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2010年1月

2010年1月31日 (日)

ゴールデンスランバー

小説の映画化は、難しいと言われている。
しかし、中村義洋監督/伊坂幸太郎のタッグはその常識を覆すかのように「アヒルと鴨のコインロッカー」、「フィッシュストーリー」で小説よりもよりエンターテイメント性を高め、なおかつ映画でしかできない表現方法で、楽しませてくれた。

「オーデュポンの祈り」から衝撃を受けて以来、伊坂幸太郎の大ファンなのだが、上記二作においては「原作の小説よりも出来がいい映画」だと思っている。

そして同じタッグによる「ゴールデンスランバー」を期待して見に行った。
結論から言うと、映画版「ゴールデンスランバー」は小説「ゴールデンスランバー」のただのダイジェストになってしまっており、非常に残念な作品だった。

小説のコンセプトは「圧倒的な権力を相手にして一人で戦うことは無謀なので、逃げるという選択肢があって然るべき」というものだ。そして、小説ではじわじわと権力側に追い詰められる過程において「逃げるという選択肢」が非常に有効なのがリアルに描かれているのだが、映画では「別に逃げなくてもいいじゃん」ぐらいの緊迫感しか感じられないので、「逃げる」ということ自体に説得力がない。

見終わった観客の反応を見ていると、「で、結局真犯人だれなの?」といった反応が多かった。小説を読んでいる人ならば、それはテーマでないことは明白なのだが、「逃げる」というテーマがリアルに描かれなかったために、ただのサスペンスだと勘違いした人が多かったのだろう。

小説だとラストは「青柳、あんた偉いよ。ほんと良く逃げた」とほとんど泣きそうなくらい感動するのだが、映画だと「おまえ、逃げてばかりいないで、もうちょっと頑張れ」と思ってしまう。

伊坂流の色々な伏線も有効に使われていたが、「全世界から敵にされても、親と友だち、元恋人は信じてくれている」という前提での伏線であるため「全世界を敵にしている」部分にリアリティがないために、感動が薄い。

小説「ゴールデンスランバー」はとても完成度が高く、それを上回るのは至難の技だ。だからこそ、割り切って小説と同じアプローチではなく、サスペンス要素 を高めるなど違うアプローチでしか成功できなかったのではと思う。極端な話、監督を外人にするなど、それぐらい違うアプローチが必要ではないだろうか。(ジェームズ・ キャメロン版「ゴールデンスランバー」なんて見たい気がする)

吉本ばなな原作の「キッチン」も監督と香港のイム・ホーが撮った「キッチン」がある。この例にならって、どこか外国の監督が「ゴールデンスランバー」を監督しないかなと願っている。ちなみに僕はイム・ホー版「キッチン」は素晴らしいと思い、以前富田靖子さんを撮影したときに「キッチン感動しました。広東語お上手ですね」と言ったら富田さんが「全部吹き替えなんです〜」と言われてプチショックを受けた。

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2010年1月29日 (金)

久しぶりの演劇:血は立ったまま眠っている

友人の丸ちゃんこと丸山智己くんが出ている蜷川幸雄の舞台「血は立ったまま眠っている」を見に行った。以前は、演劇雑誌「レプリーク」の撮影の仕事をしていた関係で、けっこう演劇を見に行ったのだが、最近はご無沙汰だった。当時は、グリング宇宙レコードク・ナウカなどを好んで見に行っていた。どの劇団も一般的には名は知られていないが「なんてクオリティが高いんだ!」と思いながら見たものだった。今は解散してしまったク・ナウカの照明や斬新な演出だけでも、十分に見る価値があった。

僕は蜷川さんの舞台は見るのは初めてだが、彼が撮った映画「蛇とピアス」は見ており、その演出のあまりの古さに若干びびった。そして、彼の舞台を見てもやはり同じ感想しか抱けなかった。

そして、演劇を鑑賞しながら「ああ、やっぱり寺山修司の世界って、嫌いだな」と実感してしまった。彼の小説も映画もかなり見ているが、どれも好きになれない。どこか自分の言葉と自分自身に酔っている感じがいけすかない。また彼の作品はどれもその時代に属している人たちに向けられて作られており、僕らの世代には何も響かない。もちろん、どの作品もその属してる時代というものに影響を受けるが、寺山修司は確信犯的にその密度を高くして、自分の作品を作っているのが明らかであり、そこにいやらしさを感じてしまうのだろう。(特に彼が生きた時代は刺激的だった。そのおかげで、彼個人が内包していた芸術性はどの程度なものなのか見えにくくしている。内心、たいしたことなかったのではと思っている)

2階席で見たのだが、下の階を見てみると9割ぐらいが女性だった。ふと思ったのだが、森田剛くん目当てで見に来たお客さんたちにとって「寺山修司、蜷川幸雄、安保闘争」などの記号はなんの意味があるのだろうか?

