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2010年10月

2010年10月31日 (日)

アナログなものをデジタルで提供することについて:第一回オフ会について

関東地方に台風が直撃するという10月末にしてはありえない天気のなか、35名の会員様が集まってくださった。本当にありがたい話だ。

JOY先生ともよく「1年前はウェブサイトもなにもなかったのにね」というようなことを言い合う。それが今では会員様150名を擁するオンライン英会話スクールに成長した。これもひとえに会員様の理解と、先生たちの努力の賜物だと思っている。

会員様のなかでは「ワンズワードさん、大丈夫ですか?ちゃんとやっていけていますか?」という心配の声が聞こえたが、もともと200名から300名程度の規模でもやっていけるようにビジネスモデルを構築しているので、それほど大きな問題はない。
(もちろん、まだ収益レベルでは足りないが、今後2、3年は投資の時期と考えているので、それだけの体力はある)

「追加レッスンチケットは安すぎはしませんか?もっと値上げしてもいいですよ」というありがたい声もいただいたが、「ギリギリですが、値上げはしません」とお答えした。
(以前は1枚1575円だったが、今は1050円だ。ああ、どうか円高が続きますように!!)

また「なぜオンライン英会話スクールを始めたのですか?」という質問も多く受けた。理由は以前こちらのブログで書いたとおりだ。オンライン英会話スクールの経営には実はまったく興味がなかった。だが、JOY先生のようなものすごく優秀な人たちが虐げられている仕組みには本当に腹が立った。

きっかけはそのような感情的な理由だったが、今では自分にこのような機会を与えてくれた彼女には本当に感謝している。自分の才能とネットワークを最大限に活かせるのが、オンライン英会話スクールの経営だと結果的には気づいたからだ。

まだ僕たちの旅は始まったばかりだ。
150名という人たちを乗せたちっぽけな船かもしれないが、今の150名はとても価値のある貴重な人たちだと思っている。うちがなんの宣伝もしていないのにも関わらず、クオリティの高いサービスを追い求めてワンズワードオンラインというオンライン英会話スクールに独力でたどり着いた人たちだから。

サービス業の基本である「自分が受けたくなるようなサービスの提供」を心がけてここまで来た。そして、それは今後も変わらない。
(オフ会の最中、ウーロン茶ではなくワインでも飲みながら魅力的な人たちと気兼ねなく話せたらどんなにいいかと思っていた。開催者ではなく、ただの参加者だったらなあと。)

インターネット、ソーシャルメディアなど新しいサービスが次々と生まれているが、物事の本質は変わらない。語学学習というプロセスに重要なことは、ネイティブな言語ではない外国語でも思わず話したくなるような魅力的で優秀な先生を持つことと、同じ目的を持ったコミュニティの形成だ。

じつはものすごくアナログで湿っぽいものが一番重要なのだ。

そのことを念頭に置きつつ、デジタルの力を借りて、より安価で効率のいいサービスを提供していけたらと思っている。

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2010年10月30日 (土)

目的を明確化し、それに対して最大限の努力をすること。

また新しく求人広告を出したので、ひっきりなしに履歴書を添えたメールが送られてくる。
本当に面白いなと思うのは、それに沿えられる英語の文章だ。

まず履歴書を送る際の目的は「面接までにたどり着く」ということだ。
書類選考の段階で落とされたくなかったら、きっちりとした文章を書いて、面接する側の印象を少しでも良くしないといけない。

しかし、実際は下記のような文章がひっきりなしに送られている。

1.

Hi my name is mike, please click this link (a video of me hosting a school orientation and tour). I really hope you would take the time to watch this video ;

http://www.youtubeのアドレス

I'm interested to work in your company. Thanks a lot.

-mike-

(おいおい、どうして君の学校紹介のビデオを見ないといけないの?)

2.

Hello,

I have read your ads and I am interested with the said post.

Thank you,
Miss Marie

(Helloって、友達かと言いたい!しかも、withって・・・・・)

3.

Good day Sir/Ma'am:

I saw a job ad thru JOB and would like to apply as a homebased English teacher.

Herein attached is my resume for your evaluation and perusal.

Thank you so much and I look forward to hear more from you.

Miss Nove
(hearって、hearingですよね、そこは。そして、そこにmoreを付けられてもね。ちなみに名前はすべて偽名に変更しています)

共通して言えることは受け手のことをあまり考えずに、ただ履歴書を送ることだけしか考えていない。目的は履歴書を送ることではなく、書類選考に合格して面接の日時を設定することなのにも関わらずだ。

そして、残念ながら英語の間違いがどのメールにも散見される。
(特に前置詞の間違いが非常に多い。代表的なものを太字にしたが、正直応募者の文章としてはすべて不適切な表現だ)

僕が彼らの立場だったら、シンプルにグーグルで検索して、文章を適当にコピペして、絶対に英語の間違いだけはないようにするだろう。英語教師の仕事に応募しているのに、英語に間違いがあるなんて言語道断だから。

実際、ちょっとグーグルで検索したら、下記文章を見つけた。

Dear Mr. Richardson,
First I would like to thank you for taking the time to review my resume. I am looking to use my degree in Elementary Education along with my Concentration in Sociology. Prevention Educator position is the post for which I am applying, which is an alternative way to a traditional teaching position.

I am working as a student teacher in XXX college. There I have an opportunity to work with children and adults of all ages. I also worked as a substitute teacher in local districts, as a Museum Educator, and as the assistant trainer at a local riding stable.

I am interested to develop my career which allows me to continue working with people in different ways. I believe that I am qualified for the position you are trying to fill.

Please let me know, if I can provide you with any further information on my qualification and background. I look forward to hearing from you. I can be reached at 147-444-7878 or via email at aaa@cccc.com. Again, I appreciate you taking the time to review my resume.

Sincerely,

Thomas K Eden.

Enclosure Resume.
(引用元:Resume Cover Letters

この文章は非常にシンプルだし、なにひとつ難しい言葉を使っていない。一番気に入っている点は、文頭と文末にきちんと読み手のことを考え、感謝の意を表明していることだ。フィリピンにはオンライン英会話スクールが乱立しているので、たしかにそんな細かいことに注意しなくても、仕事はいくらでもあるかもしれない。しかし、うちにとってみれば「そんな細かいこと」に注意を払ってもらわないと、相場の数倍の給与を支払う意味がない。(給与が高い=要求も高いというシンプルな図式が理解出来ていないのだろうか?)

