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2011年2月

2011年2月28日 (月)

やるべきことはひとつだけ。

株式会社ワンズワードは創業日が2009年3月2日なので、創業して丸二年が経過したことになる。事業の柱はオンライン英会話スクール「ワンズワードオンライン」であり、その営業が開始してからちょうど1年が経過し、会員数が200名弱と順調に成長している。

別に規模の拡大などには興味はないが、ただ成長を続けることは大事なので、今の結果にはある程度までは満足している。

先生の数も当初の6人から倍の12人に増えた。ほかのオンライン英会話スクールは何十人、何百人と先生を抱えているが、ワンズワードがそのような数の先生を抱えることはないだろう。彼らとどれくらいの期間一緒に働くかは分からないが、彼らあってこそのワンズワードなので、大事にしていきたい。

なんだか馬鹿のように聞こえるが、「働いている人たちが楽しい」と感じることが一番なのではと思っている。ほかのスクールが異常なまでの価格競争を繰り広げているなか、レッスン単価がほかと違って高めのスクールに入校してくる方々は、奇特(?)な人たちが多い。広告宣伝費はゼロのうちに惹きつけられてくるということは、相当アンテナが張っている人たちなので、英語学習に対してモチベーションが高く、英語を学ぶ生徒として理想的な方々が多い。そのことが先生たちの仕事に対する満足度に大きく貢献している。

良い循環だ。

物事がうまくいっているときは、そっと静かに見守ろう。自分の役目は「優秀な先生と学習意欲の高い生徒様」の橋渡しだと自覚している。そのほかのことはマイナーな取るに足りないことに過ぎない。

あと2,3年後どのような形で運営しているのだろうか?オンライン英会話という業界自体、どのように変化しているのだろうか?

考えてもきりはないが、自分たちは自分たちのベストを尽くすしかないと思っている。

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2011年2月23日 (水)

生活するように旅をするということ。

ずいぶんと昔の話しではあるが、高校2年の選択科目で「西洋美術史」という授業があった。普段は授業なんてまともに聞かなかったが、この授業のときだけは席を前の方に陣取って熱心に聞いていた。

毎回、授業では世界の巨匠と言われる人たちの作品がスライドで紹介され、ゴッホやピカソやモネ、ラファエロなどの作品について先生が講義をした。ゴーギャンとゴッホが同棲(?)しており、感情的になったゴッホが自分の耳をそぎ落とす話しや、ラファエロがバチカンで天井画を描いている最中、ずっと上をから落ちてくる絵の具のためにほとんど失明した話しなど、興味の尽きない話しばかりだった。

Centralstation

「芸術家とは」と言われたら、真っ先にこのようなエピソードが思い浮かんでしまう。それぐらい激しい感情や執念がないと、歴史に名が残せるような名画は描けないのだろうなと高校生ながらも思ったものだ。そして、どうしてもそれらを実際に見てみたくなり、翌年にはパリのルーブル美術館、オランジェリー美術館、それにサンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館などに行った。そして、世界遺産の三分の二があると言われるイタリアに三週間ほど滞在して、イタリアが世界に誇る美術品の数々を堪能した。

それ以来、バルセロナのピカソ美術館、アムステルダムのゴッホ美術館、マドリッドのプラド美術館、ベルリンの多くの美術館など色々と見て回っているが、やはり印象的なのは10代に見た本物の絵画たちだ。授業のスライドでしか見たことがなかった絵画が目の前にあるという事実がただ単純に信じられなかった。

Kids

フィレンツェのダビテ像、ルーブル美術館のサモトラケのニケ像、ラファエロの天井画、モネの睡蓮、ゴーギャンの「ダンス」などを実際に見た興奮は何ものにも代えがたい。

だからとは言わないが、最近は海外に滞在するときはわざわざ美術館の類は行かない。ただその街をぶらぶらと歩き、気に入ったものがあれば写真に撮る。ものすごくシンプルな旅の仕方になってしまった。それで楽しいかと言われたら、「まあ、そこそこ楽しい」と答えるだろう。別に旅に興奮などはもう求めていない。違う国の空気を吸い、違う肌の人たちを見て、彼らと会話するだけでも得られるものは大きい。