森田くんだけで客が呼べるならば、若手演出家にチャンスを与えて、彼らのオリジナル作品を上演して欲しいと思った。いつまでも今年75歳になる老演出家に頼ってばかりだと、演劇離れが一層加速してしまう。才能のある人たちはたくさんいるのだから、彼らが活躍できる舞台をメジャーな世界でも用意して欲しいと思った。

ちなみに巷の感想はどうなのかと気になって調べたら、こんな感想を見つけました。確かに丸ちゃん「刺激があって、楽しい」と言っていたから、演者にとっては楽しい舞台なのかもしれない。でも、観客を置いていかないで・・・・・

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2010年1月28日 (木)

新しい社会

昨日は茨城の水戸まで行って来た。
仕事で地方に行く機会はよくあるのだが、地方に行くたびに思うのはその景色の均一性だ。どこも東京を薄めたような存在感しかない。もちろん、大阪や福岡のように地域色があるところはあるが、それ以外のもっと辺鄙な都市にいたっては、どこも同じような景色が広がっている。

水戸へ向かう電車のなかで19世紀に書かれた本を読んでいたのだが、そのなかに日本を訪れたイギリス人の著者が日本の風習を見て驚嘆する描写がある。文化的に見て、イギリスよりも日本のほうがより豊かではないかまで言い切っている。行く先々で多彩な文化的風習に彼は心底驚き、賛嘆の声をあげているのだ。

100年くらいまではそれぐらい多様性に富み豊かな社会だったわけだ。ここまで景色が均一になったのは、おそらく富が均等に分配されたということが大きな要因のひとつではないか。インドやブラジルなどBRICsと呼ばれる新興国に行ったことがあるが、どの国も日本ほどどこもかしこも同じ風景ではなかった。またそうなる可能性をまったく感じない。インドの片田舎はおそらく50年前からたいして変わっていないし、今後も変わることがないだろう。それと同じようにブラジルのアマゾンが開拓されて高層ビルが立つこともないはずだ。

「皆平等」を押し進めた結果がこの地方の景色の均一性なのかもしれない。
インドやブラジルなどはそれとは全く逆の考え方、すなわち「自分さえ良ければ、あとはどうでもいい」という価値観が一般的なので地方のインフラの整備に時間がかかっているのだろう。

どちらがより豊かな社会に繋がるかは今の段階では断言できないが、「金太郎飴のようにどこいっても同じ風景」というのはそれだけですでに個性になっていると言える。これをもっと押し進めれれば、独自な日本だけの在り方を創造していけるのではと思っている。テクノロジーがもっと進化し、どこに住んでも同じ仕事、繋がりができるようになるのならば、人が好きな人は東京に住み、刺身が好きな人は那珂湊やほかの港町に住み、寺が好きだからという理由で京都に住むのもありになってくる。

そうなると各都市に同じような趣味を持つコミュニティーが形成され、けっこう楽しい集まりになるのではないだろうか。町や村の統廃合がどんどん進み、価値のないコミュニティーはどんどん淘汰され、そして新しい価値を持ったコミュニティーが創造されていくのだろう。そう思うと、この味気ない地方の景色も魅力的に見えてくるから不思議だ。

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2010年1月27日 (水)

セレブのあり方

昨日はフィリピンのジョイさんと「なぜ日本のセレブと言われる人たちは寄付や社会貢献に無関心なのか」について話した。ハイチの大地震では、ブラピやディカプリオはそれぞれ1億円ちかく寄付して話題を集めた。もちろん、彼らは世界のセレブであり、規模もスケールも違いかもしれないが、日本の芸能界からはそんな話は一切聞こえてこない。