僕が解せないのは、一度きちんとした文章を書いておけば、それで事足りるのにその程度の努力もしないことだ。(あとはそれこそひたすらコピペして、応募すればいいだけなのに)

このようなことを経験すると、フィリピンがまだ発展途上国だということを再認識させられる。
彼らが先進国の仲間入りをすることは色々とハードルはあるが、まずはその意識から変革しないと何時まで経っても変わらない。インフラなどを劇的に変えるのには多くの投資が必要だが、意識を変えようと思ったら今からでも変わる。

今までは自分がいかに優秀なフィリピン人と仕事をしていたかということも認識させられた。
人生、何事も経験だなと思った一週間だ。

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2010年10月28日 (木)

正直者は馬鹿を見るのか、否か。

今週は、三日間で合計30名ばかりの先生候補者を対象にSKYPE面接をした。
結果は5名の合格者だが、フィリピン側スタッフによりさらにふるいにかけるので、残るのは3名程度だと思っている。

正直、応募者すべてのメールを読むのも面倒くさいので最初から相当な英語力と先生経験がなければ応募する気すらなくなるような広告を作ったのだが、それでも結構な応募者がいた。なかにはカバーレターやメールの件名すらから書かない人もおり、経験だと思ってそういう人たちも面接したが、やはり思ったとおりの意識の低い人たちだった。
(応募自体はそれでも80名程度いただろうが、履歴書がなっていなかったり英語の文章が間違っていたらもうそこで不合格にしている。こちらの求人広告をほとんど読んでいないのだろうなと思う。読んでいたら絶対に応募してこないような人たちが応募してきているので)

これだけの短期間でこれだけ多くのフィリピン人と話した経験はなかったので、個人的には非常に有意義な体験となった。そして、痛切に思ったのは今ワンズワードオンラインに所属している先生方はほんとかなり特殊というか特別な人たちなのだなということだ。

それと国民性とは思うが、彼らの多くは正直だ。
たとえば、僕が絶対に聞く質問として「あなたの将来のキャリアについてお聞かせください?ずっと英語の先生として働いていくのですか?それとも全く別の職業に就きたいのですか?」というものがある。

すると「To be honest, working as an English teacher is just my sideline. I want to get a proper job.(正直に言いますと、先生という職業はただの副業としてしか捉えていません。ちゃんとした職業に就きたいと思っています)という素晴らしく素敵な答えが返ってきたりする。

うん、嫌いじゃないよ、そういう正直な人。
でも、はい、不合格!

ワンズワードオンラインは他社よりも高額なだけに、その分他社よりも数倍高い賃金を払っている。だが、それでもそんなことはお構いなしかのようにそれまでと同じ努力で数倍の高い対価を支払っているもらえると勘違いしている人が多い。

だから、カバーレターや件名すら書かないし、ましてはうちが出した求人広告をよく吟味して、それに沿ったやり方で応募などしてこない。大学で何を学んできたのだろうと思う。

日本の履歴書はあまりに統一化しているので、それほどバラエティー豊かにはならないが、フィリピンでは状況はかなり違う。日本のように統一化された履歴書では、中々その時点で合否の決定を出すのは難しいが、これがフィリピンだとかなりの高い確率で可能になる。それだけでも、とてもいい経験になった。


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2010年10月27日 (水)

否定されるの巻:SKYPE面接編

今日も月曜日引き続き、一気に10人をSKYPEで面接した。
結果、1名のみ合格としてフィリピン側スタッフに面接をお願いした。

月曜日に3人合格を出したが、そのうち1名はフィリピン側スタッフのダメ出しを食らい、結果不採用となった。ちっ、立場が逆転したぜ!

自分でこしらえた広告でいくつかの求人サイトに広告を出して、面倒なメールのやり取りをしてアポを取って面接の日時を設定して、それから厳選して選んで合格を出したのに・・・・・くそぅ、ダメ出し食らった。

あー、なんか腹が立つな、これ。

でも、今まで自分がやってきたことが全部自分に返ってきた感じ。
因果応報って、ほんと昔の人はうまいことを言う。

ただやり方としてはこちらのほうが正しいと思っている。
実際には最終的な権力は自分が握っているので、「必殺・社長の特権!」を使えば自分の意見を押し通すことは可能だ。(まあ、そんな馬鹿なマネはすることはないが)

自分よりも弱い立場の人に、自分の意見にダメ出しを与える権限を与えておくのは、とても健全だ。
大げさな話かもしれないが、世のワンマン社長や独裁者は周囲にイエスマンしかいないから、ああいうことになるのだろう。
(でも、実際はフィリピン側で中心となって働いてくれる三姉妹がいなければ、ワンズワードオンラインは成り立たないのだが・・・・・・あああ!!もしかしてこちらのほうが弱い立場なのか!し、しまった!)

共存共栄を謳うのは簡単だが、実行に移すのは非常に難しい。とくに組織が大きくなるにつれて、そのひずみは出てくるだろう。だからこそ、これくらいの規模のときにきっちりとその仕組み作りをしないといけないと思っている。そのための施策はいくつか打っているが、まだ足りない。

なんだかふと思ったのだが、楽をする仕組みを作ると言っている割にはすべて自分でこなしている。
そして、どんどんと仕事が増えているのは気のせいなのだろうか・・・・・・

明日はそのことについて、ひっそりと喫茶ルノアールに行って考えようと思っている。


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2010年10月25日 (月)

私、面接官になりました。

今までは先生募集と一時面接はフィリピン側スタッフの担当だったが、今後は自分が担当することになった。理由は色々とあるが、結果的にはそのほうが物事が早く進むと思ったからだ。

今までフィリピン側スタッフが一生懸命探した先生たちを情け容赦なく最終面接で不採用にしてきた。
そうなると彼らが「どうせこの人も最終面接で不採用になるのでは?」という気持ちになり、あまりよろしくないことに気づいた。

彼らから応募者のほとんどが拙い英語しか話せないのに応募してくることを聞いていたので、そういう人たちが最初から応募してこないように、かなり挑戦的な広告を自分で作った。

そして、それでも応募してきた人たちをきちんと面接した。
(あー、フィリピンの男ダメね。マクドナルドや清掃員しか経験したことがないのに、平気で応募してくる。どんだけのことをうちらが求めているか分かろうとしない)

今日だけで10人面接して、結果3名合格した。
三人とも求人広告がユニークで刺激的という理由で応募してきた人たちだ。
(ちなみにこの求人広告はずっと前に作っておりフィリピン人スタッフに見せたが、総スカンだった。いわく、挑戦的過ぎるし、こんな広告に応募してくる人たちはそれほどいないということだった。でも正直、それが狙いです)

3人とも今ワンズワードオンラインに所属している先生たちに勝るとも劣らない優秀な人たちだ。
フィリピン側のスタッフにも面接してもらい、それで問題なければ研修に入り、採用するつもりだ。

今回の出来事から学んだ教訓は「自分で出来ることは自分でやるべし」というものだ。

それしても面接の前に交わす、e-mailでのやり取りから予想していた結果通りになった。きちんとこちらの意図を理解して応募してくる人たちは本当に少ない。

「おまえ、友達か!」とような気軽な感じで応募されても困る。

いや、これでうまくいけば「優秀な先生の確保」という最重要課題が解決出来るので、そのストレスから開放される。

何度も言うようだが、やはり「自分で出来ることは自分でやるべし」ですね、ほんと。

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2010年10月23日 (土)

グーグルの功罪:行動する勇気を奪う惰性

多方面から日本を飛び立って、海外に留学する若者たちが減少傾向であると耳にする。
その是非はともかく、ある意味致し方がない部分もある。

日本は先進国に追いつけ追い越せとやみくもに突き進んできたが、電化製品や車などの工業製品だけではなく、漫画や映画など文化面でも今や欧米から注目される存在となった。

知り合いのフランス人とも普通にドラゴンボールの話題で盛り上がるし、スイス人などからは「最近の北野武の映画はどうだ?」というような質問も受ける。それにベルリン映画祭は宮崎駿が金獅子賞を受賞し、アニメの地位を不動にしたこともヨーロッパには大きなインパクトを残した。