生活するように旅をしたい。

朝起きて、シャワーを浴び、朝食を食べながらネットをチェックし、仕事をする。そして、気が向いたら辺りを散歩して、写真を撮る。別に悪くない時間の過ごした方だ。見る風景は変わるが、別にやっていることは日本にいるときと大差ない。そのような旅も別にあってもいいのではと思う。これからもしばらくはこのような旅を続けるだろう。特に理由もないが、強いて言うのであれば、「違ったものを見るため」と答えるかもしれない。

本質的に物事は変わらないという形而上学的な事実は抜きにして、環境が変わればそれなりに考え方も変わる。そのような自分を観察するのが、けっこう面白くもある。何かを目指したり欲したりすることは特にないが、常に自分自身を変えていきたいとは思っている。10年も20年も代わり映えのしない自分自身とは、自分ですら付き合いとは思わないから、周囲の人もそう思うだろう。

生活するように旅をする・・・・・・悪くないアイディアだ。

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2011年2月22日 (火)

ただ一人でいることについて

今回のオーストラリアの旅も明日が最終日になる。今までオーストラリアやオーストラリア人については、漠然としたイメージしかなかったが、今回の滞在でかなり具体的にイメージが湧くようになった。

Blackswan

ロンドンに住んでいるときは、オーストラリア人はどことなく「よそ者」的な感じがしていたが、オーストラリアにいても、やはりその感は拭えない。ヨーロッパ的な伝統を引き継いでいるのだが、地理的に余りに離れているので、どことなくヨーロッパに対しては憧れを感じている人たちなのだろう。(日本人の僕がそんなことを言うのは、あれだけど)

今滞在しているメルボルンはオーストラリアの中でも最もヨーロッパ的な街と言われているが、実際にヨーロッパに暮らしたことがある自分にとっては、どちらかというとアメリカ的な大ざっぱさを感じてしまう。

Casino

僕が2年間暮らしたスコットランドの首都エディンバラは、新市街全体が世界遺産に認定されるだけあって、驚くほど美しかった。アートのなかで暮らしているようなものだったが、まだ歴史の浅いこの国ではそれも無理な相談だ。

でも、全般的に見て好印象な国ではある。シドニーなどは独自な文化を発展させて、これからどのような街になっていくのか楽しみだ。

オーストラリア、またヨーロッパに滞在して個人的に気持ちが落ち着くのは、一人で行動してもそれほど目立たないことだ。日本、特に東京では一人でランチならまだしも、飲みに行くのはけっこうな勇気がいる。もちろん、行きつけの店などあればまだ話しは別だが、ただ一人で黙って外で飲みたいときなどはそれも煩わしい。

日本にいると、巨大な会社に勤務している感じがするが、ここはそういう気持ちになることはない。個人対個人の関係がきちんと築ける。それは本当は当たり前なのだが、日本にいるとついついそんなことを忘れてしまうほど、肩書きや年齢に縛られる。

これからどんどん年を取っていくことを考えると、それは考えものだ。そんなものに縛られていると、世界が狭くなるばかりだからだ。祖母が80歳くらいの頃、シドニーを訪れて感激したことは「いい年をした大人が遊んでいる!」ということらしい。もちろん、別に遊ぶことが人生の至上命題でも何でもないのだが、日本ではいい年をした大人の男はせいぜい若い女の子と浮気をし、おばさんは韓流にはまるくらいしか「遊ぶ」ということがないのではと思う。

オーストラリア、カナダ、ヨーロッパなどでは年齢に縛られず、みんな思い思いに生きている。そんな生き方がそろそろ恋しくなってきたのかもしれない。

Vegebar
(スティーブンお薦めのVEGI BARというレストランのナチョスです。うまかったです)