U2のボーノみたいにバリバリの慈善家になれとは思わないが、芸能界のトップにいる人たちの一人や二人、ちょっとはニュースになるくらいの寄付をすればと思ってしまう。売名行為でもなんでもいいので、それで実際に助かる人がいれば、それはそれでいいと思う。

アメリカではどの団体に寄付すれば自分の名前が効果的に宣伝できるかアドバイスするプロのコンサルタントもいるくらいだ。

アイドルも戦略的にもっとNPO団体などと提携して、「ボランティア・アイドル」などと称して売り出さないかなと思ってしまう。いつまでも売れないグラビアアイドルでいるくらいならば、そっちにかけたほうが効率的だろう。

昨日、自分のクレジットカードの請求書に記載されたフィリピンのNGO団体「REAL LIIFE FOUNDATION」への寄付額4万円を見てふと思ってしまったわけだ。

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2010年1月24日 (日)

バーンズナイト

中学校の英語の先生からのお誘いで、芝パークホテルで催された「バーンズナイト」という催しに行って来た。

ロバート・バーンズはスコットランドが誇る国民的詩人で、日本では「蛍の光」の原作者として知られている。1月25日が生誕日なので、それを祝うためにハギスを食べて彼を偲ぼうというのが本来の趣旨だ。だが、芝パークホテル流「バーンズナイト」はハギスがメインではなく、「シングルモルト・ウイスキー飲み放題(しかも手酌)」がメインだった。

きっとこの日、ロバート・バーンズに思いを馳せた人よりは、シングルモルト・ウイスキーに思いを馳せた人が多かったに違いない。

この日は久しぶりに法政大学の飯野先生とお会いし、運営しているオンライン英会話スクール「ワンズワードオンライン」のための推薦文の原稿チェックをバーンズナイトが始まる前に行った。さすがに三省堂の高校の英語教科書をお書きになられているだけあり、文章の完成度が高く、素晴らしい内容の推薦文をいただいた。

飯野先生に御礼を言うと、「人のために一肌を脱いだ方が人生面白い。薄い一肌でもいいから脱いだほうが人生楽しくなる」とおっしゃった。とても共感できる言葉だ。僕自身もソーシャルビジネスをうちの企業理念にしているのは、そういう気持ちが強い。自分の利益ばかり追求してもなにも楽しくない。どうせやるなら、自分が尊敬できる人たちや好きな人たちと一緒に仕事をして、利益を共有したい。そして、ついでに社会貢献してフィリピンの経済的に恵まれない学生たちを支援するほうが楽しい。

博愛主義者でもなんでもないしそれほど経済的余裕があるわけではないが、それでも「薄い一肌」くらいは脱げるし、それくらいのことは今後も続けていたいと思っている。

幸いにも飯野先生を始めとして、僕の周りには共感してくれる人たちがいるので、オンライン英会話スクールを運営できている。何も万人に受け入れられるサービスを目指しているのではなく、同じような志を持った方々に共感してもらいながら、このプロジェクトを少しずつ大きくしていければと思っている。

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2010年1月20日 (水)

社名の由来

時々、社名の由来を聞かれる。
うちの会社は「ワンズワード」というのだが、英語表記だと「ONE'S WORD」となる。「誰の言葉?」と突っ込みが入ることはあるが、そもそもは「I'll keep my word.」というセンテンスから名付けた。意味は「約束は守るよ」ということだ。

なぜそう名付けたかというと、人に散々振り回されたからだ。契約書や度重なる会議で決められたことがまるで守られず、約束は反故にされ、契約書なんてただの紙切れ同然だった。せめて自分が会社を興したら、自分がした約束くらいは契約書なんてなくても守ろうという自戒を込めて名付けた。

結局、コミュケーションは人対人で行うものであり、その当事者同士に信頼関係がなければ契約書なんて意味がないのだ。そもそも会社を含めてあらゆる組織は、個人の犠牲の上に成り立つものではなく、個人の利益を守り、なおかつ社会全体へと寄与しないといけないものだ。ただ、今の世の中正論を吐いて生きていけるほど生易しくはない。