そして、インターネットにより海外の情報は簡単に手にすることが出来るようになった。

こうなってくると、この住み心地のいい日本を離れるメリットよりはデメリットが大きく感じるのも理解出来る。しかし、人生はメリット、デメリットで計り得ないものだ。そこを大きく誤解した人たちがグーグルという検索サービスのせいでさらに増えたように感じる。

物事の是非をグーグルが決めてくれるかのように、なにか新しい品物を買おうと思ったら、口コミサイトを検索して該当製品に対する人々の評価を追い求め、おいしいものを食べようと思い立ったら、そのレストランをグーグルで検索してみて、評価を確認する。

それと同じように留学しようと思い立っても「留学 メリット デメリット」などと検索して、グーグルにまず判断を仰ぐのだろう。きちんと自分自身が確立していない頃は、特に他者の評価が気になる、これは仕方がない。だが、ネットに載っている情報はすべて他人の評価にしか過ぎないということを自覚していないと、物事の選択を誤ることになる。

「情報」という言葉は以前はあくまで自分自身を含まない第三者からの意見や主張、あるいは物事の描写に該当する言葉だったが、今はいつのまにかどこそこの見ず知らずの人に自分自身を投影し、その意見を「自分ごと」として解釈し、情報がいつまにか血の通わない無機質なものから、なにやら人肌を感じさせる暖かいものへと変化してしまった。

だが、言葉の定義は変わっても物事の本質は変わらない。

情報の本質は、あくまでそれは他者に所属し、本当のことを知るためには実際にそのことを体験する必要がある。これからは若者にとってますます生きづらい世の中になるだろう。なぜならば、彼らの特権の一つは「無知であること」だったのが、今はそれさえも許されないからだ。グーグルのせいで無知であることは罪となったのだ。

あらゆる物事を始める前に彼らは無知であることを止め、グーグルに訊く。
そして、じつはその行動自体がさらなる無知を助長する怖れがあることも知らずに。

グーグルでさんざん検索したあとは、行動する必然性や勇気すらも奪ってしまう惰性が頭をもたげる。そうして、若者は海外に出ず、家にひきこもり、大人に向かって物知り顔をする。あたかも彼らがグーグルに訊けば、大人たちの問題も解決できるかのように、にたりと笑いながら僕らの前で不遜な態度を取る。

最近はグーグルで検索する労を惜しむ若者たちも多いらしい。彼らにとってみれば、すぐグーグルで調べれば分かることをわざわざ調べる必要もないと切り捨てているのだろう。しかし、行動しない人生に一体何が残るのだろう?

インターネットで便利になったと喜んでいたのも束の間、いつのまにか僕たちはすっかりそれに踊ろされている。あらゆるものを道具や糧とするぐらいの強靭な精神性を持っていないと、すっかりやる気を削がれる環境が整ってしまった。

自分自身が幸運だと思うのは、こんなご時世に思春期を送ることがなかったからだ。もし、今18、19の若造だったら、、すっかり家に引きこもってサッカーゲームで世界中の人たちと対戦して、世界との「つながり」を実感して満足していたかもしれない。

英語が全く話せないくせにユーラシア大陸を横断して、陸伝いで日本からスコットランドまで行こうなどと絶対に夢にも思わなかっただろう。

ああ、馬鹿で良かった。
そして、それが許容される時代に思春期を送れて幸運だった。
(当時はそんなことこれっぽちも思わなかったが・・・・・今の彼らが僕と同じように月日が経てばそう思える世の中になればいいけど)

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2010年10月21日 (木)

ワンズワード・英語学習フォーラムについて

全米外国語教育協会が策定した5Cという外国語学習の基準がある。
それは下記の通りだ。

1 Communication,コミュニケーション
2 Cultures , 文化
3 Connections, コネクション、関連づけ
4 Comparisons 比較
5 Communities, コミュニティ

コミュケーションには下記のことが含まれる。

Communication: Communicate in Languages Other Than English
コミュニケーション 英語以外の言語でコミュニケーションする(アメリカ人にとっての外国語という意味)

この中に更に3つのものが入っている。

Standard 1.1: Students engage in conversations, provide and obtain information, express feelings and emotions, and exchange opinions.
学習者は会話に参加し、情報の提供・収集を行い、思ったことや感情を表現し、意見を交換する。


Standard 1.2: Students understand and interpret written and spoken languages on a variety of topics.
学習者はさまざまなトピックについての書かれた文章・談話を理解し、解釈する。


そして、コミュニティには下記が含まれている


Standard 1.3: Students present information, concepts, and ideas to an audience of listeners or readers on a variety of topics.
学習者はさまざまなトピックについて、情報、アイディア、考え方などを聴衆や読者に向けて発表する。

Communities: Participate in Multilingual Communities at Home & Around the World
自分の周りや世界中にある多言語コミュニティーに参加する

この中にさらに二つのことが含まれている。

Standard 5.1: Students use the language both within and beyond the school setting.
学習者は教室の中だけでなく、外でも外国語を使う。

Standard 5.2: Students show evidence of becoming life-long learners by using the language for personal enjoyment and enrichment.

学習者は個人的な楽しみや(精神)生活を豊かにするために外国語を使い、外国語の授業が終ったあとも外国語学習を続ける生涯学習者になる。
(出典元:アメリカの外国語教育の基準

上記のようなことを可能とする受け皿となるためにワンズワードオンライン会員様に英語学習フォーラムを作成し、リリースした。まだまだ機能的には未熟だが、これから会員様の意見や要望を取り入れて、生徒様と先生たちがフォーラムでコミュケーションを行い、また生徒様同士でのコミュケーションを活発にしていきたいと思っている。

会員様が増えていけば、オフ会なども会員様に主催していただき、お互いのコミュケーションをより密にしていただき、英語学習が継続できるモチベーションを保つツールとして活用していただければと願っている。

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2010年10月19日 (火)

ケビン・ベーコンの法則:優秀な先生を求めて三千里

時々、使用テキストについて問い合わせメールをいただく。
弊社ではCEFRレベルに対応しているface2faceを使用しているが、じつはそれほど使用率は高くない。

ウェブの世界には無尽蔵に英語の無料コンテンツが溢れている。
そのようなものに比べると、やはり紙ベースのものは見劣りしてしまうのは事実だ。

だが、初心者の英語学習者にとっては、紙ベースのテキストがあると安心感とともに、計画立てて学習できるので、それなりのメリットはあると思う。

だからこそ一時は独自テキストを作成することも検討したが、面倒くさいから辞めた・・・・・・というのは嘘で、費用対効果を考えるとあまりにメリットがないので断念したというが本当の話だ。作ろうと思えば、ワンズワードのネットワークを活かして有名大学の錚々たる教授陣を揃えられる自信はあるが、数多い動画サイトや英文記事を素材としたほうがクオリティーが高いレッスンを供給出来ると思ったので諦めた。