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2011年2月20日 (日)

人間は宗教的である間だけ、文学と芸術において生産的である

メルボルンの街をぶらぶらと散歩していたら、教会を見つけたので中に入ってみた。

Charch003

ヨーロッパの教会では特にそうだが、教会に入るたびに宗教的な気持ちが湧いてくる。今、現存している教会のほとんどは建てられた当時の贅を尽くした作りになっているので、観るものを宗教的な気持ちにするためのあらゆる仕組みを整えていると過言ではない。

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遠い昔、一人でパリのとある教会に入ったときに老婆が跪いてキリストに祈りを捧げているのを見たとき、自分も思わず跪いて祈りを捧げてしまった。特にクリスチャンというわけでもないのだが、教会には人に祈りを捧げさせる何かが宿っている。

1charch001

ドイツの詩人ゲーテは「人間は宗教的である間だけ、文学と芸術において生産的である」と語ったが、このような古い教会に入ると、ゲーテがそのようなことを語った背景もなんとなく分からなくもない。

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2011年2月18日 (金)

都会のオアシスと英語の人格

昨日はガブリエルの友人の展覧会のオープンニングパーティーに行ってきた。
(ちなみに彼女の家はairbnb(エアービーエヌビー)で見つけました。かなり使えるサイトです)

Exhibition
(オープンニングセレモニーのオペラ歌手の演奏です。歌うまかった・・・・でも、なんか気の毒なシチュエーションでもあります)

一階は抽象画で、二階が写実的絵画というよく分からないギャラリーだった。ガブリエルに写実的絵画についてはどう思うか訊かれたので、「彼はカメラを買ったほうがいいんじゃないかな」と言ったら、ガブリエルが嬉しそうに笑った。

画家が実際に見ているものをそのまま描かれても、その絵を観るほうとしては困ってしまう。素晴らしいテクニックなのは分かるが、それをあまり強調されてもこちらとしては萎えてしまう。「だったら、写真でいいじゃん」とひねくれた見方を思わずしてしまう。

抽象画についても訊かれたので、「We don't want to see artists who are trying, we want to see artists who are just there.(試しているだけのアーティストは見たくもなく、ただそこ在るアーティストが見たい)」と偉そうなことを言っておいた。

抽象画の問題点は、人から理解されることを由と思っていない画家が多すぎる点だ。本当にすごい抽象画を描いた人たち(カンディンスキー、ピカソ、バスキア、ジャクソン・ポロックなど)は、自分たちの表現したいことを極限にまでシンプルにした結果がああいうスタイルになったのだと思う。スタイルありきではなく、まずは何を表現したいかだと思うのだが・・・・・・

Dinner
(旦那さんのクレーブが作ったラム肉の炭火焼きです。最高においしかったです。ちなみにめったにゲストにごちそうしないとのことですので、ご注意ください)

そのあと家に帰り、ガブリエルとクレーブと共にアート談義に花が咲いた。彼らと毎日のようにアートについて語っているような気もするが、あまり日本ではそのようなことを語る機会がないので、いい経験だ。日本語で同じことを訊かれても、きっともっとオブラートで包んだ言い方をしていると思う。でも、英語だと自己完結してしまう意見を言うことはもってのほかなので、彼らが興味を引くような言い方、あるいは内容を言わないと相手にされない。

日本語での人格と英語での人格はきっと違うのだろう。自分で言うのもなんだが、僕の場合は英語での人格のほうが受けがいい。日本語だと毒舌と言われるが、英語だと「率直だ」と言われる。どっちも同じようなことを言っているのだが、相手の捉え方が違うのだろう。

そして、今日はスティーブンと朝からサイクリングをしてきた。

Me_you
(10年以上も会っていないわりには、仲がよさげに見える。ロンドンに住んでいた頃は近所だったので、しょっちゅう会っていたからまだその記憶が鮮明に残っているからかもしれない)

