(日本とブエノスアイレスでは時差が12時間あるので、昼夜逆転している・・・・・しばらくはこの生活が続くのだろう)

Blog2

今はサン・テルモ地区というところに滞在している。

ブエノスアイレスの中心地から徒歩10分くらいのところなので、とても便利だ。ただひたすら今日は歩き、街を散策してみた。やはり南米というよりは、ヨーロッパの街のように感じる。ブラジルの街をよく歩いたが、あのときのような違和感はあまり感じず、普通に馴染むことが出来る。

Blog01

住める街か、住めない街というのは、直感によるような気がする。18歳の冬、初めてスコットランド首都エディンバラに訪れたときは、「ここに住む!」と強烈に思ったが、ブエノスアイレスの街を歩いてみて、「住んでもいいかも」とは思えてきている。

22歳の頃、ニューヨークでとある日本人カメラマンのアシスタントをしていた頃、彼は「自分はたまたま日本に生まれてきただけで、だから別に日本人として一生を全うする必要性を感じない」と語り、結局彼はアメリカ国籍を選んだ。

まあ、それもどうかと思う。国籍なんてどうでもいい。

表面的に国籍を変えても、結局は日本人であることに変りはない。僕は別にただ旅をしたいだけだ。今はただブエノスアイレスにいるだけで、アルゼンチン人になることもないし、ほかの国籍の取得をすることもないだろう。

なるべく多くのことを経験し、それを出来る限りアウトプットしていければと思っている。


(吉本ばななはそれほど好きな作家とは言えませんが、この小説は素晴らしいと思います。圧倒的な文章力、ストーリーの力を感じます。やはり小説は素晴らしい!)

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2011年4月 6日 (水)

ブエノスアイレスにて

成田からアメリカのヒューストン空港まで12時間、それから7時間ほど待ち、ブエノスアイレス行きの飛行機に乗ること10時間、日本を経ってから30時間弱かけて、ようやくアルゼンチンの首都ブエノスアイレスへと到着した。

予備知識はほとんど言うか、全くといっていいほどなかったので、成田空港で地球の歩き方を買った。しかし、その地球の歩き方は「アルゼンチン、チリ、ウルグアイ、パラグアイ」と体よくまとめられてしまっている。

薄い内容だが、ないよりはマシだろう。

Buenos01

ブエノスアイレスは「南米のパリ」と言われているが、日本から本物のパリまで直行便で行けば、12,3時間で行けるので、わざわざ「南米のパリ」に行くよりも本物のパリに行ったほうがいいとは思う。

南米のパリと言っても、ルーブル美術館やセーヌ川があるわけでもないし・・・・・・

自分のようにヨーロッパは散々行って目新しさを感じないひねくれた人間か「タンゴが三度のメシよりも好き」と言った変わり者しか30時間もかけて、ブエノスアイレスくんだりまで行かないのだろう。

特に今回は滞在期間を特に決めていない、「終りなき旅」でもある。

ブエノスアイレスは想像通り、英語が全く通じない。空港で色々と英語で訊いても、「英語を話す目障りな人」扱いを受けてしまう。街に出ても、それは変りなく、どんな簡単な英単語(BANKやBEERなど)も通じないので、早急にスペイン語を勉強する必要に駆られている。

海外に行くと、「英語を勉強して良かった!」と感じるものだが、ブエノスアイレスでは微塵もそんなことは感じない。

でも、まあいいかと思う。

先は長いので、ゆっくりと時間をかけて色々と勉強していこうと思っている。早くこちらで生活の基盤を築いて、仕事とスペイン語の勉強に集中出来る環境を築こう。
(ちなみに日本からテニスラケットを持ってきたので、テニスを出来るところも見つけないといけない)

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2011年4月 4日 (月)

今日が天気で良かった:旅立ちの日に

小さなスーツケースを抱えて、今日ブエノスアイレスへと向かう。
人にとって、本当に必要なもの、なくてはならないものは、ごくわずかなものだ。それに以前と違い、世界との距離はぐっと縮まった。スカイプを使えば、家族や友人たちといつでも無料、あるいは僅かなお金で話すことが出来るし、格安航空券のおかげで安価で世界のどこへでも行けるようになった。

家族や友人たちとも別れを告げ、ふらっとブエノスアイレスへと行く。メリット・デメリットで考えると、ブエノスアイレスくんだりまで行くメリットを考えることは難しい。スペイン語も話せないし、知っている人も一人もいない。生活していくだけでも、苦労するだろう。

だからこそ、行く価値があると思う。人は努力する環境にいないと、努力はしない。それに自分の弱さも熟知している。何かを変えることによって、得るものは大きいし、そして失うものも大きい。自分の人生のバランスシートを見ると、ブエノスアイレスに行くことによってマイナスになるだろう。

それでもいいのではと思っている。

短期的な利得よりは長期的な利得のほうがより重要である。
(それは人間関係でも事業でも当てはまる。長期的な利得が得られないと判明した時点で、切り捨てることも重要ではある)

やっぱり東京が一番とさっさと切り上げてくるかもしれないが、それもそれでありだなと思う。

しばらくは住所不定でいこう。
行きたい国はたくさんあるし、会いたい人たちもたくさんある。まだ見ぬ出会いにも心馳せている。

難しいことを考えすぎても、何も始まらない。
明日はどうなるか分からないが、せめて今日が天気で良かった。
そんな日々をしばらく送っていこう。


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