テキストなんて所詮道具にしか過ぎない。
使う人が優秀であれば、どんなにつまらない教材でも有意義なレッスンを提供することが出来る。

だからこそ、先生採用にはこだわっているが、ここのところかなり苦戦しているのも事実だ。
先生を採用すればするほど、逆に先生採用の敷居は高くなっているので、ますます厳しい。
(正直、ネイティブスピーカーのリッチー先生を採用してから、ぐんと先生採用の敷居が高くなった。彼と同等か、あるいは違う魅力のある先生を見つけるのは至難の技だから)

ただ順調に生徒数は伸びているので、やり方を根本的に変えて、どうにかして今所属している先生たちのような素晴らしい先生たちを今後採用していきたい。いつまでも言い訳ばかり言ってはられない。

またフィリピンに行って、先生採用のテコ入れをしようかと検討している。その際は、ボラカイ島にもよってリゾート・・・・・・いや、ボラカイ島で先生たちと会議を開こう。
(冗談はさておき、今までの先生採用状況をまとめて、どのウェブサイト、あるいは知人友人経由かなどデータをまとめて、検討しようと思っている)

絶対数は少ないと思うが、どこかにワンズワードに最適な人はいるわけだから、あとは彼らにどうやって行き着くかだ。有名なケビン・ベーコンの法則(アメリカで活躍するすべての俳優はケビン・ベーコンの共演者、あるいは共演者の共演者になる)のように、彼らは誰かの知り合い、あるいはそのまた知り合いではあるだろうから、ネットワークを少しずつでも広げていくしかないのだろう。

the Oracle of Bacon
(ちなみにこのサイトで「takuya kimura」と打ち込みと、きちんと共演者の共演者に収まりました。ついでに香取慎吾でもやっても同じ結果でした。となると、サイトが謳っているようにベーコンの共演者の共演者のまたその共演者になる人はよほど珍しいと言えるでしょう)

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2010年10月18日 (月)

「楽をして稼ぐ」ということ:先生という職業について

本当に世の中そんなことばかり考えている人が多い。
そして、うちにも大勢そのようなモチベーションで先生として働きたいと面接を受けに来る。

もちろん、その大半は書類選考と一次選考で落とす。
(だいたい職歴がスーパーマーケットやレストランのウェイトレスしかしたことがないのに、突然先生になりたいと言っても無理がある。せめてTESOLを取るなど努力の切れ端でも見せて欲しい)

しかし、そのようななかでも飛び抜けて優秀な人もいる。このようなケースは非常に稀なのだが、先日そのような人を面接して、採用した。

なぜか?

だって、飛び抜けて頭がいいんだもん。

こっちの質問の意図をきっちり理解し、尚且つ先回りして答えることが出来る。これはなかなか出来そうで出来ない。経歴はずっと中国銀行に勤務し、そのあと韓国系オンライン英会話スクールに3年近く勤務していた。そして、この韓国系オンライン英会話スクールという経歴が彼女の「楽をして稼ぐ」マインドに火をつけたらしい。

多くの韓国系オンライン英会話スクールは先生たちを朝3時とか4時から会社に拘束し、みっちり8時間働かせる。しかも、10分レッスン、15分レッスンなんてざらなので、かなりの人数を捌かないとやっていけない。こんな非人間的かつあほなシステムでよくやると思うが、韓国の英語教育は日本の英語教育に比べて遥かに成功しているので一概に批判は出来ない。

だが、このようなシステムのもとで働くと、「ただ英語を話せる人」でも十分に勤務出来るので、「オンライン英会話スクールで働く=ただ英語を話せればいい」という思考回路になる。結果、「座って話せばお金をもらえる楽な仕事」という低い職業意識の人たちを大量生産することになる。

しかし、そのような人たちも朝起きるのは辛いし、それに賃金は恐ろしく低いので、もっと楽をして稼ぎがいいところに移ろうと努力はする。そして、うちのような数倍支払うところを見つけると、意気揚々と応募してくるのだ。「同じことをして、数倍の給料がもらえる!なんて素晴らしい世の中なんだ!」なんて思ってくるのだろうが、そんなことはあり得ない。

仮に書類選考、英語力テスト、一次選考、そして嫌な質問ばかりする日本人男性による最終面接を通過しても、研修期間が待っている。これが彼らにとってはクセモノだ。「だって、楽をしたいんだもん」と入った割には、諸々とやることが多すぎる。

各生徒様にあったレッスン内容を考え、授業中には生徒様の間違いを訂正するためにチャットボックス書き込み、レッスン後には一人一人にかなりの長さのアドバイスを書き込まないといけない。そのような事態を目の当たりに次に彼らが考えることは「これ、ちょっと面倒くさくない?給料もっと落ちてもいいから、もうちょっと楽なところを探そう」という考え方に切り替わる。

ものすごく合理的な人たちなのだ。

結果、彼らは自ら去っていく。こちらもあえて引き止めはしない。このような考え方をしている人たちの考え方を根本的に変えることは出来ないだろうし、仮に出来るとしても恐ろしく時間がかかり、リスクも大きい。

このような経験をしてみて思う採用すべき先生の理想像は、MARIE先生やSHAWIE先生のようなオンライン英会話スクール勤務経験ゼロで、なおかつお金目的でなく、また頭がいい人たちなのかもしれない。だからと言って、そんな人たちがそうそういないもの事実なのだが。

だいたい「楽をして稼ぐ」という考え方は先生という職業に当てはまらない。先生であることの醍醐味は「常日頃からいかに生徒の能力を伸ばすかを考え、彼らのニーズを的確に把握し、計画立ててその能力を少しずつ伸ばしていくこと」にある。生徒の成果が先生の財産なのだ、そしてそれはけっしてお金で計ることはできない。

個人的には先生なんて職業はどんなに大金を積まれても、なりたくない。特に外国人に外国語を教えるなんてものすごくストレスがかかる。「アーとかウーとかしか言えない人たち」に笑顔で根気強く教えることが出来るほど人間出来ていない。

想像しただけでも身の毛もよだつ所業だ。

だからこそ、そのようなことを日々営んでいるワンズワードの先生たちに尊敬の念を抱くし、彼らのその行為に少しでも報いようと思う。

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2010年10月17日 (日)

流通科学大学様でのオンライン英会話グループレッスンとシンポジウム

10月12日より神戸にある流通科学大学様で、SKYPEでフィリピンと結び、オンラインでのグループ英会話レッスンを行っている。

週4回4名の先生で行い、合計45名の生徒様に対してグループレッスンを提供している。

マンツーマンレッスンのように密度の高いレッスンを行うことは出来ないかもしれないが、認知度の低いオンライン英会話の存在を知り、その可能性を知ってもらう機会としては最高の機会だと思っている。

そして、来る12月11日に「外国語教育のフロンティア:ソーシャルメディア、先進メディアが切り開く外国語教育の 未来と私たちの社会」というタイトルで、同大学で行われるシンポジウムにパネリストの一人として講演することになっている。

パネリストは株式会社ベネッセのベネッセ教育研究開発センター 主席研究員 山下 仁司氏(たぶんすげえいい大学出身)、金沢大学 山田 政寛准教授(立命館大学卒)、流通科学大学の住 政二郎先生(法政大学卒)、そして株式会社ワンズワード 松岡祐紀(高卒)というりっぱな陣容である。
(一人、おかしな経歴の人がいるが気のせいです)

シンポジウムの参加者の多くは大学教授の方々ということだ。

わっしょい!