スティーブンが「マンリーにまだ行っていないならば、行くべきだよ。僕たちはあそこで不動産を買うことも考えているんだ」と言ったので、気になって行ってみることにした。スティーブンは午後から仕事があるというので、自転車だけそのまま借りて、マンリーに行ってみた。

Manly_beach
(シドニーの中心部からフェリーでわずか30分。観光客もそれほどおらず、雰囲気は最高にいいです。ちなみに賃料もほかのとこに比べたら、まだ安めです)

マンリーをずっと自転車で周り、海風を満喫した。スティーブンが「シドニーに住むなら、やっぱり海沿いに住まなきゃ。シドニーっ子たちはみんなそう思っているけど、実現するのは夢かな・・・・」と言っていた。今、シドニーは不動産ブームでほとんどが賃貸ではなく、売り物件だ、これがいつまで続くか分からないが、たしかにマンリーでもほとんどの物件は賃貸ではなく、売りに出されていた。

Manly01

シドニーは思った以上に良さそうなところだが、東京よりも物価が高いのが難点だ。でも、お金の価値を考えると、シドニーでのお金の価値のほうが数倍高い。東京の中心部からわずか30分で素晴らしいビーチなどは拝めない。フィリーなので渋滞とも無縁の世界だ。

明日からはメルボルンだ。
今度はどのようなことが待ち受けているのか、今から楽しみだ。


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2011年2月17日 (木)

友だちとは:スティーブンとの再会について

”Don't worry, nobody understands you." 
(心配いらない、誰も君のことを理解することは出来ないから)

Stephen02

20代の頃と変わらないシャイで内気なスティーブンにそう言った。
彼は人と知り合うのが苦手で、極端に友人が少ないらしい。かって作家志望だった彼に、ブログでも書いてみれば薦めたのだが、見ず知らずの人と知り合うのは怖いと言ったので、彼にそう言ったのだった。

自分自身のことを分かってくれそうな友人たちとのみに付き合いを限る彼の気持ちは分かるが、親や親友でさえ「なんとなく自分のことを分かってくれる」程度だと思う。別にそれはそれでいいのではと思っている。誰からも理解されないと思っているからこそ、なるべく分かりやすく自分を表現したいと心がける。得てして、たいした人間ではないほど自分を大きく見せたがるものだ。

スティーブンは今は小学校の先生となり、またプライベードでも10ヶ月になる息子がいて、充実した人生を送っているらしい。彼とロンドンで一緒に過ごした頃は、お互い「ザ・青春!」と言ったところで、色々と自分たちの夢について語り合い、意見をぶつけたものだが今ではすっかりおとなしくなった。(スティーブンは会ってすぐに自慢の息子の写真をiPhoneで見せてくれた。古今東西を問わず、親ばかは同じ行動を取る)

シドニーの生活を色々と訊いたが、一番驚いたのはその人件費の高さだ。レストランでウエイターをしても一時間2000円くらいもらえるらしい。さらにその上、チップももらえるので、日本と比べるとあり得ないくらい高い時給になる。彼のような学校の先生でも臨時の先生などをすると、一日3万円くらいになることもあるという。どうりでシドニーの物価は東京よりも高いわけだ。レストランでパスタを食べようと思ったら、2000円くらいしたので躊躇した。たかだかランチのパスタに2000円はどうみても高い。日本では食後のコーヒーはランチに付いてくるが、シドニーはそれもないのでますます高く感じる。

東京の物価が世界一高かったのは、もう過去の話らしい。シドニーでは外食文化は日本ほど発達しておらず、結構リッチな人たちのみ外食するとのことだ。

Stephen01

スティーブンと話しているうちにかなり懐かしさがこみ上げてきた。友人はどんなに会わなくても、友人のままなのだなと思った。正直、人間的な欠陥が多いスティーブンだったが、友人だから許せてしまう。どこか憎めないのが彼の美徳だ。
(ロンドンに住んでいた頃、僕たちは貧乏真っ盛りだったが、彼の両親はものずごく金持ちだったので、困ったときは彼は親のアメリカン・エクスプレスカードを使っていた。同じ貧乏でも根本的に違う貧乏だ)