頭のなかではそのような現実的な価値観が支配しているのだが、その反面、今日フィリピンのジョイさんと話していてある種の幸福感を味わった。なぜなら「本当にこの人は僕のことを信頼しているな」ということと、僕も心底彼女のことを信頼しているなと思ったからだった。だから、せめて「I'll keep my word.」の言葉どおり、彼らの期待に応え、僕たちの夢をこの「ワンズワードオンライン」というプラットフォームで実現していけたらと思っている。

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2010年1月18日 (月)

お褒めの言葉・・・・大人になって誉められることってないな。

今日は非常に嬉しいことがあった。
オンライン英会話スクール「ワンズワードオンライン」でトライアルレッスンを受講したお客様にフォローのメールを入れたところ、レッスン内容と先生に対する賞賛のお言葉をいただいたのだ。

http://eigokoryaku.com/school/school_onesword.html
(上記サイトにアップされました。Marie先生に対するコメントです)

マリ先生は外資系企業にずっと勤務しているが、じつはオンライン英会話スクールでの経験は皆無だ。元々、ジョイさんと同じ会社で働いており、彼女がコールセンターの管理職を探しているときにコールセンターのエージェントだったマリ先生をジョイさんがスカウトしたのだった。

彼女も今の仕事では飽き足らなくなり、先生になるべくワンズワードオンラインに参加したのだった。面接時にも感じたのが、彼女の飲み込みの早さだ。正直、彼女よりもオンライン英会話スクールを経験し、もっと経験豊富な応募者いた。だけど、受かったのは彼女のほうだった。

面接に受かってから何度もジョイさんの指導、それに研修を受けて、昨日が初めてのトライアルレッスンだった。それが見事に高評価を得て、素直に嬉しい。彼女にとってもすごい自信になったことだろう。これは彼女だけの功績ではなく、彼女の指導にあたったジョイさんやビージェイ、ケイなどのフィリピン側のスタッフによることが大きい。

最近、面接時に気をつけていることは、目に見えることだけではなく、なにか光るものがないかということだ。全員が全員パーフェクトである必要もないし、それもまた不可能だ。その光るものがあれば、きっと成長していってくれる。同じようにオンライン英会話スクールを経験したことがないシャーウィー先生も高い評価を得たことだし、これで本当にひと安心だ。

フィリピン側スタッフの頑張りに応えるためにこちらも集客に努めなければと思った。楽天にでも出店しようかと今日本気で検討したが、時代はもうそういう時代ではないような気がして諦めた。ずっと考え続ければ、なにか名案が浮かぶだろう・・・・・明日は明日の風が吹くだろう。

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2010年1月16日 (土)

自分のコピーを作るということ。

木曜日から関西に行っていた。
関西大学の先生たちや何人かの先生たちにお会いし「ワンズワードオンライン」についての紹介と、アイディアを色々と聞いてきた。

そのなかで一番面白いな思ったアイディアは社会貢献と英語という結びつきをもっと明確にし「あなたの学びが社会貢献に!」というようなキャッチフレーズで大学などに「ワンズワードオンライン」を取り入れてもらうというものだ。

フィリピンのNGO団体「REAL LIFE FOUNDATION」は掲示板機能をすでに提供しているので、ワンズワードの奨学金でサポートしている高校生たちとコミュニケーションを取ることは可能だ。(サイトはこちら。ID:Onesword パスワード:life)

それをもっと発展させて、日本の学生とフィリピンの奨学生たちとのコミュニケーションを密にし、学生が英語を学びことによってフィリピンの奨学生が増えていくような仕組みが出来たら、素晴らしいことだ。

上記の話とはまた違うのだが、お会いしたとある高名な先生がお金儲けより「自分のコピーを作って、社会に還元することがより重要」とおっしゃっていたことが非常に印象的だった。

次の世代のためにより良い世界を残すことが非常に重要で、そのための手段として大学教授である自分に適していることが「自分のコピー」を増やすこということだろう。その先生は地位と実力が伴っており、人格者でもあるのでとても説得力があった。

自分よりもレベルが高い人たちと話すと、色々と勉強になる。
実りが多い関西トリップだった。

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2010年1月13日 (水)