ちなみにお題目は「ソーシャルメディア時代の新しい働き方」だ。
これならおそらく参加者の方々より圧倒的な知識量と実践を行っているので、たくさんのことを語れると思う。

何か一芸でもいいから秀でて、それをきちんとアウトプットし、ブログなどを通じて自分の意図することを表明していけば、学歴や経歴などはあまり意味をなさなくなる。

そのことを今後は身を持って証明して、多様な価値観を持ち、それらを共有できる「より豊かな社会」を作っていくことに少しでも寄与できればと思っている。

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2010年10月14日 (木)

過去を振り返るということ。

ひょんなことから英訳をすることになった。
日常的に英語の文章は書いてはいるが、どれも簡単なものなので、本格的に長い英語の文章を書くのは久しぶりな気がする。

思い返してみると、当時ワコムで働いて友人に写真と英文エッセイを依頼されて以来かもしれない。

ワコム・アーティスト・オブ・ザ・マンス

自分が書いたエッセイを読み返すと、当時のことがかなりはっきりと思い出される。
この英文にある下記の文章は今でも気に入っている。

”Sometimes it is good to encounter your past. Your wrinkle may deepen and your hair may turn white. But there are still things that remain unchanged in yourself.”
(時々、自分の過去と遭遇するのいいことだ。今はそのときと比べて皺は深く刻まれ、白髪は増えているかもしれない。だが、自分自身のなかにまだ当時と変わっていないことがある)

表面的にはここ4、5年は激動の年だったが、結局は行く着くところに行き着いた気がする。
人間の本質なんて変わるわけがないが、そのアウトプットの仕方に熟達するにつれて、周囲の評価は変わってくる。

オスカー・ワイルドは「芸術家にとって表現出来ないことは死んでいる」と言ったが、今では芸術家ではなくても表現出来るようになった。ブログ、ツイッター、写真、起業、SNSなど様々な手段が考えられる。彼が生きていた19世紀とは雲泥の差だ。

いい世の中になったものだ。
アウトプットするものがないとこれらの武器は使えないが、もしそれがあるのであれば現代はそのような人にとって最高の環境を提供してくれる。

結局のところ、表現されないことには評価はされない。
評価されること自体は目的とはならないが、表現されないことには成果物とはならない。
バランスを取りつつも、根気よくこれからもアウトプットすることを続けていこうと思っている。現代人らしくソーシャルメディアや様々な方法を駆使して。

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2010年10月13日 (水)

会社のあり方とザ・スミス プロジェクト

何を隠そう僕はザ・スミスの大ファンだった。
特にモリッシーの詩にすっかりやられていた。高校生の頃は中毒者のように毎日聴いていた。そして、世の中にはそのような日々を送っていた人が数多くいるようで、それが高じてジャニスさんはスミスの曲を全曲カバーするというプロジェクトを立ち上げた。その名も「ザ・スミス・プロジェクト」だ。

Latest tracks by blackpiano

楽器を使用せずに、自分の声を何十と重ねて、1曲1曲気が遠くなるくらいの時間をかけてカバーしている。スミスのカバーは数多くあるが、このカバーは本当に素晴らしい。彼女はプロでも何でもなく、死ぬほどつまらないウォールマートでの仕事を、スミスのとある曲を聞いて辞めて、そしてそれと重なるように起きた二人の友人の死をきっかけに長い間諦めていた自分の夢、音楽への道に進むことにしたという。ちなみに彼女が仕事を辞めるきっかけとなった曲は「HEAVEN KNOWS I'M MISERABLE NOW」という曲だ。(出典元:ガーディアン

I was happy in the haze of a drunken hour
But heaven knows I'm miserable now
(酔っぱらって朦朧としているときは幸せだった。でも今の僕はなんて惨めなのだろう)

I was looking for a job, and then I found a job
And heaven knows I'm miserable now
(仕事を探していた、そして見つけた。でも今の僕はなんて惨めなのだろう)

In my life
Why do I give valuable time
To people who don't care if I live or die ?
(この僕の人生、どうして僕が生きようが死のうがどうでもいいと思っている奴らに、僕の貴重な時間を費やさないといけないの?)

ほんと、その通りです。

時々、仕事がつまらないと相談をされることがあるが、僕はたいてい「辞めちまいな」と言う。そう言っても辞めないのは本当は辞めたくない場合だけだし、辞めたいのであれば背中を押してもらいたからだ。

たいていの会社は、従業員ひとりひとりの個人的な幸せなんてことは眼中にない。彼らはこぞって「会社の利益」ばかりを追求しろと言う。正直、従業員にとって会社の利益なんてどうでもいいことなのに。そんなことは経営者がしっかり考えて、彼らが自分たちの仕事に集中出来るような環境を整えるべきなのだ。いかに会社に利益があがるかなんてことを考えるほど大局的な見方が出来るようであれば、自分で会社を興している。

売上目標、拡大、成長なんて従業員にとってはどうでもいいことだ。
彼らは彼らの幸せを追求するし、本来会社は彼らの幸せの追求に寄与すべきだと思う。

彼らが幸せになればなるほど、会社も潤う、それがあるべき姿だ。
あとはいかにそのような仕組みを経営者が考えるかだと思っている。

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2010年10月11日 (月)

楽をすることの定義:持てる力を最大限に活用するために

「人生、楽をして生きていきたい」というと、人は怪訝な顔をする。
なんて不遜な考えを抱いているのだろうと思う人もいるだろう。

たぶん「楽をする」という定義を勘違いしている人が多いからだ。
僕が「楽をしたい」と言うときは、どのように努力をすれば「楽が出来るか」考えているのだ。

正直、仕事なんてしたくない。
出来る事ならば、知らない国、行ったことない国を旅し、毎日魅力的な人と会って、彼らと日が暮れるまで一緒に話をしていたい。

だが、それはまだまだ叶わぬ夢なので、毎日仕事をしている。ただし、それにかかる時間をなるべく少なくするための努力は怠らない。そして、自分が楽を出来る仕組みを作ることに最大限努力する。

英語学習についても同じことを考えていた。
まず手っ取り早く英語をマスターするには留学するしかないと思い、19歳で日本を飛び出した。そして、現地に着いて自分の英語力のなさに愕然として、「ではどうすれば早く英語をマスター出来、とっとと自分の好きなことに打ち込めるか」を考えた。

真剣に考えた挙句、英語の構文、その構造をマスターするのが先決だと思い、「English Grammar in Use 」という文法書を何度かやって文法をマスターした。

そうして身につけた文法を体に染み込ませるために英作文に没頭した。スピーキングについては話す機会を増やし、自分のミスを指摘してくれる優秀な先生を見つけるしかないと思ったが、幸運にも本当に素晴らしい先生が見つかった。