彼は今週の金曜日は特に用事がないということなので、朝から街を案内してもらうことにした。ロードバイクを二台持っているということなので、それで色々と回ろうということになった。そして、今日の夜はGabriel夫妻から展覧会のオープンニングパーティーに招待されている。なんのプランもなかったシドニー滞在だが、意外と忙しく充実している。

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2011年2月16日 (水)

シドニーにて:マーライオンを想う。

シドニーを「大きな田舎」と評した記事を読んだことがあるが、たしかにその通りだなと思う。

Sydneybridge2011

Airbnbというサイトを通して見つけたGabrielle夫妻の家に今、滞在している。成田を出発したのは、14日の朝11時だったが、彼らの家に着いたのは15日の朝11時近くだった。マイレージを活用するためにひたすら乗り換えと待つことを繰り返し、ようやく辿り着いたわけだ。

House_sydeny

着くなりに奥さんのほうから色々と質問を受け、今回はシドニーとメルボルンを見て回るつもりと言うと、「メルボルンのほうが断然いいわ」と言われた。20年以上もシドニーに住んでいる人がいうのだから、そうかもしれないが、着いたばかりの身にとってみれば、あまり信じたくない事実だ。

2時間くらいオーストラリアやシドニー、それに画家として活躍する彼女について質問し、ほとんど寝ていなかったが、おかげで頭は冴えたので街を観て回ることにした。
(彼女は今年、スペインでアーティストレジデンスとして1ヶ月ほど滞在するとのことだ。飛行機代も家賃も払われ、報酬も受けられるという。中々素晴らしいシステムだ。)

シドニーというと、取りあえずはオペラハウスだろうと思い、行ってみた。
(ガイドブックを忘れたので、オペラハウスの行き先を訊くという恥ずかしい行為をしてしまった。しかし、そんな僕に「〇〇はどこですか?」という観光客が何人もいた。ただでかいという共通点で、オーストラリアンと思うのは誤りだ)

Operahouse2011

シンガポールの「マーライオン」と同じくらい残念な観光地として有名なシドニーのオペラハウスだが、マーライオン、それと同じくらい残念と言われるコペンハーゲンの人魚姫を見た自分としては、オペラハウスのほうが断然いいと思う。マーライオンに至っては、シンガポールの権威を失墜させると思えるほど、残念だと思う。早く撤去したほうがいいとさえ思えてくる。

東京の人ごみに慣れた自分としては、シドニーの街はかなり歩きやすい。
シティと言われる中心部は思った以上に小さくまとまっており、端から端まで歩いても30分くらいではないだろうか。MY MULTIという7日間乗り放題のパスを購入していたので、最初は電車で見て回ったが、途中から乗るのが面倒になって歩いて観て回った。マーケットストリート(シドニ一の繁華街)→オペラハウス→ミュージアム(オーストラリア博物館がある地区)→ボンダイジャンクション(ボンダイビーチがある地区)→キングスクロス(あまり治安のいい地域ではないが、安宿が密集している)を駆け足で観て回った。

Hydepark

街の作りはヨーロッパの街並みと比べると大雑把だが、それほど圧迫感はなく好感が持てる。ただ東京と比べると、見劣りするのも事実だ。7時くらいになるとさすがに歩き疲れて、Gabrielle夫妻の家があるBalimanという地区に戻ってきた。ここはかなり小洒落た店が多く、住みやすそうな地区だ。シドニーの中心部へは20分くらいで行けるので交通の便も非常にいい。

丸一日以上寝ていなかったので、シャワーを浴びて、9時前には寝てしまった。一日目としては、悪くない日だった。明日の夜はロンドンに住んでいた頃、とても仲が良かったスティーブンという友人に会う予定だ。彼とはもう15年ぐらい会っていない。最近は古い友人とよく会う。それも年を取ることへのひとつの楽しみなのかもしれない。