先生の採用について

昨日は久しぶりに先生の面接をスカイプで行った。
まだ若いが、英語も完璧だし受け答えもしっかりしており、オンライン英会話スクールの経験もあるので、採用することにした。ブログで確認すると、去年の11月18日以来のことだ。本当に長かった。
(書類面接、ジョイ先生たちによる一次面接、さらに僕の最終面接を通る人は、30人に1人くらいだと思う。となると採用率は3%ということか・・・・・もっと効率がいい方法を考えないといけないと思う。ワンズワードオンラインの評判がフィリピン国内で高まれば優秀な先生たちが集まって来るとは思うので、それまでの辛抱だろう)

去年の9月にフィリピンに行って思った感想だが、たいていの人は英語を話せるが、きちんとした英語を話せる人は10人に1人くらいだった。さらに「英語を教える」ことが出来る人になると、その確率はもっと低くなるだろう。

僕自身もフィリピンに行くまでは、英語を公用語としているフィリピンなので英語力はもっとあるかと思っていたが、綺麗な英語を話す人は本当に少なかった。よく町中で「英語話せる?」とフィリピンなまりの英語で聞かれたので「きみよりもっとうまい英語を話すよ」と答えると、「おまえ、本当に日本人か?日本人は英語が下手なはずだ」と失礼なことを言う奴がいた。

考えてみると、イギリスでもひどい訛りで話す人のほうが割合的には多いので、当たり前の話だが、少なくても彼らは文法的な間違いはあまりしないが、フィリピン人はけっこうする。きっとお国柄がおおらかなせいもあると思うが、今後が心配だ。

そして、ようやく採用できたと思ったら、一人の先生がアメリカ移住を決めたので、退職することになった。残念だが、彼女のためにはそのほうが幸せだと思うので、黙って送り出すしかない。フィリピン人にとって海外移住は夢だが、そのチャンスを掴めるのはひと握りの人間だ。彼女は幸運にもそれを手にしたのだから、頑張って欲しいと思う。

明日からは大阪へ行き、大学の先生たちに色々と相談してくる予定だ。オンライン英会話はあまりに知名度が低い。もう少し知名度が高くなり全体の人数が増えれば、安さだけが売りのスクールではなく、うちみたいに質を売りにするところや、多種多様なスクールが存在できるようになるだろう。

良くも悪くも今は過渡期なので、地道に打てる手はすべて打って集客に努めたいと思っている。

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2010年1月11日 (月)

複言語主義とインパラの朝

昨日は久しぶりに最近、子供が生まれた友人宅に行った。
生後三ヶ月になるウクライナ人と日本人のハーフの子は、信じられないほど目が大きく、愛嬌のある子になっていた。

Ryouma

その友人から聞いた話だと母語の発音を身につけるには、生後6ヶ月以内に覚え込ませる必要があるとのことだった。日本人が苦手とする「R」や「L」の発音をこの六ヶ月以内に覚え込ませないと、きちんと身に付かないとのことらしい。

だから幼児期におけるフォニックス(音韻)習得はさかんなのだろう。

http://genkienglish.net/phonicsj.htm

ただ上記サイトを見てみたが、あまり音韻を強調するとかなり不自然な気もする。「そんなにNなんて発音しねえよ!」と突っ込みたくなるが、意識付けという点では有効なのだろうか?

目のぱっちりとした本当にかわいい男の子なのだが、近い将来は父親の血を引き継いで関西弁を習得すると思うと、少し残念だ。

ウェンツ瑛士の関西弁バージョンといったところか?

両親ともにどうしても英語を習得させたいらしい。今後は英語を話せないと、にっちもさっちもいかないということが経験上よく分かっているのだろう。奥さんは日本語、ウクライナ語、ロシア語、それに英語(夫には?と言われていたが)を話すし、夫はウィーン大学にいってドイツ語を習得しているので、語学習得の環境としては素晴らしい環境だ。

少なくてもロシア語、ウクライナ語、日本語、ドイツ語は覚えられる環境にいるのだから、それに英語が加わってもそれほど負担にならないのかもしれない。

EU各国が言語習得の際にその能力を計る基準としているCEFRという目安がある。彼らは母語+2言語を目標としており、また複言語主義(まあ、平たく言えば「お互い外国語できちんとコミュケーション取れればいいじゃん、完璧でなくてもね)ということを掲げている。