「英語を話せるようになりたい」「起業したい」などと漠然と考えている人は多い。だが、「ではそれを行うために、最善の道は何かを考え、実行に移す人」は少ない。ただ闇雲にそれらに飛び込んでいっても勝算は低いにも関わらず漠然と毎日努力をし、そしてそれに飛び込んでいってから費やしたそのような努力や費用に文句を言っている人のほうが遥かに多い。

本来ならば物事に取り掛かる前にこそ、最大限の努力をするべきなのだ。

物事に取り掛かってからでは、その物事に囚われて、冷静な判断をすることは出来ない。それまで投入した自分の努力を否定するのは嫌なことだし、中々出来ないことだ。物事を始める前に、自分に楽をさせてあげる方法を真剣に考える必要がある。なぜならば、それが一番物事を継続させ、成功させる近道だからだ。

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2010年10月10日 (日)

【書評】残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法

この本を読んで、サン=テグジュペリの「星の王子さま」に出てくる「本当に大切なことは目には見えないんだよ」という言葉を思い出した。

巨万の富を築いてもマサイ族が感じている程度の幸福感しか感じない。だったら最初から他人にとっての幸せの定義など気にせずに、自分自身にとっての幸せを追求したほうが人生うまくいく。

自分自身が楽しいと思うことを追求し、お金持ちにはなれなくても、楽しく豊かな人生が送れるのではということだ。そして、その際は搾取されないように、うまく自分の労働力を投資する必要がある。

ただこれは本当にそもそも論になってしまうが、世の中の多くの人が「自分自身が何をやりたいか、何をしたら楽しく感じられるか」それほど自覚的に考えてはいない。

今でも思い出す。
小学生2年生の頃、学校のグランドでみんなが楽しそうにドッチボールをしていた。僕も一緒にいたが、実際のところ全く楽しくなかった。そして、続けてこう思った。「ずっとこれが続くのか、小学校を卒業し、中学に行き、さらに高校に行ってもこんな退屈な毎日が続くのか」と。そこで「まずい。たぶんこんなことを考えているのがバレたら、仲間はずれにされる!」と現実的な自分の声が聞こえて、慌ててみんなの輪に戻った。

何が言いたいかというと、自分自身が人とは少し違う考え方を持っていることをその頃から自覚していた。と同時にそれが、日本の社会ではものすごいマイナス要素であることも知っていた。だから、ひたすら時が過ぎるのを待った。それが今ではインターネットが到来し、人と違う考え方を抱くことが大きなアピールポイントとなったのだから、長生きはするものだ。(学校なんて誰だって退屈だと思っているだろうが、日本の学校社会では「ほんの少しの違い(髪の毛が茶色、人より冷めた見方をしている)」などでも致命的になる、それこそ残酷な世界なのだ)

「伽藍(がらん)を捨ててバザールに向かえ!
 恐竜の尻尾のなかに頭を探せ!」

ということはとどのつまり「幸せは最大公約数であるという考え方を捨てて、自分だけの最適解を見つけろ!」ということだ。

自分自身が本当は何をやりたいか・・・・・なんてことは思春期にしか考える必要のないことで、われわれに求められているのは今後生き残るためには、自分自身のなかで最もお金を生む要素(=得意なこと)に資本を投入せよということだ。そして、得意なことに没入するのは楽しいことでもある。

頑張れば報われる時代は終焉を迎えた。一見すると残酷だが、無駄な努力はしなくても、世界へ出ていける素晴らしい時代でもある。

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2010年10月 8日 (金)

優秀な先生の定義について

オンライン英会話スクール「ワンズワードオンライン」は優秀な先生しか所属していない。
と謳っているが、ではその優秀な先生の定義を考えてみた。

多くのスクールは出身大学やTESOL(国際的な英語教授法)などの資格で優秀な先生と定義しているが、ワンズワードでは全くそのことについては考慮していない。言ってしまえばなんだが、そんなことはどうでもいいと思っている。(宣伝文句としては有効だとは思うが、それ以外の点で何の意味もない)

それではワンズワード的に優秀な先生を一言で定義すると、「この人と話したいと思うか」それに尽きる。

では、どのような人と話したいと思うかだが、それには下記のような要素が必須だ。

1. こちらの話にきちんと耳を傾けている。
2. そして、それについて正しいフィードバックを行っている。
3. さらにこちらのフィードバックについても、きちんとした意見を言える。

意外とこれらのことをすべて満たす人はあまりいない。
特に外国人を教える英語の先生という人種においては、彼らは常に圧倒的に生徒に対して有利な立場(高い言語能力を有している)にいるので、それを自分自身に対しての自信にすり替え、能力を過信している人が多い。

何度もブログで書いているが、英語の先生が高い英語力を備えているのは当然のことであり、それだけでワンズワードで職を得ることはあり得ない。

今所属している先生たちをなぜ雇用したかは下記の通りだ。

サラ先生は、知性豊かでその高い知性に基づく言語運用能力を評価して、採用した。

シャーウィー先生は、愛情溢れ尚且つ人に対しての興味が高く、実は先生としての経験もなかったが、即採用した。

マリ先生は、こちらの質問(かなり意地悪な質問も含む)にすべて的確に答える頭の良さが決め手となり、先生の経験ゼロでも採用を決めた。

リッチー先生は、その滲み出る人柄の良さが決め手となり、採用した。

ダフニー先生は、キャラ的にかなり強いが、話した方に落ち着きがあり、フィードバックも的確だったので採用した。

レベッカ先生は、可愛いから採用した・・・・・というのは嘘で、その愛嬌と素直さに好感を抱いたので採用した。

Ego Ugan三姉妹に関しては言うに及ばずだが、それぞれが高いプロ意識を持ち、どの先生に対しても個人的に興味があり、これからも末永く付き合っていきたいと思っている。

言ってしまえば、自分が人間的に好きになれる人しか採用していない。
自分ですら好きになれない人が、他人が好きになってくれるとは到底思えないからだ。

非常にアナログでアマチュアな方法かもしれないが、これが自分自身で責任を持ってオンライン英会話というサービスを提供していくやり方だと思っている。

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2010年10月 7日 (木)

上場しない企業のあり方:ソーシャルビジネスについて

ワンズワードオンラインが正式スタートしてから10ヶ月あまりで、かなりの投資会社および証券会社から連絡をいただき、IPO(株式公開)の話しを聞かせていただいた。何度か「IPOには全く興味ない」と伝えても、ほかにも色々と手段があるのでぜひお会いしたいと言われ、会ったりもした。

それでもやはりIPOの話となり、お断りしている。

きっと上場に興味のない株式会社の経営者などいないとでも思っているのだろう。ほとんどの起業家がIPOを目指して起業しているということもある。しかし、株式会社ワンズワードは企業理念に「ソーシャルビジネス」を掲げており、ウキペディアによるとソーシャルビジネスは「社会的課題の解決をミッションとして持っている為、単なる営利企業とは異なり、自社の利潤の最大化ではなくミッションの達成を最優先する」と明記されている。

IPOは結局は資金調達のために行う。そして、その資金調達は企業としてのミッション達成のためではなく、株主の利益の最大化を計るために行われる。このこと自体は何も悪いことでもなく、今まで当然のように行われてきた。ただ個人的にそんなことには全く興味を感じないだけだ。