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2011年2月10日 (木)

「ただ待つ」という選択肢について

「仕事だから」とよく耳にする。仕事だからなんなんだろう?
世の中には仕事よりも大切なことが多々ある。仕事にばかり気を配って、人生がおろそかになっている人は多い。

個人的には仕事に費やす時間が少なければ、少ないほどいいと思っている。それできちんとした結果が出るのであれば、それに越したことはない。だが、多くの人は「一生懸命」や「努力」という言葉を使って、自分自身のことを正当化しがちだ。

結果が伴わない努力などするだけ無駄だ。僕はなるべく仕事をしたくない。だから、真剣に「どうやって仕事をしないで済むか?」ということをよく考える。もしかしたら、日々ブログや文章を書くことも、その一環と言えるかもしれない。自分の考えやアイディアを文章化し、体系化して他者と分かち合うことで、自分の考えを一歩進めてことが出来る。アウトプットされないアイディアなんて、この世に存在しないも同然だ。

時々、人から自分のアイディアやオンライン英会話スクールの仕組みやサービス内容をブログなどで公表して、盗まれることを心配しないのかと言われる。アイディアやサービス内容など公表したところで、盗まれることはないと思っている。仮に盗まれても、別に困ることはない。公表することにより「自分の考えを一歩進める」ことが出来るのだから、彼らがそれらを盗んでそれらを実行に移しているあいだに、自分たちはもっと先へと進んでいる。

「最小限の努力で、最大限の成果」が自分のモットーだ。そして、意外とこれを人々に浸透させるのは難しい。なぜなら、多くの人は仕事が大好きだからである。仕事のために仕事をすることを厭わない。大変な努力家だと思う。

仕事なんて、しないで済むのであればしないに越したことはない。
アゴラにも書いたが、自分が理想とする組織運営方法は、マネージメントを必要としない組織構築だ。そして、どうやらその構築は自分が思った以上に大変な作業になりそうだ。だが、一度構築してしまえば、今後もっと良質なサービスをそれほどの負担はなく提供出来るのではと思っている。

「人は人を変えることは出来ない」これは自分が36年間費やして獲得した悟りだ。でも、時々忘れそうになるのも事実だ。人はつい自分を過信して、人の考えを変えることが出来ると思ってしまう。特に権力を握っている側の人間はそのような思考に陥りやすい。

物事を成就させるには時間がかかる。時間をかけるということだけが、必要なこともある。愚直にただ待つということも必要だろう。

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2011年2月 7日 (月)

誰かではなく、あなたと向きあうということ。

現在、弊社の先生採用プロセスは下記のようになっている。

1.書類選考(ここで100人中90人が不合格になる)
2.一次面接(書類選考を突破した10人中6人は不採用になる)
3.二次面接と英語テスト(ここで一次面接を突破した4人中3人は不合格になる)
4.研修(こちらの要求の多さにイヤになっちゃった人がここで稀に辞める)
5.10人の生徒様によるモニターレッスン
6.正式採用

な、なげえよ。

当初はモニターレッスンは設けていなかったが、生徒様も先生採用のプロセスに関わってももらうことで、色々とメリットが考えられ、また10名もの生徒様からのレポートには先生たちの評価が如実に現れ、今後の先生採用の参考になるので、継続してモニターレッスンというプロセスを経て採用している。

仕事は効率化すべきだし、色々な方法で楽をするやり方を考えたほうが何事もうまくいくものだが、先生採用に関してはそれとは反対なポリシーを掲げている。

「徹底的に先生の質にこだわり、そのためには労力を惜しまない」ということだ。そして、そのようなプロセスを経て採用した先生たちはとても大事にしている。

先日もリッチー先生から妻が出産間近なので、出産が始まったらそのあとの3日間から5日間は休ませて欲しいという願い出があった。もちろん、快諾した。彼はワンズワードではとても人気がある先生で、ほとんどの予約は埋まっている。だから、急に休まれると生徒様もうちも困るが、仕方がない。メルマガと会員ニュースでリッチー先生の状況を説明し、生徒様にはこのような状況を理解していただくようお願いした。