言語能力=コミュニケーション能力と勘違いしている人が多過ぎる。言語はあくまでツールなのだから、言葉が達者でもコミュニケーションをうまく取れなければ本末転倒だ。コミュニケーションを取るには、よりたくさんの言語を操れればそれに越したことがない。

作家の開高 健は旅をするたびにその国の子供たちに話かけて、物の名前を色々と質問しながら、言葉を覚えていったらしい。それぐらい謙虚な気持ちで、と同時にアバウトに言葉を覚えていけば、多種多様な人々とコミュニケーションが取れて人生楽しいだろう。

(開高健さんの名前がなかなか出てこず、そういえばあの本は開高健賞を受賞したなと思い、検索しようとしたが「インパルス」という名前しか出てこなくて、「インパル 朝 中村」など手当たり次第、中途半端に検索をかけて見つけてたぐりだした本です。深夜特急などとは正反対な、生真面な本です。率直に言うと、彼女のブログのほうが面白かったです。)

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2010年1月 7日 (木)

日本にいる英語講師について

通訳のバイトをしたことがある。
まだ写真の仕事で食えなかった10年くらい前の話しだ。

コーカサス人種(いわゆる白人たち)の男性を対象にした治験で、数週間に渡って週末病院に泊まり込んで採血の際などに通訳をするというものだった。

まずはその治験を受けるために身体検査にパスしなくてはいけないのだが、これが非常に厳しい。アルコールやタバコなどに関しては厳しい制限があり、60人くらい受けたが受かったのはその半数くらいの30人程度だった。

説明会などでは医学的用語を逐次通訳しつつ説明しなくてはいけなかったので、かなりハードだったが、それに慣れればそれほど大変な仕事でもなかった。

ただ入院初日などは採血を1日20回近く行うので、それを何十人も行っていくのを見るのはあまり気持ちのいいものではなかった。

まだNOVA全盛の頃だったので、治験を受ける白人たちはほとんどがNOVAの講師だった。当時、彼らの時給は1800円、また規則で1日五時間以上は働けないので、経済的に結構辛いなどの愚痴などをよく聞いた。

母国で仕事があぶれた人たちが日本に来て英語を教えていたので、知的水準は本当に低かった。30人くらいいたなかできちんとした英語を話せて人柄的にも問題ないなと思ったのは、2、3人しかいなかった。残りはイギリスの場末のパブにたむろっているフーリガンのような人たちだった。

もちろん、なかには大学で日本語を専攻して、日本語をマスターするためにきた優秀な人もいたが、彼のような志を持って日本に来ているの人は本当に少なかった。たいていは日本人の女の子にうつつを抜かしてる男どもだった。

特にひどかったのがオーストラリアから来た20歳そこそこの二人組で、どうにもこうにも言うことを聞かなかった。特にひどいと思ったのは、彼らは入院中ずっとパソコンで日本人の女の子とチャットしており、彼ら二人でそのパソコンをずっと独占していた。ほかにも当然パソコンを使いたい人がいたので、彼らに「貸してやれ」と頼んでも自分たちのパソコンだと言い張って貸してくれなかった。

仕方ないなと諦めていたら、病院の人が「あのパソコンは病院の備品で、彼らのものではない」と教えてくれた。

マジ、ぶちきれそうになった。
奴らは本当に子供だった。病院側もなぜ事前にパソコンの貸し出しについて教えてくれなったのか定かではないが、そうと知ったらこっちものだ。パソコンを彼らから取り上げ、みんなに順番に貸し与えるようにした。

あれから10年。
ついこのあいだ日本で英語講師をしているイギリス人のジムと話す機会があった。彼はイギリスの大学院(専攻はcritical theory:批判理論)まで出ており、正直なぜ英語の講師をしているのかと思うほど、日本における英語講師としては完全なオーバースペックだった。そして、人柄も「ほんと、おまえいいやつだな」というくらい善人だ。

そんな彼は一流企業の英語研修の講師として教えているが、生徒から圧倒的な人気を誇っているらしい。

Jimikemen_2

(イケメン ジム)

そのジムいわく「日本にいる英語講師のレベルは本当に低い。彼らはまともに英語が話せないんだよ。だから僕は成功しているんだ。英語教育について専門的な教育を受けたことはないけど、僕は少なくてもきちんと英語は話せるし、文法も良く知っている」

