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2010年9月10日 (金)

独断と偏見によるアジア諸国への評価:日本の生き残りの道

今年の夏は、インドネシア、シンガポール、マレーシア、フィリピンとアジア諸国を回ってきた。21世紀は「アジアの時代」と言われているので、これからは急激にアジア諸国が力をつけていくだろう。その意味ではシンガポールにはとても注目していた。

実際に行ってみた感想は「すでに出来上がった国」というものだ。これ以上発展する可能性をそれほど感じない。特に文化的な面で、それほど独自性を打ち出せておらず、国自体も文化の育成をそれほど大切に思っていないようだ。

シンガポールではアーネストというシンガポール人の友人と行動を共にしたのだが、彼は写真家だけにそのことにとても不満を感じているようだった。

経済政策に関しては、徹底した「金持ち優遇政策」でアジア諸国から多くの富裕層がシンガポールへと移住している。それが、逆に文化的な停滞を生んでいるのかもしれない。あまりにお金儲け重視だと、ペンや筆を取って芸術にうつつを抜かよりは株投資でもしたほうが効率のいい生き方だと人々は思ってしまう。

金持ちが芸術家のパトロンになるような古きよき時代は終り、金持ちはひたすら金儲けに邁進するようになっているのだろう。(ヨーロッパでは国がある程度芸術を保護しているので、まだロマンを抱えて生きていけるが、アジアだとそうはいかない)

逆にマレーシアなどは、まだまだ未開発でこれからどのような発展を遂げるのか期待が出来る。今まで行ったその他のアジア諸国(中国、香港、マカオ、タイ、インド、スリランカ、カンボジア、ベトナム、韓国)なども含めて考えると、一番面白いのは香港かもしれない。もう国ではなく中国の一地区なのだが、それでも未だに独自性を保っているのは驚異的と言える。

ただそれでもやはり中国に違いはないので、ちょっとしたことで財産没収・土地没収の憂き目に遭うかもしれない。多くの香港の金持ちは財産のほとんどを国外に送金し、そのようなことにならないように気を配っている。乱暴な話だが、香港があのままイギリスの領土であったならば、21世紀のアジアの中心になっていたかもしれない。

そのようなことを翻って考えてみると、日本もまだまだ捨てたものではないと思う。徹底したディテールへのこだわりは他の国の追随を許さない。日本式のサービスを諸外国に広めていくなど、まだまだ生き残っていく道はある。21世紀は個人の時代になることは間違いないので、日本式の集団主義から脱却し、世界のスピードに乗り遅れないよう個人の意見を積極的に採用する風通しのいい社会に変えていくことが、生き残っていく際の必須条件だ。

2010年9月10日
何も言わなくてもエンドレスに緑茶とお水が出てくる、古きよき日本式サービスを提供する喫茶室ルノアールにて

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コメント

いつも日記がアップされるのを楽しみにしています。

アジアの気のきかない店員、わたしは好きですよ(笑)。のんびりやっているのを見ると、こっちまでのんびりできちゃうので。私自身も、「集団主義」の日本の中で、「個人」であることよりも、「集団の一員」としての「役割」を日ごろから演じている為、それに疲れているからかもしれません。だからこそ、「店員」といえどものんびりやっている外国人を羨ましく思うのだと考えます。

日本のサービスは素晴らしいですが、サービスを提供する側の従業員が大きな負担を強いられているのではと感じることもあります。顧客側も、過剰なサービスをあたりまえだと思い込む人が多いのかもしれません。ここにはやはり、「個人」の尊重よりも、「集団主義」の心理が働くのではないでしょうか。

こんな価値観の中だからこそ、良いサービスを提供する従業員には、適正な給与を与えることをモットーにされていることは、御社の魅力だと思っています。

「集団主義」がすばらしい物を生み出すことも事実だと思いますが、松岡さんの言うとおりで、「個人の意見を積極的に採用する」ことは、実はすごく大切だと思っています。同時に、「個人」としての明確な意見を持つ人間を育成することも、一大課題ではないでしょうか!

香港は、自国の「文化の乏しさ」というイメージを払拭する為、国内の芸術活動に政府も加わって力を入れているみたいです。あの混沌として魅力的な街に、個人ギャラリーや美術館などが立ち並ぶことを想像すると、とても楽しみです。

投稿: Osawa Azumi | 2010年9月10日 (金) 12時47分

こんにちは
ブログ拝読しました。

マレーシアには高校生の頃親戚が住んでいたので2回行ったことがあって、クアラルンプールは大好きな都市です。おっしゃる通り、シンガポールよりもずっとずっとこれからが楽しみな場所、という印象でした。
香港もそうですけど、整然としていない、美しいものと汚いもの、豊かなものと貧しいものが渾然となっているアンバランスな土壌から生まれるあの雰囲気に惹かれます。

また、最近仕事の関係でインドのプネに行きました。こちらもすごい可能性を秘めた街でした。

投稿: sayakasato | 2010年9月11日 (土) 12時45分

AZUMI様、コメントありがとうございます。またブログをいつもお読みいただき、大変感謝しております。非常に励みになります。

ご指摘のとおり、質の高いサービスの裏に従業員の多大な犠牲があります。ただ日本の場合、自分の仕事に対して誇りを持っている人が他国よりも多いのは事実ですので、犠牲を強いることなく適正のバランスを今後見出していければと願っております。

お金が必ずしもモチベーションにはならないので、弊社もある意味「与えすぎ」には気を付けていかなければいけないと思っております。

集団主義は社会的な閉塞感を生みますので、今後はもっと風通しのいい社会になるために個人の力が発揮されるような社会を目指す必要があります。

そうなれば、日本ももっと魅力的な国になるのではないでしょうか?

香港はそういった意味で、ある意味開放された面白い国ですね。
また行きたいと思っています。

投稿: ユウキ | 2010年9月11日 (土) 17時52分

sayakasato様、コメントありがとうございます。

クアラルンプールはほんと魅力的な街ですね。これから非常に期待できる街です。インドも今後飛躍的な発展を遂げる可能性はありますが、カースト制度が足かせになっているので、まだまだ時間はかかるのではというのが私の感想です。

あれほどの貧富の差はほかの国に見かけない特徴です。それが改善されていけばと願っておりますが・・・・・夢物語かもしれません。

投稿: ユウキ | 2010年9月11日 (土) 17時56分

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