IPOのためには下記のことが必要だ。

監査法人の指名、監査証明書
主幹事証券会社の指名
社内IPOプロジェクトチームの発足
資本政策の最終確認、安定株主対策
中期事業計画書と経営ビジョンの策定
予算統制(予算実績管理)の強化(最終目標は5%以内)
予算編成フロー(積み上げ予算形式)
月次決算(試算表)の早期化(10日以内)
内部監査の体制確立と実施
取締役の利益相反取引解消、兼務解消
常勤監査役の選任(監査役会の設置)
就業規則の見直し、諸規程文書の整備
業務フローの作成と運用(特に経理関係)
売上計上基準、原価計算設計と導入(会計基準の再確認)
定款の見直し、登記事項の確認
契約書、重要会議の議事録整備
労務問題の解消(残業問題)
申請書類(Ⅰの部、Ⅱの部、半期報告書)の作成
稟議システムによる適切な職務権限の運用
情報管理体制の強化

そして、それにかかる費用は下記の通りである。

監査法人費用…本監査1回1,000万円×2年分、ショートレビュー数百万円
証券会社コンサルティング費用…500~1,000万円
IPOコンサルティング費用…500~1,000万円
有価証券届出書/目論見書等印刷費…1,000万円
株式事務代行費…500万円
上場手数料…300~2,000万円
上場年賦…60~150万円
(引用元:MiraiZ.BZ

「あー、こんなに面倒くさいのに、さらにこんなに費用がかかる」と思ってしまう。

そんな暇があれば、もっと人の役に立つことにエネルギーを費やしたい。もちろん、調達した資金で労働者(先生たち)や顧客(生徒様)の利益が大幅に増すのであれば、それを行う大義はある。だが、ワンズワードのメイン事業であるオンライン英会話というサービスに関しては、今のところ資金調達をしてまで行うサービス拡張の必要性を全く感じていない。

そして、非上場を貫く企業は特に特殊なわけでも何でもなく、誰でも知っている企業でもかなりの数の企業が非上場を貫いている。サントリー、大塚製薬、竹中工務店などがそうだ。

また関西の長寿企業の多くが非上場企業でもある。「上場しない「長寿企業」が元気な理由」という記事には、世界中で100年以上の歴史を持つ企業は下記のような特徴を持つと書かれている。

第1に、環境の変化に対して敏感であること。
第2に、長寿企業には強い結束力があり、企業組織全体の健康状態を大切にする経営者に経営をゆだねていること。
第3に長寿企業は、連邦型の経営を行って現場の人々の判断を大切にしていること。
第4に、長寿企業は、資金調達に関して保守的で質素倹約を旨としていること。

これからIPOを目指さない理由を人に訊かれたら「100年続く長寿企業を目指しているので」と答えることにしよう。今までのようにソーシャルビジネスの概念を説明するよりは、よほど分かりやすい。

結局のところ、ソーシャルビジネスなんて言葉はある意味捏造された言葉で、長く生き残っている企業はそれと同じようなことを古くから行っていたわけだ。「人を大切にする」ということが一企業として長く生き残る秘訣であり、またその企業の存在意義と密接に結びついている。

そして、仮に上場出来たとしても、上記記事にはそのことについてこのような指摘がある。
「上場によって資金を得てしまうと、無駄な投資をしたり無理な拡張を図ったりしがちである」

本当にその通りだと思う、無駄なお金は不幸の始まりなのだ。僕の好きな英語のことわざに次のようなことわざがある。

”Fools rush in where the angels fear to tread”(愚者は天使が怖れるところにも飛び込んでいく)

100年続けるためには、この言葉を胸に刻みつけて、的確な状況判断を行っていくべきだろう。

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2010年10月 6日 (水)

異端の資本主義:ワンズワードの企業理念にかえて

ふとワンズワードオンラインと似たような理念を掲げ、「先生、生徒、運営会社」での利益の共有を目指す会社がオンライン英会話業界に現れたらとどうしようかと考えてみた。

「うん、まあいいんじゃない」と思う。

以前、「異端の資本主義論への考察〜デジタル世代に向けて」というエントリに書いたとおり、資本家ばかり儲かる仕組みに対しては個人的に嫌悪している。労働者(先生たち)に対してフェアであるべきであり、中間マージン(運営会社の利益)はミニマムであるべきだ。特にインターネットのおかげですべての仕組みが透明化されつつある今、顧客(生徒様)と(先生たち)の利益こそ最大化し、彼らを結びつける役目である企業の利益をなるべく抑えないと競争に勝てない。

とは言いつつも、自分自身を犠牲にしてまで、他者に尽くすほど愛情溢れる人間でもない。ワンズワードはあくまで株式会社であり、寄付で成り立っているNPOなどではないからだ。

数多くのほかのオンライン英会話スクールを見ていると「他社よりも1円でも安く」を掲げているところがほとんどだ。それはそれでビジネス戦略としては正しいと思う。だが、それが労働者(先生たち)の犠牲に成り立っているようであれば、そのような企業は長続きはしないだろう。

労働者(先生たち)はよりよい環境を求めて移動するものであり、彼らの幸福の先にしか顧客(生徒様たち)の幸せは存在しない。労働環境に不満を抱きながら、質の高いレッスンを行うことなど不可能だからだ。

ワンズワードオンラインでは先生の幸せがまず優先され、彼らこそが一番の貴重な資産である。(とは言いつつも、顧客に迷惑をかけるという判断をすれば、速攻クビを切る。言い換えれば、顧客に利益をもたらす限り、彼らこそが一番貴重な財産と言えるかも知れない)

だからこそ、たいして儲かってもいないのに、先生1人を日本に呼び寄せたりする。ワンズワードは人に投資をする。彼、彼女らが日本での経験を持ち帰り、それをレッスン、あるいは自分自身の国に還元してくれたらと思っている。
(ちなみにワンズワードは投資や融資を受けておらず、無借金経営の健全企業ですのでご安心ください。他事業からの収入により、今期は先生を呼び寄せたり、ウェブサイトに投資出来たりしています)

とここまで書いてきて思ったが、このような酔狂なことを真似する会社がほかにあるとは到底思えない。多くの企業は自身の利益を追求しているだろうから、「人(先生たち)に投資」なんてことを考えたりはしない。せっかく投資した人たちにいなくなられたら困るだろうし、そもそも投資に値する人たちを見つける努力をしているとは思えない。

「人生に取り組む方法として、遊戯のほかにやり方を知らない」と言ったのはたしかニーチェだったか。何事もしかめ面をしていても、始まらない。上手くいくと思ったことはうまくいかず、上手くいかないと思ったことがうまくいく。そんなことは人生ままある。

では、僕がワンズワードオンラインを始まるときどのように思っていたかだが、そんなことは正直どうでもよかった。ただその時のベストを尽くすことしか考えていなかったし、今もその気持ちは変わらない。

そして、最も重要なことは「ベストを尽くす」ことは当たり前であり、それが他者(先生たち、生徒様)に対してきちんと利益を生んでいるか、そこを真剣に考える必要があるということを常に自覚していることだ。

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2010年10月 5日 (火)

毎日留学ナビ協賛:グループレッスンを2コマ追加!