結局、この10年何も変わらなかっのかと思い、驚いたと同時にひどく落胆した。きっと未だに白人なら誰でもいいと思っているのだろう。

フィリピン人によるオンライン英会話スクールを始めると周りの人に言うと「えー、フィリピン人」という反応が大半だった。かくいう僕の姉もそのうちの一人で「フィリピン人に英語なんて教えられるの?」というとてつもないネガティブな反応を示した。

彼女は小学校の先生をしているにも関わらず「ロンドンの首都って、パリだよね?」と真顔で聞いてきた人なので、それほど見識が広いとは言えないが、世の中の実態なんてそんなもんだろうなと思う。

だからプレスリリースを流して、「そんなの関係ねえよ!」と言うことにした。何人だろうが優秀な人は優秀だし、駄目な人間は徹底的に駄目なのだ。

本当に優秀な人たちはきちんとした評価を受けるべきだし、社会に貢献する義務があると思う。その思いで「ワンズワードオンライン」を立ち上げ、彼らが活躍できるようなプラットフォームを作った。あとはそれをいかに広めていくかだ。

ちなみにジムの友人でカナダ人のニコルという可愛い女の子がこんなことを言っていた。彼女はかなりの美女で、本国でも結構モテていたらしい。だけど日本に来て、さっぱりモテなくなった。

なぜか?

日本人の男は付き合えるほど英語がうまくないし、外国人男性は日本人の女の子にみんな夢中になっている。そういった日本にいる外国人の女性たちは、海外から来た異性の彼らをこう言っているらしい。

「LBH」と。

なぜそう呼ぶかと言うと「LOOSER BACK HOME」の略とのことだった。
(本国に帰ったら負け犬という意味)

株式会社ワンズワードのプレスリリースは「onesword_press2010.pdf」をダウンロード からダウンロードすることができます。 

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2010年1月 5日 (火)

社会貢献について

年末にEnglish Centralというサービスを提供している会社の社長さんにお会いした。待ち合わせに指定された場所は人形町の甘粕横丁の交差点という、なんとも渋いチョイスだった。

二人で焼き鳥屋に入り、色々とお話させていただいたが、そのなかで話題になったのが「社会貢献」についてだった。やはり人間、最終的にはそれが一番重要だということで二人の意見が一致した。そして、「ワンズワードオンライン」のサイトを見ていただいていたので、そのなかにある社会貢献のページについて概要を説明した。

フィリピンに住む経済的に恵まれない学生をサポートし、彼らにチャンスを与えているREAL LIFE FOUNDATIONの取り組みを紹介し、400ドルのお金で高校生1人を1年間サポートできることを説明した。そして、ワンズワードは彼らと提携し、専用のページ((ID: Onesword パスワード: life))を設けてもらい、そこで実際にサポートしている学生のプロフィールが閲覧できることを話した。

寄付活動について最も問題な点は、自分が寄付したお金がきちんと本当にサポートを必要としている人々に届いているかだ。その点、REAL LIFE FOUNDATIONは国際的なNPO「ルーム・トゥ・リード」と同じく寄付された額が何に使われているか非常に明確にしている。

寄付全体の15%で団体は運営され、残りの85%はすべて経済的に恵まれない学生の奨学金となるのだ。この点も非常にルーム・トゥ・リードと似通っている。

一通り説明し終わると彼は「乗った」と言って400ドル寄付すると申し出てくれた。飲み会の席だったので、その話しはそれで終わると思っていたのが、昨日実際に寄付していただき、専用ページには先月サポートを開始したERIKAさんともう一人のRUBIELYNさんという女の子が掲載された。

心底嬉しかった。
いつもは早いと言えないREAL LIFE FOUNDATIONの対応も、さすがにわずか数週間で800ドルもの寄付を集めた僕たちに対して迅速に対応してくれて、専用サイトにすぐ新しくサポートを開始したRUBIELYNさんのプロフィールを掲載してくれた。

寄付って、正直なんだか恥ずかしい。
時々、街中で募金や寄付を募っているが、ついつい素通りしてしまう。なんとなく偽善的な行為と思えてしまうから。たかだが数百円寄付したところで世の中良くはならない。だから、僕がこだわったのは寄付した人が実際にそのお金で何に使われているいるか明確にすることだった。その点に関して、REAL LIFE FOUNDATIONのサイトは完璧に要求を満たしている。