人生には仕事より重要なことがある。それは出産だったり、身内の不幸だったりする。そのようなことを犠牲にしてまで、仕事をする必要はない。当たり前のことだ。だが、当たり前のことでも雇用している側は、自分たちの都合を押し付けがちだ。当たり前のことを当たり前のようにやる、それもまた大事なことだ。

そのようなことを続けるためには、いかに先生たちと一個人として付き合っていくかだと思う。「フィリピン人」「アメリカ人」「イギリス人」「先生」とつい一般名詞として彼らをくくりがちだが、JOY、RICH、RYAN、KAYE、BEEJAY、SHAWIE、JENNY、JOE、それにMARIEと一般名詞ではなく、彼らには固有の名前が付いている。

そのことを自覚して、きちんと彼らとの関係を築いていこうと思っている。

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2011年2月 2日 (水)

世界言語としての英語

世界中で英語は話されている。だから、世界各地で英語は独自で英語は進化していくだろう。今でも覚えているが、イギリスの語学学校で先生が「travelingのスペルは、かってはtravellingとLがひとつ多かったけど、アメリカ人がLを1つ落として使ったので、今ではtravelingでもOKになった」と苦虫を潰したような顔で語っていた。(イギリス人はアメリカやアメリカ人について語るときは、いつも苦虫を潰したような顔をする)

英語と米語のスペルの違い

上記を見ると、そのようなスペルの違いは結構ある。

数の原理で言うと、中国人が圧倒的に多いのだから、彼らが英語を話すようになったら、彼らが話しやすいように英語もどんどん変えられていく可能性もある。

別にそれでもいいのではと思っている。日本語も「どんだけ〜」「〜とか」「ガチョーン」・・・・ガチョーンは違うかもしれないが、本来の意味とは違う使われ方をして、それが定着した例は多々ある。

平安時代の日本人から見れば、現代の日本語はすでに外国語の域に達しているのではと思うほど、進化している。人によっては退化しているという向きもあるかもしれないが、すべてのものは移ろいゆくものだ。言語も例外ではない。

そんなことを考えながら、フィリピン人の英語について考えてみた。彼らの英語の特徴は前置詞の誤使用と、文法的な誤りの多さだと思う。だから、うちでは厳格なテスト(あまり言いたくはないがたいていのネイティブスピーカーも落ちてしまう、阿呆みたいに難しいテスト)を受けて、それに合格した人のみ採用している。

相変わらず継続して弊社、オンライン英会話スクール「ワンズワードオンライン」のために先生採用のために履歴書を見ているのだが、10人中8人までが下記の間違いを犯している。

I look forward to hear from you soon.
(ご連絡をお待ちしております)

toのあとは動名詞か名詞と決まっているので、この場合は「hearing」が正しい。ただこれを調べていくうちに下記のような記事を見つけた。

Look forward to hear from you?

これによるとネイティブスピーカーもよく間違え、さらに北米のバックパッカーたちはかって東欧諸国で英語を教えていたが、彼らの英語はあまりにひどく、英文法のクラスなどはけっして持たせられなかったとある。

どうやら全世界にまたがる一大文法エラーであるようである。なかなか面白い事実だ。もしかしら、そのうち「look forward to hear」のほうが定着してしまい、「〜ing」が間違いになってしまうかもしれない。

そもそも文法なんてものは、特に論理的な理由があって決められているわけではない。「なぜ?どうして?」と考えたら、きりがなくなってしまう。

アメリカ人の英語やイギリス人の英語を理解するよりは、第二言語として英語を話す人たちの英語を理解することのほうが、今後はより重要になることは明白だ。今後はもっと広い心で、先生採用に当たっていこう。(どうせ、三姉妹に落とされるけど・・・・・・)


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