本日22時より毎日留学ナビ様協賛で、グループレッスンを週ニコマ追加した。

http://ryugaku.myedu.jp/service/o_lesson.html
(詳細は上記より)

元はと言えば、ツイッターを通じて毎日留学ナビ編集長である石渡様と知り合い、意気投合してあれよあれよという間にコラム連載が決まり、そして今回の提携に到った。

今回の追加で、まさにほぼ毎日グループレッスンが行われることになる。

毎週月曜日 22時から JOY先生 中級者以上(CEFR B1以上)

毎週火曜日 22時から SARAH先生 中級者以上CEFR B1以上) 
10月5日スタート

毎週水曜日 22時から REBEKAH先生 初心者向け(CEFR A1、A2) 
10月6日スタート

毎週木曜日 22時から KAYE先生 中級者以上(CEFR B1以上)

毎週土曜日 18時から SARAH先生 初心者向け(CEFR A1、A2) 
(すべてのグループレッスンは50分間、トピックはおもに日本に関してのグループトークになります)

予約も特に必要ではなく、当日にスカイプID: grouplesson_onesword にコンタクトすれば誰でも参加できるという簡易なものだ。グループレッスンの重要性は以前ブログで述べた。

成功した英語学習者になるためには、いかに英語学習を継続していくかにある。
自分自身できちんと計画し、それに沿った学習を行なっていける自律した学習者ならば、それほど問題ないが、多くの学習者はなかなか思った通りに学習計画を実行出来ない。

そのためのモチベーションアップとして、同じような志を持った学習者と触れ合い、切磋琢磨することはとても重要だ。マンツーマンレッスンを行うだけだと、その機会の提供は出来ないので、ワンズワードオンラインではグループレッスンや、リアルな出会いの場であるオフ会などを開催することにこだわっている。

英語学習者はどうもせっかちな人が多く、すぐに英語をマスター出来る公式などを探そうとする。残念ながら、そんなものは存在しない。あるとすれば、「優秀な先生との出会い」、それぐらいだろう。だったら、長く英語学習を続けるために、なるべく自分自身がそれを楽しめる環境に身を置くことだ。

ワンズワードオンラインでは、なるべくその環境を提供していきたいと思っている。優秀な先生による質の高いレッスン、そして高い学習意欲を持った人たちがお互いに切磋琢磨できる環境をいかに今後提供していけるか常に考えている。

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2010年10月 4日 (月)

JOY先生来日について

先日、とある会員様からメールをいただき、JOY先生が来日の際はぜひともアテンドしたいという申し入れをいただいた。非常にありがたい話しだ。せっかくなので、旅館に連れて行っていただくようお願いした。このような申し出は大歓迎なので、正式に日程が決まり次第、募集をしたいと思っている。

今のところ、彼女のスケジュールは下記を予定している。

10月29日 来日
10月30日 都内でオフ会
10月31日 ディズニーランド
11月1日 旅館(仮)
11月2日 箱根あるいは周辺散策
11月3日 大阪あるいは北鎌倉観光
11月4日 未定(アテンド大募集)
11月5日 未定(アテンド大募集)
11月6日 成田発マニラ行き

ポイントとなるのは、関西に連れて行くかどうかだ。人数が集まるのであれば、ぜひともオフ会を大阪あたりで催したいが、こればっかりはなんとも言えない。

「日本らしさ」を味わうというテーマで色々と考えているのだが、考えてみると意外と難しい。

浅草、新宿の思い出横丁、それに六本木ヒルズなど両極端な日本の姿も見るべきだと思っている。時々、海外から友人が来るが、連れて行って喜ぶところは意外と日比谷のガード下とかローカル臭が漂う場所だったりする。

そういえば外人ではないが、ロンドン在住12年になるゴウくんという友人がうちに泊まったときは、コンビニで買った菓子パンすら、「めちゃくちゃうまい」と感動していた。たしかにイギリスで売っているお菓子などは、どれもまずい。

フィリピン料理も正直、それほどおいしいとは言えないので、日本食の素晴らしさを堪能してもらうのもいいかもしれない。ちょっと値段は張るが、会席料理や精進料理もぜひ味わって欲しいものだ。繊細な美的感覚に裏打ちされた料理はほかの国にない。

以前、インドでフランス人10数人と一緒にランチをしたとき、「どこの国の料理が一番か?」という話題になった。

するとそこにいたフランス人全員が口を揃えて「日本料理」と答えた。

旅慣れたフランス人だったから、そういう答えになったと思うが、むしろこっちがびっくりした。まさか美食大国の人たちにそこまで圧倒的な人気があるとは想像していなかった。

「日本らしさ」と考えてみると、日本料理ほどそれを堪能できるものはないかもしれない。サービス、味、雰囲気、どれをとっても世界に類を見ないものばかりだ。サービスに関しては、「やりすぎじゃねねか?」と思うこともあるが、それも外国人にしてみれば一興だろう。今から非常に楽しみだ。

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2010年10月 1日 (金)

ギャレス・マローン:コミュニティを変える力

昨日、たまたまテレビをザッビングしていたら、NHKで「町中みんなで合唱団!(原題: The Choir –Unsung town–)」という番組がやっていた。30そこそこのギャレス・マーロンというイギリス人の若者が、まるで死んだかのようなイギリスの地方都市であるサウスオキシーで合唱団を指揮し、その街に活気と誇りを取り戻させる番組だ。


(街の人々の典型的なイギリス訛りは聞き取りずらいかと思いますが、ギャレスの英語は非常に聞き取りやすい)

何が素晴らしいかというと、わずか八ヶ月で活気も誇りもなかった街に、それらを取り戻させることだ。(ギャレスのリーダーシップの素晴らしさは、このコラムに詳しい)

そういえば、昔モリッシーというイギリスの歌手がエビリディ・ライク・ア・サンディ(毎日が日曜日のよう)という曲で、下記のように歌っていたのを思い出した。

濡れた砂の上を ゆっくり足をひきずりながら
ベンチへ戻ると 服は盗まれている
この海辺の町は閉鎖されそこねた町

ハルマゲドン――ハルマゲドンよ来い!
早く来い!最終戦争よ!
毎日が日曜日 毎日が静かで灰色
(実際の歌はこちらから。ちなみにラジオでは当時放送禁止になりました)

イギリスの地方都市は、本当にとんでもなく陰鬱で気が滅入る雰囲気を醸し出しているところが多い。番組でも黒人の女の子が引越してきた当時は「ニガー、ニガー(黒人野郎!)」と言われて、怖かったと語っている。

そんな気の滅入るような街が、ギャレスによってどんどんと活気を取り戻していく様を見ているのは、本当に気持ちがいい。

日本の地方都市もお世辞にも活気があるとは言えないので、彼のような人に来てもらって、活気を取り戻して欲しいと思った。日本のテレビ番組で地方を取り上げるときは、真面目くさった内容か、「第一村人発見!」的な番組しか思いつかない。

八ヶ月もの間その街に滞在して、彼らときっちりと向きあってコミュニティを再生させるような力強い番組があれば、テレビの訴求力が落ちたと言われて久しい今でも視聴者の心を鷲掴みにするのは間違いない。(後編は10月7日放送です。必見!)

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