ワンズワードオンラインに登録した人は、毎月数百円寄付することが選択できる。20人の人が一ヶ月200円寄付するを選択すると、10ヶ月も満たないうちに1人の高校生の1年間サポート(このサポートには教材費、食費、交通費が含まれている)を開始することができるのだ。

寄付したお金が実際に一人の高校生の運命を左右できることを目に見える形で示すことが何よりも重要だ。それがいくらかなんてことはそれほど重要なことではない。今まで意識すらしていなかった数百円というお金が集まれば、一人の人間の人生を大きく左右することができるという事実を認識することが重要なのだ。

お金で世界を変えることはできないが、意識を変えることによって世界を変えることはできる。それにお金を使って世界を変えようとするより、自分自身の意識を高めて世界を変えることのほうがよっぽど財布にやさしい。

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2010年1月 4日 (月)

うっかり2時間半のスカイプ

昨日はうっかりスカイプでフィリピンのジョイさんと2時間半話してしまった。気がついたら夜中の1時半になっており、びっくりした。

「ワンズワードオンライン」がサービスを開始してから、2週間近くたちオペレーション的に諸々処理をしなければならことが生じたこともあり、長く話し込んでしまったわけだ。

ただ、そのきっかけが問題だ。
昨日は妻の実家に帰省しており、たまたま食後の話題のなかで「スカイプ」が話題になった。そこで新しく買ったパソコンにインストールを頼まれ、ついでにジョイさんと話す姿を見せたらより理解が深まると思い、電話してみたら思いのほか長く話してしまった。
(たまに顔を見せたら人のパソコン使って長時間話し込む義理の息子って、かなり感じ悪いことは確かだ)

可笑しかったのは、義理の妹の2歳になる娘が「Good bye to you」という歌をジョイさんに向かって歌い、喝采を受けたことだ。彼女の2歳の頭の中で、カメラの向こうに映っているジョイさんはどのように処理されたのだろう?

僕たちが子供の頃に憧れたテレビ電話が、彼女にとってはわずか2歳のときに実現してしまっているわけだ。彼女が大人になる頃には、どんなテクノロジーが実現しているのやら・・・・想像するとちょっと怖い気がする。

彼女が大人になったとき「コミュケーションとは」と言われたときにどんなツールがあるのだろうか?今だってmixiやツイッターのようなツールが当たり前になってきているのだから、もっと革新的なツールが生まれていることだろう。いまだにメールや携帯のせいで「コミュケーションがまともに取れない若者が増えた」と見当違いなことを言っている人たちはどんどん取り残されていくだろう。

そもそも時代とともに「コミュケーションの定義」は変わるものなのだ。
いつまで人と直接会って話すことだけが真のコミュケーションだと思っているほうが間違いなのだ。

そのうち携帯電話代を払っていることが時代遅れとなり、WiMaxで繋がる専用電話でスカイプで通話することが当たり前の時代になるのかもしれない。

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2010年1月 2日 (土)

2010年始動!

ついに2010年に突入した。
昨年は本当に色々なことがあったが、ここ2、3年で最も苦労も多い年だったような気がする。今年はそれを実らせることが一番の課題だ。

昨日は生まれた始めて元旦の日に日の出を拝んだ。
日の出の時刻のちょっと前にマンションの屋上に行ってみると、満月の月が見えた。

Fullmoon20100101

とても幻想的な光景だった。
そして反対の方角から太陽が上ってきた。

Sunrise20100101

一度に満月と日の出を見る機会なんて、もうそうないだろう。
元旦の日にそれを見れたことがとても嬉しく思った。

去年の元旦はベルリンの爆竹のなかで過ごしたことを比べると、ずいぶんと落ち着いたスタートだ。

カウントダウンも一昨年はブラジルに向かう飛行機の中、3年前はロンドンのバーの地下のトイレ(カウントダウンに気づかず用を足しに行ったしまった)、4年前はモロッコに行く前日だったので、何をしたかほとんど記憶にない。

お正月をゆっくりと過ごすのは、5年ぶりということになる。
餅やお雑煮を食べて過ごすお正月も悪くない。しばらくゆっくりと過ごして、これからのことに備えようかと思っている。

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